記憶の中にあるもの

れんあいの始まり 7

 抵抗は一切しない。少し睨まれているような気もするが、そんなことは気にしないで相澤の心ごと解すようにゆっくりと時間をかけて雄と窄まりを丹念に触れていく。
 オレの指が相澤の感じる所を触れるたびに小さく相澤は声を上げるが、それでも必死で声を抑えているのが伺える。
 声を抑えないでちゃんと出して欲しいとは思うが、それを相澤に言ったところでなおさら声を抑えてしまうのは想像に難くない。それなら、声を自分では抑えていられなくなるくらい、相澤のことを感じさせてやろうじゃないかと思った。
 もどかしいほど緩く動かしていた手を、時折わざと力を入れてみる。雄だけでなくたまに乳首を引っ張ったり、爪を立てて肌を撫でてみたり、強弱をつけて愛撫を施していく。すると、
「あぁ……、んん……」
 相澤がようやく声を出した。
 それに気をよくしたオレは、もっと相澤を開いていく。
 だんだんと相澤も緊張が取れてきたのか、声を抑えることをしなくなった。オレはというと、相澤の声を聞いているだけだというのに、ちょっとイきそうになってしまった。
「な……とり、もう……」
「ん?」
 完全に立ち上がった相澤の雄を指先で弄びながら、もうほとんどほぐれてきている後孔を弄っていた時、相澤がオレの名前を呼んできた。
「どうかしたか? 痛かった?」
「ち、がう……。もう……」
「なんだよ? して欲しいことがあるなら、ちゃんと言え。保弘の要望は、全部叶えてやるから」
「……もう、いい……」
「気持ちよくなかった?」
「ち、がう……。もう、いい……充分だ……。お前だって、もう限界、なんじゃないのか……」
 顔を腕で覆いながら言った相澤の言いたいことを察したオレは、生唾を呑んでから答える。
「……大丈夫か?」
「だい、じょうぶ……。これ以上されたら、我慢できない……」
 小さな声で、「イくなら、お前と一緒に……」と聞こえてきて、二度目の眩暈がオレを襲った。
 相澤に覆い被さり、顔にかかっている手をどかせる。
 相澤の頬を撫で、見つめ合う。
「……力、抜けよ」
「……言われ、なくても……」
 涙を目に浮かべながら苦笑するように口の端をつり上げた相澤に、安心させるように頬にキスをしてから、一旦躰を起こして自分の雄にコンドームを着け、そして相澤の雄にもコンドームを被せた。そしてほとんど触ってもいないのに完全に立ち上がった雄を相澤の後孔にあてがう。一気に中に入れてしまいたい衝動を抑え、ゆっくりと腰を進める。
 充分に解していただけあって、予想よりは順調に中に入っていく。
「んん……ん……」
「保弘、きついか……?」
「だい、じょうぶ。思ってた、より、痛くない……」
「それは、よかった。でも、まだ半分しか入ってないから、もうちょっと我慢して」
 もっと相澤に気を使ってゆっくり挿入していきたい所だったが、理性の剥げかけた昂ぶった本能はそう簡単に抑えることはできなかった。
 全てを相澤の中に収め、息を吐く。相澤の様子を伺ってみると、やはりきつそうな表情をしていた。しかし、苦しいだけの顔ではないのはよかったと思った。
「全部、入ったぞ」
「う、ん……。名取……」
「なんだ?」
「……嬉しい……」
「――っ」
 苦しい表情の中に見せたふんわりとした笑顔に、まだ動いてもいないのに限界に近くなってしまった。腹筋に力を入れて踏ん張ると、大きく息を吐いて笑みを浮かべる。
「オレも嬉しい。アンタとこんな風になれて、オレも凄く嬉しい」
 そう言いながら、相澤の雄に手を持っていく。挿れる時に萎えるかもしれないかと思っていたそこは、力を失うことなく硬さを保ったままだった。
 ゆるゆると扱けば、後孔が伸縮し、躰がビクリと跳ねる。
「あっ、なとり……あんまり、そこ……」
「気持ちいいだろ?」
「いい、けど、自分だけ、気持ちいいのは、やだ……」
 名取も一緒じゃないと。その言葉に従って、オレは腰を動かし始めた。
「あぁっ! あ……あっ……」
 動きにあわせて出る相澤の声に煽られて、腰の動きを早くしていく。
 それまで慎重に接していたのに、急に性急すぎかと思ったが、それでももう止めることはできない。
「保弘、やすひろ……!」
「うっ、あ、あ、あ……しん、すけ……しんっ……! あっ……い、い……っん……」
 名前を呼ばれ、言葉を聞き、もう我慢なんて出来なかった。腰の動きを早め、それと連動するように相澤の雄に添えていた手にも力を加える。
 うるさいくらいにギシギシと鳴るベッドのスプリングと、肉同士のぶつかる音、二人分の荒い息が部屋の中いっぱいに響く。
 時折キスをし、首に噛みつき舐める。
 下半身ももちろん熱くなっているが、躰全部の血液が沸騰してるみたいに熱くなっている。
 ドクドクという、心臓の音なのか血液の流れる音なのかが頭の中で響いている。だがそれよりもオレの耳を犯しているのは、相澤の声だった。
 オレの動きに合わせて聞こえてくる相澤の嬌声は、今まで相手にしてきたどの男よりもオレを夢中にさせる。
 声を聞いてるだけで気持ちいい。
 もっと声を聞きたい。もっと声を出させたい。オレの手で感じている相澤を、もっともっと感じたい。
 初めてなのに手加減が出来なくなってしまう自分を戒めながら、だんだんと声が高くなっていく相澤の声を聞き、限界が近いことを悟り、余計な思考は頭の中から追い出し、腰と手と耳だけに神経を集中させ、動きにラストスパートをかける。
「くっ、ぅぁっ――!!」
「ああっ――しんすけ――、あぁ――!!」
 もう少し相澤の中にいたかったが、挿れる前から限界近かったオレは、腹筋をヒクつかせながら相澤の中で果てた。オレがイった後すぐに、後孔が大きく収縮しオレの手の中にあった相澤のオスからも白い飛沫がコンドームの中に放たれた。
 二人の荒い息が妙に大きく部屋の中にこだまする。互いに落ち着くまで見つめあいながら黙ったままでいた。
 ようやく息が落ち着いてきた頃、どちらからともなくキスをした。
「……保弘、よかった」
「それは、なによりだ……」
「アンタは、気持ちよかった?」
「……っ。そ、そんなことは、訊かなくても、わかるだろ」
 相澤の表情、肌から感じた熱さ、それになによりオレの耳に強く残っているあの声。それらで相澤がどう感じたかはわかってはいたが、やはりちゃんと確かな言葉で聞きたい。
「気持ち、よかった……?」
 耳元に口を寄せて囁けば、相澤は小さく「……よかった、馬鹿……」と答えた。
 ぶっきら棒な中に甘さのある相澤の言葉に、オレは声を出して笑った。