淡い禁断の心3
俺は、どうしたらいいのかまったく分からずに、真摯な兄さんの瞳を見つめ返すことしかできないでいた。
そんな俺の心境が分かったのか、兄さんはふっと瞳を緩めて苦笑を浮かべた。
「陽一が戸惑うのも無理はないよ。オレだって、こんなことになるなんて予想もしてなかったんだから。……ホントは、言うつもりなんてなかったし」
「じゃあ、なんで……」
「さあ? 言うつもりはなかったけど、なんでか無性に言いたくなった。好きだって、お前のことを愛してるって、言いたくなっちゃったんだ」
ごめんなと笑う兄さんの表情が、あまりにも悲しそうで、俺は胸が苦しくなるのを感じた。
どうしてそんな気持ちになったのか、もうなんで? などと思うことは止めにした。
いくら悩んだところで、この問題に解決の道はない。そう思ったから。
「……十夜」
俺が名前を呼ぶと、ピクリと兄さんの肩が震えた。そして覚悟を決めたように姿勢を正すと、真っ直ぐ俺を見てきた。
これから俺が口にする言葉は、兄さんにとって残酷な言葉になるかもしれない。そうと分かっていても、俺は伝えなければならない。
一度目をつむり、深呼吸をする。自分を落ち着かせるために、そして、ちゃんと兄さんに告げるためにゆっくりと口を開いた。
「……俺は、正直なんて答えたらいいのか分からない。兄さんの気持ちを素直に受け入れるのは、俺には難しい」
「そうだよね。……陽一、ホントに――」
「兄さん、最後まで聞いて」
もう一度謝ろうとした兄さんの言葉を遮る。俺は別に兄さんに謝って欲しいわけじゃない。それもちゃんと伝えなければ。
「これは、俺のワガママなんだけど……。兄さんの気持ちを簡単には受け入れられない。けれど、その結果で兄さんが俺から離れてしまうのは嫌だ。兄さんには側にいて欲しい。兄さんは……いや、十夜は、俺にとって特別な存在なんだ。兄弟だからそう思うのかもしれない。もしかしたら、違うのかもしれない。十夜の告白を聞いて、確かに俺は戸惑った。でも、不思議と嫌悪感は感じなかったんだ。そりゃ、凄く驚きはしたけど、ああ、そうなんだって、ストンと心に落ちた感じで……」
兄さんに伝えながら、俺は心の奥底でなんだか小さな炎が灯ったような感じがした。温かい胸に手を添えながら、いつの間にかつむっていた目を開ける。
目に映ったのは、今にも泣き出してしまいそうな兄さんの顔だった。俺の言葉は、十分に兄さんを傷つけるに値するものだ。兄さんがそんな表情をしてしまうのも無理はない。
言ってしまった言葉は、もう元には戻らない。伝えなければいけないと口にしたものの、兄さんにこんな顔をさせるのならば言わなければよかったかもなんて、後悔している。
「……陽一」
「なんだ?」
「……さすがのオレも、よく理解ができなかったんだけど、あれかな。オレのいいように、解釈しても、いいのかな……?」
「ああ、構わない」
「そっか……」
兄さんは悲しげな表情のまま儚い笑顔を浮かべる。俺ですら自分の気持ちが理解しかねているの、それならいっそのこと、判断は兄さんのいいようにしてくれた方がいいだろう。
「……陽一」
兄さんは俺の名前を呼ぶと、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。ぶつからんばかりの兄さんの勢いに、俺は少し後ろによろけながらも兄さんを受け止める。
「ど、どうしたんだ兄さん?」
「オレは、諦めないからな」
「え……?」
「オレは、お前を好きなことを諦めない。お前の言葉をオレは、脈がないわけじゃないって解釈した。だから、オレはお前を振り向かせてみせるって決めた」
俺の肩口に顔を埋め、力強く背中に腕を回しながら兄さんは宣言した。それを聞いて、俺は思わず笑ってしまう。
あんな悲しそうな顔をしてたのに、凄い強気な発言だ。兄さんがそう決めたんなら、俺もそれ相応の覚悟を決めなければいけないな。そんなことを思いながら、俺は兄さんの背中に腕を回して強く抱きしめ返した。
兄さん――十夜のことが好きなのか、今の俺にはまったく分からない。今までそんなこと考えても見なかったんだから、分かるわけもないんだが。
でも、心の中で生まれた小さな炎が、禁断の恋心というヤツなのかもしれない……なんて思ったのは、俺だけの秘密だ――。
「オレの魅力を侮るなよ」
「どこが魅力的なのか分からないけど、まあ肝に銘じておく」
俺と兄さんは、しばらく抱きしめ合ったまま互いの体温に浸っていた――。
【END】
ハッピーエンドなのかそうじゃないのかよく分からないできになってしまいました。
続編を書くのもいいかもしれないとか思ってみたり(笑)
このお話を慧魅様に捧げます!
20120521
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