恋愛部成就課

報告書NO.04 (2)

「……この、くそったれ」
「はは。くそで結構。最後までしたかったんだけど、さすがになんの準備も無しじゃできないから、残念」
 オレの悪態を軽く流しながら、邦雄はポケットからハンカチを出してオレのちんこを拭い、自分のちんこと手を拭うと、オレと自分の身支度を整え始めた。
「本当、残念……」
「何が残念なんだ。そんなにオレのケツに突っ込みたかったのか?」
「何言ってんの? 俺ちゃんと言ったよね。【俺の初めてもらってください】って」
「……?」
 ズボンを元に戻し、オレの手の拘束を取りながら言った邦雄に、眉を寄せながら首を捻る。
「どういうことだ? お前、オレのこと犯したくて、おかしなマネしてきたんじゃねえのか?」
「あのね。もし俺が本当に清晴のこと犯したかったら、こんなペッティングで終わらせてるわけないでしょ?」
 苦笑いをしながら服を着ていく邦雄。自由になったのなら邦雄が服を着ているところを暢気に見ていないで、さっさと邦雄を殴ってこの場からいなくなるのが普通だとわかっているのだが、どうしてもひっかかることがあって、動くに動けないでいた。
 邦雄の行動には何か意味があるのだろうか。いくら邦雄が馬鹿だからと言っても、友達相手にこんなことをするような奴ではないのは、オレが一番よく知っていた。
「よし。じゃ、俺は帰るね」
「ちょ、ちょっと待てお前! まだオレに言ってないこととかあんじゃねえのか!? それに、なんでこんなことしたのか、説明もしてねえじゃねえか!」
 立ち上がって伸びをした邦雄に怒鳴るように訊く。邦雄はうーんと唸ってから、オレを見下ろしてきた。
「……ごめんな。本当に悪いと思ってる。これが清晴のトラウマにならないことを願ってるよ」
「は? そんなんじゃ説明にならねえだろ? って、待て邦雄――!?」
 まったく説明をする気がない邦雄は、手を振りながら走って屋上をあとにした。もちろんすぐに追いかけようと立ち上がったのだが、うまく動くことができずにその場に膝をついた。
「はっ!? なんだこれ!?」
 動きが鈍い足元を見下ろし、舌打ちをする。
 いつの間にやられていたのか、オレの内履きの右足と左足の靴紐が交差して縛られていた。こんな姑息な手を使ってでも、あいつはオレから逃げたかったのか? 逃げるくらいなら、始めからこんなことしなきゃいいのに、なんなんだあいつは!?
 靴紐を解き、元通りに結びながら邦雄への怒りをふつふつと募らせていく。
 手早く靴紐を結び終えると共に、授業の終わりのチャイムが学校中に響き渡る。その音を耳にしながら、邦雄のあとを追って走った。



 あのあと、邦雄を追ってあいつのクラスに行ったのだが、すでに邦雄は帰った後だった。
 メールもしたし電話もしたけれど、すべて無視。家なんて知らないから訪ねることもできなかった。
 次の日になったら文句を言ってやろうと思っていたのに、それが叶うことはなかった。
 邦雄は、あの日で高校を辞めていた。
 邦雄の担任に聞いたところによると、両親の離婚が原因で引っ越すことになったため、他の高校に転入をすることになったとか。担任は行先を知っていたのだろうが、邦雄から誰にも教えないで欲しいと言われたということで、あいつがどこに行ったのか知ることができなかった。
「……逃げるとか、マジでありえねえ」
 あんな形で友達と別れるなんて、後味が悪すぎる。しかも、邦雄がいないと真相を知ることができない。最悪な思い出と、疑問だけを残して消えた邦雄の自分勝手さに、ものすごく腹が立つ。
 あいつはオレのことを忘れたいのか? そんなにオレから逃げたいのか? あんなことをしておいて、勝手すぎる……。
 レイプみたいなことをされた怒り、友達だと思っていたのに何も告げずにいなくなった悲しさ、そして残ったオレの心の中の疑問。本人にぶつけることのできない諸々の感情がオレの中で渦を巻いている。
「見つける。ぜってえ見つける。オレから逃げるとか、許さねえから」
 もやもやをそのままにしておくのはオレの質じゃない。スッキリしないのは大嫌い。邦雄が逃げるというなら、オレは追いかけるだけだ。
 さっさと記憶から消してしまえば楽なのだろうが、その選択肢はオレの中に無かった。
 見つける。どんな手段を使っても見つけて、そしてあいつをとっちめてやる。
 そう心に決めながら、オレはあいつに再会する日を指折り数えて過ごすのだった。



「……ふむ、こうなったか。まあ、こういう形もありっちゃありだね」
「ないだろ」
「うおっ! いつからいたんだクピド?」
「今日はお前のところの班長に、戻ってこないから様子を見てきてくれと頼まれたんだ。ったく、なんで班の違う俺が……」
「まあ、うちの班長とお前のとこの班長が仲いいからなんじゃないの?」
「はあ……。ったく、上からの命令なら仕方がないが……。それより、あれのどこが幸せになれる要素があるって言うんだ? 無理矢理やって、勝手にいなくなるなんて、いったいどんな仕事をしたらあんな結末になるんだ」
「んーとね。実は今回、オレはなんのお膳立てもしてないんだよね」
「……職務放棄か、貴様」
「違う違う。なんていうか、手を加えちゃいけない感じがしたっていうか、見守った方がより強い絆が生まれるかなっていうか?」
「恨みという強い感情は生まれていたな」
「甘いねクピド」
「なにがだ」
「恨みだけなら、日が経てば薄れていく感情だけど、あれはどうみてもそんなもんじゃない。もっと強い感情が生まれてるとオレは見た。つか、元からちょっとでも可能性がなきゃ、大人しくレイプなんてされてないって。力の差があったって、どうにかして逃げるでしょ普通」
「……レイプ、されたのか……? それを、黙って見ていたのか……?」
「あら? そこは見てなかった? ……余計なこと言っちゃった……?」
「おいこら! レイプってのはどういうことだ! 逃げずにちゃんと説明しろ!」
「クピドもオレのこと愛してるから、追いかけてきてくれんの〜?」
「アホ言え貴様!!」



【END】

20150309