君は何色

温泉旅行



 好きな色を聞かれたら、実在する【色】を答えるのが正解だと思っていたのは、僕だけかなのか。
 例えば、「赤と青、どっちの色が好き?」と聞かれたら、「赤が好き」と答えるように。
 それが世間一般の答え方だと認識していたのは、僕だけだったのか。
 ……いや、僕だけではないはずだ。それが普通というものだろう。例に挙げた以外の答えが返ってくる方が、おかしい。それも、【色ではない】答えを導き出してしまう人間は、異常と言っても過言はないだろう。
「俺は、君の色に染められたいな。それってとても素敵だと思わない?」
「…………」
 僕の問いかけに、自信満々にこれが正解だろうと言いたげな顔で答えを返してきた友人、相田栄斗(あいだえいと)に、僕はジト目で栄斗を見ながら黙ることしかできなかった。
 言いたげな顔と言ったが、栄斗は普段からほとんど表情がないので、はっきりと判別はしがたい。こういう時くらい、表情を動かしたらどうなんだ。
 180以上ある身長に、日焼けをしにくいと言っていた白い肌。運動は嫌いだと言っていたが、その体躯は無駄な脂肪はなく引き締まっている。何度も染めを繰り返したのか少し痛んでいるのが目立つ茶色のショートヘアに、奥二重の色素の薄い茶色に見える瞳。筋の通った鼻梁に、薄い唇。なまじ整った顔をしているせいで、無表情だと怖い印象を受ける栄斗の頭の中は、ある意味怖い構造をしている。
 長身と体格があいまって、格好よくて素敵だと学校では噂されてはいるが、性格のせいであまりモテないし、友達も僕以外見たことはない。
 他人と違う考え方を持っている栄斗。その栄斗の答えたものは、もはや色ですらない。僕の色なんて、存在しない。存在していたとしたら、正直気色悪くてしょうがない。
 今の栄斗の答えは寒い。無表情で言ったので効果は薄いが、君の色に染められたいとか、頭沸いてるんじゃないのかこいつ。もしそういうことを言いたいのなら、女相手に言って欲しい。案外、それで口説き落とせる人間もいるかもしれないじゃないか。
 いや、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。栄斗の珍回答に、どう対処すればいいのかを考えなければ。
 …………そんなもの、思い浮かぶはずがない。
「どうしたの? ちゃんと答えたのに、それに対しての反応はなにもなし? それとも、俺の答えが君の予想通り過ぎて、声にもならないくらいに感動したとか?」
 僕の無反応を、頭の中でどう変換したら感動していると繋がるっていうんだ。それこそ頭がおかしいとしか言えない考えだろ。
「……僕の耳がおかしくなったわけじゃねえよな。だいいち、色じゃないし。きっと僕の聞き間違えだったんだ。そうに決まってる。もしおかしいんだとしたら、それは栄斗の頭の方だ。こいつ他人とちょっとずれたところがあって、どこかおかしいところがあるのは知ってたけど、ここまでおかしいとは知らなかった。こういう時、僕はどうすりゃいいんだ? こんな理解不能な生物を、どう相手にすればいいって言うんだよ……? これはいっそ、なにも聞かなかったことにして、流しちまえばいいのか? そうだ。きっとそれが一番だな」
「不二、気づいてないかもしれないから言っておくけど、考えてることが駄々漏れになっているよ?」
「はっ!?」
 つい、目の前にいるおかしな頭の中身を持った生物の扱いについて考えていることが口に出てしまった。そんなミス、普段はしないのに、それもこれも栄斗の爆弾発言のせいだ。
 口に出してしまったことは取り返しはつかないが、取り繕うように咳払いをすると、備えつけの棚の前で膝立ちをしていた僕は、少々気まずい気持ちで栄斗の方を向いて座る。
 僕、深海不二明(ふかうみふじあき)と栄斗は、連休を利用して栄斗の実家の経営する温泉旅館に泊まりに来ていた。
 僕と栄斗は現在大学三年生。僕たちは大学に入学してから知り合ったので、付き合いはそれほど長いわけではない。しかし、取っている講義がほぼ一緒なことと、学生寮が同じということもあって、いつも一緒に行動をしていた。そのおかげで、いつの間にか親友と呼べるほどになっていた。
 親友と呼べると言っても、お互いに理解できていないことはまだ多い。今回の栄斗の発言も、その中の一つだ。
 栄斗は他人とはどこか違った考え方を持っているということは、一緒にいる中で理解はしていた。だが、ここまで理解に苦しむほどにおかしいとは、誰が予想できただろうか。
 最善の対処なんて、僕には到底できそうにない。そんな高度な技術は、あいにく僕は持ち合わせていない。というか、そんな技術は欲しくないけれど。
「不二は、俺に対しての扱いが日を増すごとに酷くなってるよね。初めの頃はあんなに優しく俺に接してくれてたのに、なんだか寂しいよ」
 部屋の中心にある座椅子に胡坐をかいて座り、円卓に頬杖をつく栄斗。寂しいと言っておきながら、栄斗の表情はいっさい動いていない。本当はそんなこと微塵も思っていないのではないかというほどの無表情っぷりだ。
 しかし、それでも声には感情がこもっているから不思議だ。これで、声にすら濃淡がなかったら、なにが本当でなにがウソなのか、まったくわからなくなってしまうところだが。だからきっと、寂しいというのはちゃんと感情はこもっているんだろう。……だからどうしたという話なんだけど。
「……さて、僕はなんの話をしてたんだったか?」
「あれ、俺の話は無視されちゃったのかな? 君は本当に俺を焦らすのがうまいね。そういうのが、放置プレイっていうやつなんだろう? 楽しいことを考えるね、不二は」
 ただ話題を逸らしただけなのに、どうしてそうなる。栄斗の相手が面倒だから無視をしたということには、気づくはずがないとしても、その表現の仕方はいかがなものかと思う。あまつさえ、楽しいとか……。
 一度でいいから、栄斗の頭の中身を見てみたい。思考回路がどういう風に繋がっているのか、興味がある。
 ……しかし、仮に覗けたとしても、引き返すことができなくなりそうで恐ろしい。栄斗の頭の中は、きっとブラックホールのように混沌としているんだろう。そう、納得をしておこう。それが安全だ。
「ああ、思い出した。帯の話だよ、帯。帯の色が二色あるからどっちがいいって話をしてたんだよな。で、どっちかいいんだよ?」
 後ろを向き、浴衣の帯を二つ手に取って栄斗に見せながら初めと同じ質問をする。
「帯……。お代官様ごっこの話かな?」
 せっかく話を元に戻したと思ったのに、栄斗はまた違うことを言い始めた。両手を前に出して帯を突き出していた僕は、帯を手にしたまま、挫折した格好で畳に手をつく。
 どうして一回で僕の問いかけに素直に答えてくれないんだ。わざとか? わざとなのか? いっそわざとだと言ってくれ。
 また話を戻そうとしても馬鹿を見るだけだろうと思い、溜め息をついて、帯を綺麗にたたみ直しながら栄斗の話に乗ってやることにした。
 ……ここで諦めてしまうということは、甘いんだろうな、僕は。
「……お前、もしかしてそういう願望あんのか? 栄斗の趣味に口を挟む気はないけど、ちょっと引くぞ……」
「そうかな? 一度はやってみたいじゃないか。こう、帯をくるくるーって。楽しそうだし、回ってみたいし」
「お前が街娘役かよ!!」
 せっかく綺麗にした帯を、おもいきり畳に投げつけてしまった。
 回す方をやってみたいというならまだしも、回される方をやってみたいという男が存在していたなんて。しかも、180を裕に越えてる、こんなにも雄々しい見た目をしている奴が……。まさに混沌とした頭の中身だ。ブレがなくて逆に関心してしまう。
 つい、栄斗が帯でくるくると回っている様子を想像してしまい、僕は顔を引きつらせる。……表情も変えずに『あーれー』とか言い出した日には、僕は卒倒しそうだ。もしやるなら僕の知らないところでやってくれ。そう僕が思っていることなど知るはずのない栄斗は、僕が避けたいと思っていることを言ってくる。
「不二が俺のこと回してくれる? それだと嬉しいな。君ならきっと、俺の期待に答えてくれるだろうし。俺の理想の悪代官は、君しかいないしね」
「……お前、今さり気なく僕のこと悪呼ばわりしたな?」
 変な想像をしてしまったせいで引きつっていた顔が、栄斗の発言にもっと引きつる。誰が悪だ。僕のどこが悪だ。失礼なことを言うにも程があるだろう。
 再び手に持った帯を皺ができてしまいそうなほど強く握りしめながら、怒りを抑える。