君は何色
愛情の行先 4
「いや、別にいいんだけど。僕も勝手にキれちゃったわけだし」
「不二が怒ってしまうのもしょうがない。だって、俺は君のことがずっと好きだったのに、それを自覚してなかったんだから。さっ部屋で不二のことを好きなのかと聞かれて、不二がいなくなってからよく考えたんだ。……俺は、君と出逢ったその時から不二のことが好きだったんだって」
握られている手に力がこもった。栄斗の真摯な目に見つめられ、ありえないくらいに胸が高鳴る。
栄斗相手にこんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。とうか、ゲイでもないのに男相手にときめく日が来るなんて誰も想像がつくはずもない。
それなのに、今の僕はどうだろう。これまでに何度か女の子に告白をされたことがあったが、今みたいに胸が高鳴ったことは一度もなかった。
好きな相手から告白をされるというのはこういう気持ちなんだと、初めて知った。
「…………あの、お取り込み中失礼しますが、私の部屋でそういうことをするのはやめてくれませんか?」
すっかり忘れてしまっていたが、ここは相田さんの部屋だった。しかも、相田さんは栄斗に変態だと言われてショックを受けて固まっていただけで、僕たちの会話は全部きこえていたみたいだ。
相田さんの顔は、不機嫌そうに歪んでいた。その顔はこの部屋に現れた栄斗と同じ顔で、笑いそうになってしまったが、今はそういう状況ではないと思い、耐える。
「変態な兄さん、邪魔をしないでくれるかな」
「ですから、私は変態ではないですから!」
「そうか? 兄さんは昔から他の人と違うところがあった。話している言葉と、心の中で思っている気持ちがちぐはぐなところがある。だから、変態なんだ」
「……それのどこが変態なんだ?」
「そうですよ、本音と建前があるのは人として当然でしょう? それのどこが変態だというんですか? それならば世の中の人間大半は変態ということになりますよ!」
僕の呟きに大袈裟に反論をする相田さん。よほど栄斗に変態扱いをされたことに頭にきているのだろう。僕だって、たったそれだけの理由で変態扱いされたら怒ってしまう。
「理由はそれだけじゃない。兄さんが少女趣味で可愛いものには目がなくて、目についたピンクのものはすぐ衝動買いするし、こだわりすぎて歴代の彼女、彼氏たちにすぐに振られるということも。……まあ、それは変態じゃなくて変人という部類に入るんだろうけど。あと、あそこにカモフラージュして置いてあるX十字架は前の彼氏からのプレゼントで、別れても彼のことが忘れられなくてインテリアにして飾っているということ。特殊な嗜好を持っているからそれをプレゼントされたとか。最後に、俺のことが大好きでそれをおかずにしていたり、さっきはあんなことを言っていたけれど、俺と同じで不二に一目惚れをしていたということ。以上」
「………………」
「………………」
栄斗の説明と、その長さに僕と相田さんは言葉を失った。相田さんにいたっては、言葉だけでなく顔色も失っている。その顔から察するに、きっと栄斗の言っていたことは正解だということなのだろう。
……彼女だけでなく、彼氏がいたとか、特殊な嗜好とか、部屋に入った時から気づいていたけれどあえて虫をしていた、X十字架とか……。知らなくていいことを知ってしまって、さっき相田さんに酷いことをされたのは記憶に新しいけれど、同情をしてしまう。
相田さんの恥ずかしい秘密を話したことですっきりしたのか、栄斗は実に清々しい表情をしていた。栄斗の楽しそうな顔をこんな形で見ることになるなんて……。もっと違う形で見たかったと少し悲しくなってしまう……。
栄斗に告白をされて胸が高鳴っていたのに、その気持ちは一気になくなっていく。
告白の後って、もっといい感じになるものじゃないのか。どうして、こんなことになってしまったんだろう。
「……あの、相田、さん……?」
すっかり現実に引き戻された僕は、大きなショックを受けている相田さんに声をかける。しかし、相田さんには僕の声など届いていない様子だった。「違うんだ……」「私は本当はそんな人間じゃない……」と顔を青ざめさせながらぶつぶつと呟いている。
「ああ、あと忘れていたけれど、見た目じゃわからないけれど兄さんは性に対して貪欲で、苛めるのが好きで、縛るのが好きで、好みの人間を自分色に染めるのが大好き。表情がくるくる変わって、自分にちょっと逆らうくらいが好み。そういう人間をねじふ――」
「ストップ、栄斗!!」
以上と言ったはずなのにまだ足りなかったのか、いつもよりも饒舌になっていた栄斗はさらに言葉を続けようとした。僕は聞くに堪えなくなり、栄斗の声を遮る。
「どうして止めるの?」
「どうしてもこうしてもあるか! これ以上自分のお兄さんを追い詰めてどうすんだ! それに、僕は他人の性癖なんて聞きたくもない!」
「悪いことをした人間には、それ相応の罰を与えないといけないだろう?」
「もう十分だ! 相田さんのこと見てみろよ! 可哀想になってこないのかお前は?」
「全然。兄さんが悪いんだから、自業自得じゃないかい」
栄斗の続きの話にさらに落ち込み、床に蹲ってしまった相田さんを栄斗は一瞥すると、ふんと鼻を鳴らして僕に視線を戻した。
赤くなったり青くなってる相田さん。彼は、立ち直ることができるのだろうかと心配してしまうくらいのダメージを受けているように見える。
相田さんには酷いこともされたし、言われた。けれどもうそんなことはどうでもよくなっていた。許すとか許さないの問題じゃなくて、あんなことは些細なことだって思ってしまっていたから。
……まあ、なんていうか、相田さんは栄斗のことが大好きで大好きでしょうがなかったんだ。もう、それでいい。それで納得した方が、平和的に違いない。
栄斗と相田さんを交互に見てから、大きく溜め息を吐きながら自分にそう言い聞かせた。
「どうかした、不二?」
「……別に」
「ところで、君に聞きたいことがあったんだよ」
「はいはいなんですか」
「俺が君のことを好きなのは理解した。そして、不二が俺のことを好きだって言うのも聞いてわかった」
「……ちょっと待て。お前、なんでそのことを?」
僕が栄斗のことを好きだと口走ったのは、相田さんにキスをされる前の話だ。それなのに、なんで栄斗は知っているんだ?
「俺は不二のことを探すのを協力してもらおうと兄さんを訪ねに来たんだ。来てみたら部屋の中から話し声がしたから、お客さんが来ていると思って隣の部屋で待つことにした。そしたら、不二の怒鳴り声が聞こえてきて、かと思ったらいきなり静かになったからこっちの部屋に入ってきた」
「……はあ、どうも説明ありがとう」
もう驚く気力も残っていなかった僕は、納得をしただけでなんのリアクションも取らなかった。
「眠いのかい、不二?」
「なんでこのタイミングで眠くなんなきゃいけないんだよ」
「だって、目が半分しか開いていない。眠いんじゃないんなら、目が痛いのかな?」
「眠くもないし目が痛いわけでもない。ただ疲れただけだ」
「疲れるようなことはしていないはずだけど?」
「精神的に疲れたんだよ」
「そうか。なら、温泉に入りに行こう」
「あー、そうだな。そうすれば疲れなんて取れるだろうな……」
こんな状態で温泉に入ったところで、なにも癒されることはないだろうが、反対意見を言う気にもならない。
「ところで不二、どうして兄さんは床に蹲っているのかな? 腹でも痛いのかな?」
「お前のせいだ」
「……そうです、栄斗のせいです」
ダメージを受けていながらも、ちゃんと僕たちの話は聞いていた相田さんが僕の言葉に同意する。
「あれ、兄さんいたんだ?」
「今貴方は私が蹲っていることを指摘しましたよね!? それなのに、どうして『いたの?』なんてことが言えるんですか!?」
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