記憶の中にあるもの

れんあいの始まり 8

「……名取、笑うのはいいんだが、その、早く……」
「ん?」
「……早く、抜け……」
「……ああ」
 相澤に指摘され、すっかり忘れていたことに苦笑しながら相澤の中から雄を抜く。
「……っ」
「感じた?」
「言ってろ……」
 からかうように言ったオレに、相澤はオレの腹筋を平手で叩いた。
 セックス後の甘い雰囲気は特にない。だが、それがオレと相澤なのかもしれない。ここで終わった後の余韻に浸って甘く抱き合う図っていうのはどうも想像はつかない。……余韻で甘い表情の相澤。それはそれでいい。というか、すごく可愛い。いつかはそういう相澤が見れたらいいな、なんて思ってみたりした。
「……おい、なにを考えてるんだ、名取?」
「別に? やましいことは考えてないから」
「やらしいことは、考えてたのか……?」
「…………?」
 視線が下向きになってる相澤に釣られ、下を向くと、さっきイったばかりだっていうのに、オレの雄はもう元気を取り戻していた。
 我ながら若いなと苦笑してしまう。
「……まだ、やり足りないのか?」
 不安そうに訊いてくる相澤に、問題ないという意味を込めて相澤の髪に触れる。
「んー、まあ、でも満足はしてる」
「満足してないから、またなってるんだろう?」
「まあ、ほっとけば治まるだろうから、いいさ」
 躰は反応をしているが、言った通り満足はしている。躰が満足という意味じゃなくて、心が満足してるから、もう一回やりたいという気持ちは今はなかった。それに、もう一回ということになったら、相澤の躰に負担をかけてしまうことになる。相手の躰の心配までしてやれるようになったオレ自信が信じられないが、これも愛ゆえにという成長なのかもしれない。
 オレ的には本当に平気なのだが、相澤は納得をしてくれないみたいだ。オレが嘘を言っているんじゃないのかと疑っている表情で、ジッとオレとオレの雄を交互に見てから、モゾモゾと上体を起こした。
「保弘、躰平気か?」
「私は別に病人じゃないんだから、そんなことを心配する必要はない。それよりも、そっちの方をなんとかしないといけないだろう」
「だから大丈夫だって。そんなにオレのに触りたいなら、今度してもらうからよ」
「だ、誰も触りたいなんて言ってない!」
「ホントに?」
「うるさい! 私はシャワーを浴びてくる! その間にソレをなんとかしておけ!」
 顔を赤くしてキッとオレを睨んだ相澤はそう言い残すと、勢いよくベッドから立ち上がると、意外としっかりとした足取りで浴室へと歩いて行った。
「……もしかして、もうちょっと頑張っても平気だったか?」
 相澤の背中が視界から消えるのを確認してからそんなことを呟き、口元を緩めて小さく笑った。
 互いの気持ちがようやく一つになった。これからは触れることを我慢をする必要も、相澤の気持ちを考えて悩こともしなくてもいい。
 相澤から【好き】という言葉をもらい、相澤保弘との初体験を済ませ、ようやく今恋人同士になれたんだとう実感が湧いてきた。
 ちょっと、いや、結構複雑なオレたちの関係。でも、過去のことがなかったら二人がこういう結末を迎えることはできなかった。だから、これまでのことは起こるべくして起きた出来事であって、決して悪い思い出としてはオレの中には残らない。
 今ようやく、相澤との間には色々ありました。なんて、そんな簡単な言葉で片づけていいような気がしてきた。
 まだまだ相澤は頑なになる所があるだろう。オレだって、ふとした瞬間に昔のことを思い出したりなんかして、相澤を傷つけてしまうことがあるかもしれない。でも、それでいいんだ。人間なんだから、相手のことを傷つけてしまうことなんてあるに決まってるんだから。傷つけてしまったら、それを癒してやればいい。癒してもらえばいい。もう他人ではないんだから、時間をかけてでも一緒に解決をしていけばいい。それが【恋人】としてのあるべき姿だろうとオレは思うから。
「……ようやく、オレの、オレたちの初めての【恋愛】が始まるんだな……」
 浴室から聞こえてくるシャワーの音を耳に入れながら、我ながら寒いことを言ったと思いながら、相澤が出てくるまでにシーツの乱れを直し、投げ捨てた服でも拾って畳んでおくかと立ち上がったのだった。





【最終話 れんあいの始まり END】