君は何色

愛情の行先 3

 理不尽なことを言われすぎて、僕の頭にも血が昇った。
 言葉が止まらない。思いつくまま勢いのままに口が滑っていく。
「兄弟だからなんでも頼ってもらえると思ってたのか!? はっ! それはとんだ思い上がりだな! もしかしてあんたは栄斗に信用されてないんじゃないのか!? 栄斗がおかしくなっちまった一因は、あんたにもあるって言ったよな? それなのに、あんたは栄斗に頼ってもらえるとでも思ったのか!? 栄斗のことなにも知らないくせに! 栄斗は変なことばっか言うけど、人のことを傷つけたりはしない! 他の人間と距離を置くのがなんでかは僕は知らないけど、少なくとも栄斗は僕と一緒にいてくれる! あんたなんかより、僕の方が栄斗のことを理解している! 僕の方が栄斗のことが好きだ!!」
「――っ!?」
 僕の言った言葉に衝撃を受けたのか、相田さんが目を見開く。僕も、自分の言ったことが信じられなくて口を閉じる。
 興奮していたからと言って、なんで僕はあんなことを言ってしまったのだろう。……いや、興奮して頭の中に思い浮かんだことを言っただけだから、あれが僕の本心なのか? 僕は、栄斗のことを好きなのか? 僕が栄斗に僕のことが好きなのかと訊いたのは、胸が苦しくなったりしたのは全部、僕が栄斗のことを好きだから……?
 ……どうしよう。自覚してしまったら、顔が熱くなるのを止められない。
 僕の顔はきっと真っ赤になっているはずだ。相田さんが僕の顔を見て表情を変えたのがいい証拠。
「……あなたは今、なんと言いました……? 栄斗の、私の栄斗のことが、好きだと……? なにを、冗談を……」
 相田さんの声に、明らかな怒りが込められている。顎にかかっていた手の力がもっと強くなった。
「い、たい……」
「あなたの方が栄斗を理解しているなんて言ったのは、この口ですか……?」
「ちょ、……っ!」
 完全に目が据わっている相田さんの瞳に、今度こそ本当の恐怖を感じる。
 これは、ヤバイ。
 近づいてくる顔。もとから近かった距離が、すぐに縮まる。
「――!?」
 逃げられない僕の唇は、なぜか相田さんに塞がれてしまった。どうしてこうなったのだ。なぜ、僕は相田さんにキスをされないとならないんだ。
 逃げようともがくのに、相田さんの拘束が強すぎて抜け出すことができない。
 僕が必死で抵抗をしているにもかかわらず、相田さんのキスは乱暴になっていく。唇を割って咥内に侵入してこようとする舌はなんとか口をぎゅっと結んで阻止しているが、それもいつまで持つかわからない。
 男にキスをされているという理不尽すぎる現状に、僕の目に悔し涙が浮かんでくる。
 誰か、助けて……。――助けて、栄斗。
「……そのくらいにしてもらえますか、兄さん?」
「――――っ!?」
「――栄斗っ!?」
 栄斗の名前を心の中で叫んだと同時に聞こえてきた栄斗の声に、ひどく驚く僕と相田さん。
 相田さんはすぐに僕から離れ、奥の扉の方に視線をやる。僕は相田さんを突き飛ばしてから、同じ方向に目を向けた。
「……栄斗……」
 相田さんの部屋の奥にあった扉の前に、栄斗が立っていた。しかも、とても不機嫌そうな顔で。
 こんなにもいいタイミングで栄斗が現れたことに、もちろん驚いた。それよりも僕を驚かせたのは、栄斗の浮かべている表情だった。
 あの無表情な栄斗の顔が、今は一目でなにを考えているのかわかる。感情がそっくりそのまま表に出てきている。
 珍しいと思ってしまう反面、それまで栄斗の怒った顔を見たことがないから、凄く怖い……。
「兄さんは、不二のことが好きなの?」
 扉に寄りかかっていた栄斗は、相田さんを睨みながら僕たちの方に近づいてくる。
「……少しは好意を抱いているけれど、恋愛対象としてのものとは違います」
 栄斗に問いかけられた相田さんは、ソファから立ち上がり、セットされている髪を手で崩しながら答えた。
 相田さんの答えに、栄斗の眉が跳ねる。相田さんの目の前で歩みを止めた栄斗は、至近距離で相田さんを睨み続ける。
「私からもよろしいですか? 栄斗はどうしてそんなに怒っているんですか?」
「友人が無理矢理あんなことをされているのを見て、怒らない奴がいるかな?」
「驚きはするかもしれませんが、怒りはしないのではないでしょうか? 普通なら友人が恋人とキスをしていると勘違いをして、空気を読んで遠慮するところでしょう?」
「あれのどこが恋人同士の雰囲気だっていうの? どう見たって、不二は嫌がっていたみたいだけど?」
 微笑みながら言う相田さんと、眉根を寄せ、思い切り相田さんを睨んでいる栄斗。
 ピンクの部屋の中にはまったく似つかわしくない、一触即発の雰囲気の二人を、僕はソファから立ち上がることもできずに見ていることしかできなかった。
 どうして栄斗がここにいるのかとか、あんなタイミングで現れたのかとか、そこまで怒っている理由は、やっぱり栄斗も僕と同じ気持ちだからなのかとか……。聞きたいことがあるのに、二人の間に口を挟めない。
 栄斗を避けてここにいるのに、栄斗が来てくれたことが素直に嬉しい。僕自身の気持ちを自覚してしまった今、すぐにでも栄斗の隣に立ちたいと思っている僕がいた。
 栄斗を見続けていた僕と、栄斗の視線が一瞬合わさる。そしてまた驚くことに栄斗が微笑んだ。その微笑みは相田さんに少し似ていて、ああ、二人は兄弟なんだなと場違いな感想を抱きながら、栄斗の初めて見た微笑に胸が高鳴った。
 栄斗はすぐに僕から目を逸らすと、相田さんを見ながら、
「兄さんは変態で、俺は不二のことが好き。その二人があんなことをしていたらムカッときてしまう。だから怒ったんだけど、わかってもらえるかな?」
 いつもの無表情に戻りながらそう言った。
「私が変態ですって!?」
「僕のこと好きなのか……」
 栄斗の言葉に僕と相田さんはそれぞれの反応を見せる。栄斗に変態と言われて相田さんは相当ショックだったのか、片手で頭を押さえながら信じられないといった表情をしている。
 一方の僕は栄斗を見ながら、高鳴って熱くなっていく胸の辺りの服を掴んで言葉にならない嬉しさを覚えていた。
 さっき部屋で勢いで問いかけた時には、僕の言っている意味がわからないとでも言いたげに悩んでいた栄斗が、はっきりと僕のことを好きと言ってきた。
 さっきまで栄斗が僕のことを好きなんて冗談じゃないと思っていたけれど、今はそうは思わない。こんなにすぐに気が変わってしまうなんて変だとは思うけれど、人の気持ちなんてころころと変わってしまうものだ。
 嫌いだと思っていたのに、いつの間にか好きになっていたり、好きだと思っていたのに、次の瞬間には嫌いになっていたりする。
 好きと嫌いの感情ほど、人間にとってわかりやすいものはない。世の中、それだけではないともうけれど、感情はその二つが礎になっているのは確かだ。
 ショックを受けている相田さんを無視して、栄斗は僕の方に近寄ってくる。今度は僕は逃げない。
 栄斗を見上げながら、側に来るのを待つ。
「不二、告白をしてもいいかな」
「……告白って、なんの……?」
「俺の、不二に対する気持ちをだよ」
 座っている僕の前まで来た栄斗は、僕の足元に片膝をついて跪いた。そして僕の左手を取って真っ直ぐ目を合わせながら【告白】をし始める。
「……さっきは、不快な思いをさせてごめん。俺は君に対する気持ちに気づくことができなくて、きっと君を傷つけた。本当に悪かったと思ってる」