君は何色
逃走劇 2
「さっき僕、栄斗のことを馬鹿と言ってしまって……。いくらお兄さんがいたことに気づかなかったとしても、陰口みたいなことを聞いてしまったのは、いい気分じゃないだろうと思って。それも、自分の弟のことなわけですし……」
「ああ、それですか。別に私は気にしてはいませんよ。栄斗が馬鹿なのは事実ですから。それに、馬鹿だからこそとても可愛いんです」
「そ、そういうもの、ですか……?」
「そういうものです」
僕の言ったことに相田さんは気を悪くした様子はなかったようで安心するが、栄斗が可愛いというところはどうも賛同できない。
兄弟だから、そういう風に見えてしまうのか。これが、ブラコンというやつか?
「話を戻しますが、栄斗があなたになにかをしたのでしょうか?」
「あ、いや、それが……」
なにかをしたのかと聞かれると、具体的な言葉が出てこない。だいいち、どうして僕が逃げたのかさえ、僕自身よくわかっていないのだ。
あの場にいた時は逃げるしかないと思った。そうしなければいけないんだと漠然と思ったから行動に移したが、栄斗が別段僕になにかをしたわけじゃない。
栄斗のおかしな発言を色々と聞いて、それで話がかみ合わなくなって、僕が勝手に勘違いをして、それで今ここにいる。
よくよく考えてみたら、いつもと同じやり取りだったじゃないか。
ただ、ちょっと冗談が過ぎて、意思の疎通がちょっと取れなかっただけ。こうして冷静に考えてみると、なにも問題はなかったんじゃないかと思い始めてきた。
……いや、栄斗のあの行動は、ちょっと問題はあったかもしれない。
あんな、僕のことを好きなのかと勘違いをさせるような発言をした栄斗は、問題があるはずだ。
そうでなければ、僕があんな勘違いをするはずがないじゃないか。栄斗が僕のことを好き。そんなこと、勘違いをしてしまうなんて……。
「……そんなに考え込んでしまうほど、栄斗に酷いことをされたんですか?」
なんと説明をしていいのか考えるために黙り込んでしまった僕に、相田さんの心配そうな声がかかる。
「い、いえ、特に問題は、ない、はずなんです。ただ、僕が勝手に怒って勢いで飛び出してきてしまったと言うか……」
自分でもよくわかっていないのだ。それを、言葉にして説明するのは難しい。それに、相手は栄斗のお兄さん。いくらなんでも、どんな会話をしていたとかという経緯を説明するのははばかられる。
曖昧にしか返せない僕の態度をどう受け取ったのか、相田さんは少し考える仕草をしてから僕の頭に手を置いてきた。
「? お兄さん……?」
「これから少しお時間いただけますか? もしよろしければ、私の事務室でお茶でも飲みながら、お話でもいかがでしょう」
「え。でも……」
「実は私、今日あまり仕事がなくて暇を持て余していたんですよ。深海くんはお部屋には戻りたくない様子ですし、あなたが嫌でなければ少しだけ私の話し相手になってくれませんか?」
いかがでしょうと、相田さんは僕の頭を軽く撫でながら言ってきた。
きっと僕は気を使われているのだろう。頭に置かれた手と、相田さんの言葉にそう思った。
相田さんの提案にはありがたいと思うが、迷惑にはならないだろうか。きっと暇だと言うのはウソだろう。しかし、今僕は部屋に戻りたくないと思っているのは事実だ。かといって、ずっとここに居るわけにもいかない。
栄斗が僕のことを探しに来るかはわからないが、きっとここに居続けたら見つかるのも時間の問題。それに、他の客や従業員の人に怪しまれるかもしれない。
僕がどうしたらいいのかと迷っていると、相田さんは僕の頭から手をどけてその手で僕の手を握ってきた。
「?」
突然手を握られ驚く。その僕の様子を見て相田さんは小さく笑うと、
「暇なのは本当ですよ。さあ、行きましょう?」
「え、あの……」
僕の返事も聞かず、握った手を引いて歩き出した。
多少強引な相田さんに驚きながら、僕は手を引かれるまま喫煙所を後にしたのだった。
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