君は何色

愛情の行先 5

 栄斗のとぼけた発言が癪に障った相田さんは、勢いよく立ち上がり怒鳴る。
 涙目になって怒鳴っている相田さんが、初めの印象からかけ離れすぎていて、申し訳ないが僕は笑ってしまった。
「不二くん! ここは笑うところではないでしょう!?」
「す、すいません。あまりにもさっきまでのイメージと違いすぎて……」
「誤解のないように言っておきますが、本当の私はこんなではありませんから! さきほどまでの私が本当の私なんですからね!」
「実はヘタレで泣き虫で、それを取り繕って大人ぶって余裕を醸し出している兄さんが、本当の姿だったの? 俺、知らなかったよ。兄さんは、俺の前では素を出してくれていると思っていたのに、違ったんだね」
「栄斗、さっきからお兄さんにさらっと酷いことを言い過ぎだって自覚、あるか?」
 栄斗の言葉に再びダメージを受けて膝をついた相田さんを見て、このままだと同じことの繰り返しだと思い、ついにフォローを入れる。いくら兄弟だといっても、これは可哀想過ぎる。
「俺は本当のことしか言っていないけれど、それは悪いことなのかな?」
「お兄さんがこれだけ落ち込んでるの見たら、少しは抑えようとは思わないのか?」
「だって、兄さんは不二を傷つけたみたいだから、抑えるなんてことはできなよ。兄さんが相手でも、不二を傷つける人間は許さない。不二を傷つけていいのは俺だけで、不二が傷つけていいのも俺だけでいいんだよ。それ以外の人間に俺たちの心を乱すことなんて許されることじゃない。だから早く温泉に行こう」
「なにが『だから』なのかは、つっこんでいいのか……?」
「尻にかい?」
「言葉に対してだよ!」
 【尻】という単語に、部屋でしていた会話の内容を思い出して顔を赤くする。
「……尻になにをつっこむんですか……?」
「相田さんはそういうとこにだけ反応するのはやめてください!」
「……はい」
 相田さんは素直に頷くと、またぶつぶつと言い始めた。
 この状況はどうしたらいいんだ? へたにフォローをいれようものなら、きっと栄斗がちゃちゃを入れてくることは請け合いだ。それならいっそ、放っておいた方が相田さんのためになるんだろうか。
 深い溜め息を僕が吐いていると、栄斗が僕の手を掴んで立たせた。
 抗うことなく立ち上がった僕は、なんか用かと言う意味を込めて栄斗に視線を送る。
「早く行こう。兄さんは放っておいても自分で復活するだろうからさ。変態パワーは絶大だ」
「……私は変態じゃありません……」
「なにか言ったかな、兄さん?」
「……いいえ。どうせ私は……」
 また落ち込む相田さん。……すいませんお兄さん、僕にはなにも声をかけてあげることができません。
「早く行こう」
 栄斗はもう相田さんに目もくれず、僕の手を引いて歩き出した。僕も栄斗に引かれるまま歩き出す。
「……なんか、すみませんでした」
 部屋を出る時、小さい声で相田さんに向かって言うと、相田さんは力なく手を振って僕に答えた。
 あんな姿の相田さんを部屋に置いていくのは忍びないが、僕にはどうしようもできない。
「……気の毒に」
「兄さんは大丈夫だと思うよ。佐藤さんがいることだし」
「佐藤さん……?」
「不二は知らなくていい人だよ」
「あ、そう」
 男二人で手を繋ぎながら廊下を歩くのは、普通の状態なら恥ずかしくてどうしようもなくなるところだが、今の僕は周りの目を気にしている心の余裕はなかった。