君は何色
二人の色
この数時間でいろんなことが起こりすぎだ。
部屋で栄斗におかしな発言をされて、それを変な風に受け取って誤解して部屋を飛び出した。そして栄斗の兄である相田さんに出会い、彼からとんでもない告白を聞かされる。相田さんとの会話の中で栄斗への気持ちを自覚して、そのせいで人生初の男とのキス。極めつけは栄斗から告白をされ、互いの気持ちを認識した。
……相田さんの秘密は、忘れてしまった方がいいだろう。
こんな経験、もう二度と味わうことはないはずだ。願わくば、もう経験なんてしたくはない。
栄斗の好きだと言われ、僕も栄斗が好きだと認めた。そして今は手を繋いで歩いている。
好きというこの気持ちは戸惑いが大きくて、自覚をしてしまった今、栄斗とちゃんと目を合わせるのが気恥ずかしくてしょうがない。
だんだんと冷静になっていく頭。冷静になればなるほど、手を繋いでいることが、栄斗と一緒にいることが、嬉しくて、そして恥ずかしい。
栄斗が今なにを考えているのかはわからない。栄斗の顔はいつものように無表情に戻っているが、繋いだ手から伝わってくる熱は熱く、僕と同じことを考えていたならいいなと思ってしまう。
好きとはこんな簡単に自覚できるものだとは知らなかった。そして、こんなにも心が温かく、躰が熱くなるとも知らなかった。今まで僕がしていた恋は、こんな気持ちになることはなかった。
手を繋いだまま廊下を歩き、階段を上る。部屋まで帰る間、僕たちはいっさい会話をしなかった。話をしなかったけれど、気持ちはだんだんと昂ぶっていく。
無言のまま泊まっている部屋の前についた僕たちは、扉の前で止まると、互いを見合った。
「……俺は、二人きりになるのがなんだか怖い」
「なんで?」
「部屋に入ったら、きっと俺たちの関係は今までとは違うものになるだろう。それが、少し怖い……」
三年間友達だったのに、これからはそうじゃなくなる。恋人なんて言ってしまうのは気恥ずかしいけれど、それになるんだ。不安そうに瞳を揺らす栄斗の気持ちもわからなくはない。
「……まあ、違うもんになるのは否定できないけど、そんなんわかってたことだろ? お前が怖がってると、それが僕にも移ってくるからやめろ」
「不二は、怖くないの?」
「怖くない。むしろ、楽しみだ」
栄斗を安心させるために微笑みながら言った僕に、栄斗が驚いたように言う。
「俺の尻に突き刺さるのが?」
「……どうして今それを言うかな……。もしかしてお前、部屋に入ったらヤるつもりなのかよ?」
「いや、そういうわけじゃないけれど、流れでそうなっちゃうかも知れないだろ?」
栄斗は握っていた手に力を込めた。
どうしてそういう発想に至るのかはわからない。さすが栄斗だ。
いつもの調子に戻った栄斗に、僕は笑うと栄斗の手から部屋の鍵を取る。部屋の鍵を開けると、今度は僕が栄斗の手を引っ張って扉を開けて中に入って行く。
扉を閉めて鍵を閉めると、引っ張っていた栄斗の手を離し、僕は座椅子に座った。
栄斗は立ったまま僕を見下ろし、戸惑った様子を見せる。
いつもは自分の思ったまま、周りのことなど考えていない言動を取る栄斗が、うろたえている。初々しいその反応に、笑いが込み上げてくるのが止められない。
「……どうして笑うんだい?」
「こんなこと思うの初めてだけど、今、お前が可愛く見えてしょうがない」
「俺が? 不二の方が可愛いのに?」
「僕のどこが可愛いっていうんだ」
「今までは、君が素直じゃなくてでも俺のことを一番に考えてくれているところが可愛いと思っていた。けど今は、素直になって俺のことを見てくれている君が可愛く見えてしょうがない」
「僕は今までも、お前に比べたらずいぶん素直だったと思うけどな」
「……俺は、素直になりたくなかったんだ」
急に暗い表情になった栄斗。その栄斗の表情に、相田さんの部屋で話していた内容がフラッシュバックする。
栄斗は小さい頃になにか事件があって、笑わなくなった。感情を押し殺して、誰にも心を開かなくなった……。
理由は凄く気になるが、それを今聞いていいものなのかわからなくて、僕はただ黙って栄斗を見ていた。
突っ立っていた栄斗は僕の隣に移動すると、隣の座椅子に座る。
「……今はまだ詳しいことは言えないけれど、俺、小さい頃にちょっとあって、それから自分に正直になることをやめたんだ」
「うん……」
「でもね、大学に入って、不二に出逢ってそれが少しずつ変わっていった。初めは不二のことがうっとうしかった。なんで俺に構ってくるのかわからなくて、不二のことが理解できなくて。……でも、いつからか、俺には不二のことしか目に入らなくなっていた」
僕の目を真っ直ぐ見ながら淡々と話す栄斗の声には、悲しそうな感情が見え隠れしていた。
「……僕が初めての友達だから、そう思ったってことか?」
「いや、それともちょっと違うね。俺は友達はいないけれど、ちょっと話をする程度の知り合いはいるから」
栄斗にそういった知り合いがいたことが以外だった。大学ではそういった人間はいないから、きっとそれは僕の知らないところでなんだろう。
いつも一緒にいる友達だからといって、その人間のことを全部知っているわけではない。知らない部分なんて、たくさんあるってわかっているのに、どうして傷ついた感じになってしまうのか。
……それは、僕が栄斗に友達以上の感情を抱いているからなんだろう。相手のことをなんでも知っていたい。これが、【独占欲】という感情。
胸の内に生まれた黒い感情を表にださないよう、栄斗の声に耳を傾ける。
「知り合いには、不二に抱いた気持ちを持ったことはない。あの人たちに不二みたいな感情を持っていたらって考えるだけで、気持ち悪いよ」
栄斗はそう言いながら僕の手を取った。
「ずっと一緒にいたい。側にいるだけで、俺の吸っている空気の色が違ってくる。寝る時はいつも不二のことを考えている。性欲処理も、不二のことを考えながらしている」
「性……」
真面目な話をしているとわかっているが、その表現はちょっといただけない。そういう欲求は、まあ、生きているのだから仕方がないことなんだろうけど、空気読もうぜ、栄斗……。
「でも、一つだけわからないことがあって、不二に聞きたいことがあった」
「そういえば、さっきもそういうこと言ってたな」
相田さんの部屋で栄斗がそんなことを言っていた。すっかり忘れてしまっていたけれど。
「なにを、聞きたいんだ? 僕に答えられるかはわかんないけど、とりあえず言ってみろよ」
「……俺は不二のことを好きだって言ったよね?」
「あ、ああ、確かに聞いた」
「それで、俺が言った【君の色に染められたい】という謎は解けたんだ。それが、君を好きだという意味だから。でも、あの時不二がいなくなってから考えていた時に、俺は君のことを俺の色に染めたいと思った。それは、いったいどういう意味なのか、不二ならわかるかい?」
自分の考えが理解できないといった風に首を傾げながら聞いてきた栄斗に、僕は顔が熱くなった。
君の色に染まりたいという台詞だけでも寒くて恥ずかしいものなのに、それに加えて俺の色に染めたいときたか。そして、そう思った理由を僕に聞いてくるとか……。
僕は、なんて答えたらいいんだ? なんて答えるのが正解なんだ? というか、そんな恥ずかしいこと、僕の口から言えっていうのか……?
「不二、顔が真っ赤だよ」
「誰のせいだと……」
「きっと俺のせいなんだろうね。真っ赤になった不二も可愛いね」
「あー、そりゃどーも」
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