恋愛部成就課
報告書NO.02 (1)
最近できたオレの恋人は、シャイだった。
「梅木(うめき)、いいかげんキスしてもいいか?」
「ででででも、そそ、そんなん恥ずかしい!!」
オレよりも頭半分背がデカくて、柔道をしていた肉体はやめた今でも逞しく、引き締まっている。見た目はナンパに見えるというのに、どうして梅木の中身はこんなにも純情ボーイなんだろうか。……まあ、そこがよくて告白をしたんだけど。
ちょっとからかうだけで赤くなって、小心者というわけではないけれど、下ネタが苦手な梅木。オレの、可愛くて格好いい初めての恋人。
恋人を作るのは初めてのオレだけれど、童貞でも処女でもない。セックス大好きで、不特定多数の人間とその日のセックスを楽しむ毎日を過ごしていた。でも、梅木のことが好きになって、セフレとは全員手を切ったため、一年近くセックスをしていない。オレの夜のお供は、もっぱら両手となっていた。
プラトニックな付き合いも悪くはない。悪くはないけれど、いいわけでもない。本来スキンシップの好きなオレにとって、あんまり触ることができないのは結構辛い。一年、オレはよく我慢している。褒めてやりたい。
「……梅木、やっぱオレのこと好きにはなれなかった? 男は、気持ちわりい?」
「いやいやいや! それはない! 俺は海老名(えびな)のこと大好きだ! こんな俺のことを好きなんて言ってくれんの凄く嬉しいし、付き合ってくれて感謝してる!」
「感謝してるだけ? もしかして、流されてるだけなのか、お前?」
「ごごごごめん! 誤解を与えたんなら謝る! そういう意味じゃないんだ! 俺は海老名を好きだ! でもセックスは怖い!」
声を張り上げて言った梅木に、目が点になる。いくらアパートの部屋にいるからといって、そんなに大きな声を出したら近隣に丸聞こえだ。恥ずかしい奴。そんなとこも可愛いけど。
「……落ち着け、梅木。オレは別にセックスしたいなんて言ってないだろ? ちょーっとキスがしたいなって言っただけ」
「だだだって、キスの後はセックスをするもんだろ?」
成人して結構経つのに、どうしてこうも初な反応ができるんだろ。思考が中学生並みじゃないか。
「あのさ、今まで訊かないでいたんだけどよ、梅木って童貞なのか?」
「そそそそ、それはっ!」
オレの質問に、梅木は目を見開くと顔を赤くして、俯いてしまった。可愛いなあ。どうしてこいつは、こんなに可愛いんだろう。
照れて、ぷるぷる震えている梅木のことを見ながらニヤニヤしていると、小さく梅木が何かを言った。
「何? なんて言った?」
聞こえなくて梅木に近づくと、梅木は真っ赤な顔で今にも泣きそうな表情を浮かべながら、ジッとオレのことを見つめてきた。
……すげえ可愛い。抱きしめたい。ぎゅーっとくっついて、梅木の胸筋に顔を埋めたい。いや、オレの胸に梅木の顔を押しつけて、頭をわしゃわしゃしたい。
ニヤニヤが止まらない口元を片手で覆いながら、言いにくそうに口をぱくぱくしているのを、焦らせることなくジッと待った。
「あ……あ、あの、俺……。……童貞じゃ、ない……」
「マジで……?」
予想外な梅木の返答に口が開いた。
オレが勝手に梅木は童貞だろうと思っていただけだから、事実は違っていて当たり前だろう。しかし、童貞じゃないのか。そっか。……ん? 経験したことあるなら、なんでセックスが怖いんだ?
「ちなみに、いつって訊いても大丈夫か?」
「あ、ああ……。その、高校ん時、養護教諭の人に……」
「襲われたのか?」
「ああ、まあ、そんな感じで……」
「女?」
「……綺麗な、女の人だった……」
喋れば喋るほどに、梅木の声が小さくなっていく。しかし、なんだろう。様子がおかしい気がするんだが。
「梅木? その女に、酷いことされたのか? だから、セックスが怖いとか?」
「い、いや、俺は酷いことされて、ないんだけど……」
「けど?」
「…………俺が、した、らしい……」
「……は?」
曖昧な梅木の言葉に首を傾げた。らしいってなんだ、らしいって。襲われたのは梅木の方なのに、梅木が何かしたってことか?
襲われてビックリして、怪我させちゃったとか? それとも、本能爆発してガツガツしてしまったとか?
「海老名!」
「な、何?」
言いにくそうにしている梅木を見ながら、自分なりに色々と予想を立てていると、不意に梅木が大きな声を出してきた。
「記憶がないんだ!」
「……あ、うん、そう」
ジッとオレを見ながら急に言い出した梅木に、とりあえず相槌を打った。
「そ、その、初めての時、養護教諭に、キスされて、ちんこ舐められて、上に乗られたとこ、までは覚えてんだけど……」
梅木の口から、凄い言葉がでてくる。目をぱちくりさせながら、梅木の次の言葉を待った。
「……その、な、なんか、色々されて、凄く気持ちよくなっていって、我慢が、利かなくなって、頭痛くなって、したら、ぷつんと目の前が白くなって、その後、何が起きたのか、覚えてないんだ」
「それって、気持ちよすぎて意識遠のいたってこと?」
聞いてみたらなんてことはない梅木の体験談に、もっと酷いことを想像していたオレは脱力した。
青春真っ盛りの時代の青い思い出。梅木が女に乗っかられてあたふたしている画を想像して、いくら初めてだっていっても女に失神させられたら、それはショックを受けたことだろうなと思った。……失神するまでのテクニック……いったいどんなものなんだろうか。
しかし、今の話だと、さっきの【俺がしたらしい】って部分とは矛盾が生じることになる。
「違う!」
どういうことなんだろうなと思っていると、また梅木が大きな声を出した。今日の梅木はよく声を出す。ちょっとうるさいけれど。
「何が違う?」
「し、失神してたのは、女の人の方で、いやいやでも、俺も気を失ってたんかも知れんけど、気づいたら下半身スッキリしてて、ベッドの上で凄く乱れた女の人寝てて、ちょっとしたら起きて、したら、凄かったとかなんとか言われて、私と付き合ってとか言われて、怖くなって、逃げた……」
「……うん。うん……? よくわかんねえの、オレだけ?」
「俺だって、何が起きたのか、今でもわからん! あのあと、ずっと養護教諭避けてたから、真相なんてわからんし、怖くて知りたくないし。……その、よくわからんことが、セックスするときっと起きんだろうから、だから、セックスすんの、怖くて……。気持ちよくなんのも、気が引けて、あんまオナニーもしてなくて……。……わかんないこと言って、ごめん」
「あー、うん。いいよ、謝るなよ。話してくれて嬉しいし、梅木がセックスセックス連呼してんの聞いてんのおもしろかった」
「あっ! そそそそその、俺、俺、何を言って――!」
話を終えて頭が冷静になったのか、梅木の顔が茹でダコみたいに真っ赤に染まっていった。そんな顔を隠すように両手で覆いながら背中を丸めてうづくまった。
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