その感情

 次何処行きますか、と心なしか少し華倉に近付く魅耶。
 それには裕も気付いたらしく、こら、と睨み付ける。
 む、として、すっと魅耶が華倉の腕に抱き付こうとした時だった。

「おにぃちゃぁん」

 ぎゅ、と浅海のズボンを引っ張って、そんな泣き声がした。
 わ、と浅海は前のめりになりそうになる。
 何かと思って見ると、3歳くらいの男の子が一人、居て。
 ぐずぐずと泣きながら、浅海を見上げている。
「おにいちゃん」と何度も呟きながら。

 見た事も無い男の子だった。
 え、と浅海は困り果てて裕を見る。
 男の子は浅海を自分の兄と勘違いしているらしく、ズボンを掴んで離さない。

 ますます泣く一方の男の子に、華倉達も困惑した。
 が、唐突に男の子に腕が伸ばされたと思ったら、男の子は裕に抱き抱えられていて。

「どうしたー? おにいちゃんとはぐれちゃったの?」

 裕が男の子をあやし出す。
 男の子はまだ泣いていて、初めは話にならなかったが。
 段々泣くのを止め、笑い出す。

 裕は今まで見せた事も無いような笑顔で、男の子に接している。
 男の子もきゃっきゃと笑い声を上げて、裕に抱き付く。

「……凄い、ですね」

 その光景を見ていた魅耶が、ぽつりと漏らす。
 隣では華倉も頷いていて。
 だろ、と浅海が笑って返す。
 あいつ子供好きでさ、そう、二人に話し出した。

「将来は保育士になるんだと」

 そう言ったのが聞こえたらしい、裕がこちらを向いた。
 余計な事言うなよ、と軽く浅海を睨む。
 ごめん、と浅海は、それでも嬉しそうに言う。

「将!」

 そんな4人に、そんな声が飛んできたのは、その直後。
 おにいちゃん、と男の子――将が声を上げる。
 将の兄は裕を見て、一瞬表情を歪めたが、将から話を聞くと、笑う。

 礼を言う、と将の兄は堅苦しくそう言った。
 いいえ、と裕は将に笑い掛ける。
 じゃあな、そう言うと、将も笑ってバイバイしてくれた。