君だから
夏も終わりかけ、秋の涼しい風が吹き抜けるようになってきたある日の休日、外にも出ずに家で暇を持て余している二人の男がいた。
「彰(あきら)ー、ヒマー」
男の一人がベッドの上で大の字に寝ころびながら、ベッドを背もたれにして床に座り、携帯を弄っている男に大きな声で言う。
「なら、外に出掛ければいいだろう」
彰と呼ばれた男は携帯を閉じて床に置くと、縮こまっていた背中を伸ばすように大きく伸びをした。
「彰と一緒じゃなきゃ嫌だね」
「おい、卓磨(たくま)!」
彰の伸びを見た卓磨は、彰の後ろから手を伸ばして彰を抱きしめた。
突然の卓磨の行動に驚いた彰は、とっさに頭を勢いよく後ろに倒した。直後、鈍い音が響く。
「ったい……」
「あ、悪い、つい」
彰の後頭部が額に思い切り直撃した卓磨は、彰に腕を回したままの体勢でベッドに突っ伏した。
「卓磨?」
予想以上に痛かったのだろう。卓磨は突っ伏したまま、しばらく動く気配を見せなかった。
「そんなに痛かったのか?」
「……いてえよー」
胴体に回っている卓磨の腕を解き、彰は卓磨の方に躰を向けて心配そうに訊く。それに卓磨は少し顔を上げて彰に答える。その瞳は、心なしか涙が浮かんでいるようにも見えた。
「悪かった。でも、元はと言えばお前が悪いんだぞ?」
「言い訳ー」
「どこがだ。立派な正論だろうが」
口ではキツく言いながらも、彰は卓磨の額を優しく撫でている。それに気分をよくした卓磨は、今度は前から彰を抱きしめた。
「あーきらー」
「なんだよ? もう大丈夫なのか?」
「んー」
「フッ、まったく……」
胸元に頭を擦りつけてくる卓磨の様子を見た彰は、微笑を浮かべながらサラサラとしている卓磨の髪を指で梳く。
胸に感じる暖かさ、頭に感じる暖かさに、お互い幸せな気分に浸りながらしばらくその心地よさを味わっていた。
「なあ……」
「ん?」
「お前、優しいよなー」
「何だそれ」
「だって、本当のことじゃん?」
「お前限定だよ」
「彰……」
彰の胸に顔を埋めていた卓磨は、ゆっくりと顔を上げてじっと彰の顔を覗き込む。
「どうした?」
「なあ彰」
卓磨は言いながら顔を近づけ、彰に触れるだけのキスをする。唇を離し卓磨は口を開いた。
「抱かせ──」
「却下」
卓磨が言い終わる前に即答した彰に、卓磨は子供のように頬を膨らませながら彰を恨めしそうに見る。
「まだ全部言ってないじゃん?」
「あそこまで言えば、何を言いたいのか分かるに決まっているだろう」
「でもさー、いい加減いーじゃん?」
「嫌だな。なら、お前は抱かせてくれるのか?」
「む、むむむ……」
彰に問われ、上体を起こして胡座をかき、真剣な顔で悩む卓磨。その卓磨の様子を、彰は苦笑を浮かべながら見ていた。
彰と卓磨の二人は付き合ってすでに半年以上が経つのだが、今までに一度もセックスで繋がったことがなかった。
そういうセックスをしない主義だったり、それをするにあたって何か特別な事情があるわけではない。ただ一つだけ、二人の間に大きな問題があったのであった。
それは──。
「何で俺たちは両方タチなんだろう……?」
「おいおい。今さらそこを悩むのか?」
「だってー」
ポツリと呟いた卓磨の発言を聞き、呆れた様子で言う彰に、卓磨は躰を前後に揺らしながら天井を見上げる。
「はぁ……。どうしても、俺を抱きたいのか?」
「えっ!?」
ため息混じりの彰の思わぬ言葉に、卓磨は驚きの声を上げてバッと彰を見る。
「抱かせてくれるの!?」
「いつものじゃ、満足できないのか?」
彰の発言にキラキラと目を輝かせながら訊ねてくる卓磨に、その問いには答えずに彰が言ってくる。
答えてくれなかった彰に対して、卓磨は少し釈然としない表情を浮かべるが、ベッドから降り、彰の隣に座り直して彰の問いに答える。
「満足できてないってわけじゃないけどさ、やっぱ彰を抱いてみたいって思う俺の男心があるんだわ!」
「どんな心だよ」
握り拳を作って言う卓磨に、彰は心底呆れた声でつっこみを入れる。
「俺は見てみたいんだ!普段は頑なな彰が俺のテクで解れていき、悔し涙か嬉しい涙を流しながら『もっとして……』ってよがってくる姿が!それはそれは可愛いに違いない!」
「……セリフに感情を込めるな。聞いてるこっちが恥ずかしい……」
拳をそのままに力説をする卓磨に、彰は少し顔を赤らめながら片手で顔を覆うようにして苦い表情を浮かべる。
そんな彰の様子はお構いなしに、卓磨はまだ言葉を続ける。
「今までやってるのでも、もちろん彰はすっげー色っぽい表情してたよ。でもさ、俺に抱かせてくれたら、今まで以上に色っぽい表情をさせる自信あるし! 絶対に気持ちよくさせてあげるから!」
「……お前がそこまで言うなら、俺だって言わせてもらおうか?」
彰は卓磨の恥ずかしい発言のおかげでダウンしかけていた気持ちを持ち直し、胡座をかいている膝の上で頬杖をつき、卓磨を見ながら口を開く。
「俺だって、見てみたいと思っているんだぞ? 俺にヤられることによって、悔しさとそれに勝る気持ちよさの入り交じったお前の表情を。さぞかし煽情的で、俺の心を鷲掴みにするような顔をしてくれるんだろうなといつも想像している」
「わー。変態発言だー」
薄く笑みを浮かべて言う彰に、卓磨は卓磨の発言を聞いた時の彰のように少し顔を赤くして、ひきつった笑いをする。
「お前だって、似たようなこと言っていたじゃないか? いやそれより、お前の方が長かっただろ」
「あんま変わんねーって。それに、彰が言うと俺の何倍も卑猥に聞こえるんだよ」
Copyright(c) 2015 murano tanaka All rights reserved.