君は何色

二人の色 2

 また可愛いと言ってきた栄斗から顔を逸らし、ぶっきら棒に言い放つ。
 計算で言っていないから性質が悪い。自分が可愛いというのは認めたくはないが、栄斗の発言のせいでそうなってしまうのは否定しない。
「それで不二。俺の考えたことは、どういう意味なのかな?」
「……それは、その……」
「難しいことだったのかな?」
「いや、難しいというか……。……だー、もう! なんだこの羞恥プレイ!」
「これはプレイの一環だったのかい? 知らなかった」
「こんな時にまですっとぼけんなアホ!」
 両手で円卓を思い切り叩きながら怒鳴る。
 ちょっといい雰囲気になりそうになるとどうしてこうなってしまうのか。友達付き合いが長いせいでついそのノリで話をしてしまうからなんだろうが、もうちょっとどうにかならならないもんか。
 ……栄斗に甘い雰囲気を期待するだけ無駄な気もするが。
「眠いの?」
「だから違う!」
「それじゃあ、俺の思ったことはどういう意味なのか教えてくれる?」
「……それは、なんていうか、その、君の色に染まりたいと、同じ意味、だ……」
 寒い台詞を口に出したせいで、恥ずかしすぎて歯切れが悪くなる。顔もだんだんと熱くなり、もうほんとこれは羞恥プレイ以外のなにものでもないだろうという感じだ。
 僕の回答を聞き、栄斗が考える仕草をする。その栄斗を見てから、僕は恥ずかしさが限界値に達し、円卓に突っ伏した。
 栄斗の沈黙はしばらく続いた。長い沈黙のおかげで顔の熱さが落ち着いてきた僕は、突っ伏したまま顔を栄斗の方に向ける。
 顔を向けると栄斗と視線が合う。僕と目の合った栄斗は、ふんわりと微笑んだ。
「……また笑った」
「不二が?」
「いや、お前がだよ」
 僕の指摘に、栄斗は自分の顔に手を持っていく。顔を触ったところで自分が笑っているかどうかわからないだろうが、それをするほどに栄斗自信も信じられないことだったんだろう。
「俺が、笑ってる……?」
「ああ、これで二回目だ。いい笑顔だよ……」
「ありがとう。きっと不二のことが好きだから笑うことができたんだね」
「そうだったら、まあ、嬉しいな」
「うん。不二、大好き……」
 栄斗は微笑んだままそういうと、僕の頭を優しい手つきで撫でてきた。栄斗の手が気持ちよくて、目を瞑る。
「……不二、俺は不二のことを離さなくてもいいのかな? 気持ちを、抑えなくても不二は許してくれる?」
「ちょっとは自重してくれんならいいぞ」
「それは約束しかねるね」
「お前が自重しないなら、僕にも考えがある」
 僕は言ってすぐ頭を撫でていた栄斗の手を掴むと、ぐっと引き寄せる。そして、栄斗にキスをしてやった。
 ただ触れただけですぐに離れた僕の目には、驚いて目を丸くしている栄斗の姿が映った。驚きに見開かれていた目はすぐ細くなり、栄斗は頬を染めた。
「……ファーストキス」
「マジで?」
「うん。俺は今まで他人と接触する行為には興味がなかったし、嫌悪していたから、今のが正真正銘のファーストキスだよ」
 嬉しそうに破顔する栄斗が、凄く愛おしい。
 今まで栄斗の無表情の顔しか見ることができなかったけれど、短い時間で、怒っている顔、笑った顔、嬉しそうな顔など色々な表情を見ることができて嬉しい。
 これからは、もっと栄斗の違う顔が見れるだろう。それは予感ではなく、確信として僕の中に生まれた。
 栄斗の過去がどんなものなのか、まだわからないけれど、それはこれからでいい。
 色づいたお互いの気持ちがわかった今、僕たちが一緒にいる時間はきっともっと増える。その中で僕の知らない栄斗のことや、栄斗の知らない僕のことを知っていけばいい。
「……ところで不二、お代官様ごっこは、してくれるかな?」
「ったく、お前は空気を読むことも覚えろよな。……まあ、お前が望むなら、してやらないこともない」
 その場合はきっと僕が回す側になるのかもしれないが、一回だけなら我慢してやってもいいと思った。
「ありがと。……あと、キス、もう一回してもいいかい?」
「それは、聞かなくていいんだよ」
 僕が言い終わらないうちに栄斗は僕の躰を抱き寄せると、さっきよりも濃厚なキスをしかけてきた。
 ファーストキスだと言っていた通り、拙いキス。しかし、そこからは栄斗の気持ちが真っ直ぐに僕に届いてくる。
 背中に手を回し、優しいキスを繰り返しながら、好きだと何度も心の中で繰り返したのだった。




 君の色に染まりたい。俺の色に染めたい。お前はそう言っていた。
 最初に聞いた時は寒すぎるその台詞に鳥肌が立ったけれど、今はそう言った栄斗の気持ちが手に取るようにわかる。
 旅行はまだ始まったばかり。その間に僕も栄斗のことを……僕の色で染めてみたい。
 そんなことを思ってしまった僕も、そうとう寒い奴なんだろうな――。





【END】

20130521