雅臣と輝紀
禁欲ってどういう効果があるのかな
※社会人※
それは突然すぎる提案だった。
「雅臣、禁欲してみないか」
「へ…………?」
スマホの画面を見ながら言った輝紀に、オレは呆けた声を出した。
オレの反応を見たくて言った言葉ではなかったのか、それともオレの反応などどうでもいいのか、輝紀は吐き捨てるように言った後、何事もなかったかのようにスマホをでゲームを始めていた。
「輝紀。輝紀さん。今のはいったいどういう意味ですか?」
「あ? そのまんまの意味だ。禁欲だよ禁欲。主に、性的欲求を我慢してみないかって意味で言った」
輝紀にしてみたら、あまり深い意味はない、ただの思いつきの提案なんだろう。それでもオレは、輝紀の言葉の意味を深読みをしてしまう。
「オレとエッチするの嫌になったの!? どこが嫌だった!? しつこかった!? 苛めすぎた!? あまりにも輝紀のイき顔が可愛くて、調子乗って空イきとかさせまくったのが悪かった!?」
「……お前、その口永遠に塞いでやろうか……?」
「輝紀の口で? それとも、輝紀のおちふごっ――!?」
ちょっと調子に乗って口を滑らせれば、輝紀のパンチがオレの腹にめり込んだ。痛みに言葉を詰まらせ、輝紀を見ると、輝紀はゴミを見るような目でオレのことを見ていた。……反省します。
痛みにしばらくその場で蹲っていると、輝紀はオレのことを完全に無視してゲームを続けていた。
なんとか痛みをやりすごし、再び輝紀を問い詰める。
「輝紀、なんで急に禁欲なんて言い始めたの? そんなこと今まで言ったことなかったのに、どうして?」
「思いついたから」
「そんな理由で、オレが引き下がるとでも思ってるの?」
スマホの画面から目を離さないままの輝紀にぐっと近寄り、至近距離で輝紀を見つめる。
輝紀は気配でオレが近寄ったことを悟ったのか、画面からチラリと目を外してオレを見ると、手で顎を押してオレの顔を遠ざけようとした。その手を掴み、無理矢理こちらを向かせる。
「……なに」
「なにはこっちの台詞です。エッチが嫌になったならそう言って。嫌なところ直すから」
「………………」
真剣な顔を作って輝紀をじっと見ていると、輝紀はようやくちゃんとスマホの画面から目を離してオレの方を向いてくれた。
輝紀はなぜか大きく溜め息を吐き、口を曲げて不機嫌そうにぽそりと言葉を吐き出した。その言葉があまりにも衝撃的で、オレの耳はその言葉をちゃんと拾うことができなかった。
「ごめん、輝紀。もう一回言ってくれる?」
「何度も言えるかこんなこと!」
「お願いします! 耳の悪いオレのために、もう一度言ってください!」
土下座をしそうな勢いで輝紀に頼むと、輝紀は大きく舌打ちをして、心底嫌そうにもう一度さっきと同じことを言ってくれた。今度こそ、絶対に一言一句聞き漏らさないために、耳に全神経を集中させる。
「……あんまり毎日やりすぎて、最近躰が疼いてしょうがねえんだよ。慣れてるはずなのに異物感は消えねえし、ちょっと肌が擦れただけで勃ちそうになっちまうしで、困ってんだよ。……だから、しばらく禁欲してみねえかって言ったんだ! わかったか!!」
この歳でこんなになるなんて恥ずかしすぎる! と、耳を赤くして怒鳴るように言った輝紀の可愛さに、オレは鼻血が出そうになった。
オレのことが嫌で禁欲を言ってきたのではなくて、むしろオレとのセックスがよすぎるから、そのせいで日常でもその感覚が抜けなくて、四六時中エッチな気分になっちゃってるから言ってきたんだ。
それは確かに困る。そこかしこ敏感になっちゃって、オレの知らないところで快感に震えてる輝紀。……一瞬そんな輝紀、素敵じゃないかと思ってしまったが、本人からしたら大問題なわけなのですぐに考えを頭の中から追い出す。
「……おい、ちゃんとわかったのか雅臣」
「うん、理解したよ。輝紀が日常生活していて感じちゃうエッチな感覚が抜けるまで、しばらくエッチしたくないってことだよね」
「ま、まあ、そいういうことだ……」
「そういうことならお任せあれ! 困ってる輝紀を放っては置けないから、禁欲にお付き合いします!」
胸を叩きながら言ったオレに、
「一人ではしとけよ? 溜まると躰に悪そうだし」
そんな心配をしてくれる輝紀。口ではオレに酷いことばかり言ってくる輝紀だけど、本当はオレのことをちゃんと考えてくれてる輝紀。あー、もう大好き!
「……そういえば」
輝紀への愛に身を悶えさせそうになった時、ふとこの間目にしたものを思い出して、着ていたパーカーのポケットからスマホを取り出した。
「どうした雅臣?」
「んー。あのね、この間暇潰しで色々見てた時、確か禁欲がどうのっての見かけた気がして……」
そう言いながら記憶を頼りに検索を始めた。
「…………。お、あったあった。えーとね、ざっくり言うと、オナ禁すると、肌質改善、ヒゲとか抜け毛改善、体力面の改善、寝起き改善とか、色々あるみたい」
前は何気無く読んで、いいらしい、と漠然と捉えていたが、きちんと内容を読んでみるとその効果は良さそうなものも結構あった。
「へー。ほんとなんかね」
オレが検索をしたサイトを、輝紀が横から興味深そうに見ていた。
「極端な例って感じもしなくはないけど、効果はありそうだよね」
「とりあえず、俺のこの感覚が消えるまでやってみて、本当に肌質改善するのか見てみたいな」
「まあ、ネットの情報だから半分冗談だと思ってやってみるといいかもね」
輝紀の突然の提案には驚いたけれど、オレを嫌っての発言ではなかったことに心から安心した。
お互い、セックスをしないとどうしてもダメ! というわけではないから、多少禁欲をしたところでどうにかなるとは思えない。社会人になりたての時はお互いに覚えることがたくさんで忙しくて、一ヶ月にニ、三回しかしなかった時もあったくらいだ。
だから、オレはこの禁欲について軽く考えていた。
その後も似たような内容の記事を二人で見ながら、ああでもない、こうでもないと言いながら、オレと輝紀の予想通りにはいかない禁欲生活が始まったのであった。
【END】
続きます。
20150309
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