拓斗と彩2

 俺の抗議の声を遮るように、今度はインターホンの変わりに拓斗の声が聞こえてきた。
 ……これはホントに近所迷惑。いや、だからと言って、俺が出てもいいものなのかよ?
 彩は完全に不機嫌さを露わにしていて、俺が何を言っても聞き入れそうもない。
 煩いのは嫌だ。けど、痴話喧嘩に巻き込まれるのはもっと嫌だ。
「ったく……」
 なんで俺がこんなことをしなければいけないのか。そう思いながら、重い腰を上げた。
 立ち上がり際に彩の方を見たが、彩は俺をチラリと見ただけで、すぐに視線を外した。
 ……意地張らなきゃいいのに。
 そう思いながら、ドアを叩き始めた拓斗の方に向かって行く。
「彩!! ――じゃない」
「俺で悪かったな」
 俺が玄関を開けると、安堵の表情を浮かべた拓斗が立っていた。しかし、玄関を開けた相手が俺だと分かると、すぐに残念そうな表情を作る。
「……彩は?」
「部屋の中」
「出て来てくれないのか?」
「怒ってるぞ、相当。昨日のお前の態度のせいで、俺もとんだとばっちりを受けたっつの」
 思い出したくもないさっきまで彩の話の内容を思い出してしまい、鳥肌が立った。
 俺の表情の変化に拓斗はすぐに気づき、「ごめん、迷惑かけた」と言いながら、部屋の中に入って行った。
 俺はそんな拓斗の様子を玄関先で見守る。
 すぐに部屋の中から、彩と拓斗の言い争いにも似た声が聞こえてきた。
 ……さて、俺はどうしたらいいのか。
「てーるき。大変だったねー」
「ああ、まったくだ。なんで俺が人様のセックス事情なんて聞かなきゃいけなかったんだ」
「え!? 何それ!? めっちゃ気になる!!」
「思い出したくもねえよ。話す気な――」
 ……ちょっと待て俺。俺は今誰と話してんだ?
 あまりにも自然に会話を開始していた自分に、今ここには自分一人しかいないという現実を忘れかけていた。
 すぐ背後から聞こえてきた声に、俺は勢いよく顔をそちらの方に向ける。
「やあ、輝紀、今朝ぶり」
「雅臣!? お前、こんなとこで何してんだよ!?」
「ん? 輝紀と同じ様なことしてた」
 答えになっていない雅臣の答え。しかし不思議なことに、雅臣が何を言いたいのかはちゃんと俺には伝わった。
「……お互い、とんだ休日になったってわけか?」
「んー? まあ、こんな日もあるんじゃない?」
 雅臣の顔を見たせいなのか、俺はなんだか安心した気持ちになった。
 本音を言うと、彩の話を聞きながら、少し俺は彩と拓斗を羨ましいなんて思っていたりしたのだ。
 何がどう羨ましいと思ったのかは分からないが、おそらくは感情のままにぶつかり合うことのできる二人に対してそう思ったのかもしれない。
 自分でも自覚しているが、俺は――正直ではないから。
「どしたの、輝紀?」
 いつの間にか俺は雅臣の顔を見つめていた。
 ちょっとだけなら、俺にも……。
「……ねえ。なんか、部屋静かになってないか……?」
 雅臣に指摘され、ふと気づく。それまで聞こえてきていた声が、聞こえなくなっていた。そして、代わりに聞こえてくる衣擦れの音……。
 これは、まさか、マジか――!?
 自分自身が思ったことに、目を見開き雅臣を見る。雅臣も俺と同じことを考えているのか、苦笑を浮かべながら、しかし好奇心たっぷりに部屋の中を覗こうと躰を動かしていた。
「ま、雅臣、やばいって!」
 なんとなく声も小さくなってしまう。
「うん、ヤバイよね。お。キスしてるー」
 雅臣も声を潜めながら、部屋の中を見て今二人が何をしているのかを口に出して言う。
「聞きたくない! 帰ろう、雅臣! あんな自分たちのことしか考えてないような奴らなんて放っておいて帰ろう!」
「だねー。さっきまで喧嘩してたのに、もうラブラブだよ。ていうかさ、俺らって、お互いにただ惚気られてただけなんだよね。まったく、なんであいつらは俺たちに自分たちの自慢したがるのかね。今だって、絶対俺らいるの分かってて始めてるだろうし。ああいうのを世の中ではバカップルっていうんだよね。うーん、俺たちも負けてられないね。……? 輝紀、どったの? 顔、赤いよ?」
 部屋の中をまだ覗きながら、雅臣はなんでそんな普通でいられるんだ。顔が赤くなるのも当然だろう。俺は部屋に背中を向けているおかげで目撃をせずにすんでいるが、まさに、同じ空間で、友達カップルがことを始めようとしているのだ。これで冷静でいられるかってんだ!! というか、玄関の扉開きっぱなしだっての!!
「……早く、帰りたい……」
「あー、あー、泣きそうな顔しないでよ。輝紀ってば、あんがいおぼこいのね。普段はこういうの無表情でやり過ごすのに、どしたのさ。てか、ダイジョブ?」
「大丈夫なわけ、ないだろ!」
「あー、そうね、そうだよね。ゴメンネ。さ、早く俺たちの家に帰ろうか? さ、手出して。手繋いで帰ろうね?」
 完全に子供を慰める時の態度の雅臣。いつもの俺なら切れそうになるところだが、今はそんな気にはなれない。
 雅臣に手を引かれる。俺は、それに逆らうこともせず、雅臣に付いて彩の部屋のアパートを出る。
 彩の部屋の中に俺の上着が残ったままだったが、それを取りに戻るなんて、俺にはできない。雅臣に言えば、ある意味喜んで取りに行ってくれるかもしれないと思いもしたが、今は雅臣の手を離したくないと思っていた。それに、一刻も早くここから立ち去りたい。
 帰路に着きながらふと思う。いくら恋人といえど、男同士で昼の町の中を手を繋いで歩くのは普段なら抵抗を感じる。しかし不思議なことに、今はそんなことまったく気にならなかった。
 周りの人間に見られていることは分かったが、手を離したくないと思っている俺がいた。離す代わりに、繋いでいる手に力を込める。
 力の篭った手に、雅臣は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作る。
「……好きだよ、輝紀」
「……ばか」
 俺だけに聞こえる声で言ってきた雅臣に、俺も小さく返す。
 好き。俺だって、雅臣は好きだ。……でも、言葉に出すのは――恥ずかしいんだよ――。
 雅臣は彩と拓斗のことをバカップルと言っていたが、今の俺たちも、周りから見たらもしかしてそう見えるのかもしれない。そう考えて、俺はもっと雅臣の方に近寄り、そして少し口の端を上に上げたのだった。





【END】


雅輝というか、輝紀で書いてみました。
慧魅様に捧げます。
果たしてこれがご期待に添えるものに出来上がったのか、不安で仕方がありません;;
これが、自分の中でのバカップルです!ということで一つお願いします;;
いや、バカップルになりたて……?


20130121