記憶の中にあるもの
あたらしい始まり 2
返事が遅いのは、動揺を隠すために必死に冷静さを取り繕ってるせいとか。
「おい、相澤――」
「それで……。それで、お前はなんて返事をしたんだ……」
どうしたんだよと言いかけたオレの言葉を遮り、相澤が訊いてくる。
「オレは…………。知ってるって答えた……」
「――っ」
相澤を真っ直ぐ見つめながらオレが答えると、相澤は息を詰めて顔を歪めた。
さっきとは違い、ようやく相澤の反応を見ることができたことに安堵した。このままずっと無反応だったら、きっとオレは怒鳴っていたかもしれない。
ようやく反応を見せた相澤だったが、しかしそれ以外芳しい反応をすることはない。
なにか考え込んでいるのか。目も伏せ、口を開かない。
こんな反応見せられて、もう疑いようはないだろう。当りなんだろう。相澤保弘は、斉藤保弘なんだろう……。
しかし、まだハッキリとはしてない。胸はもやもやしたままだし、息苦しいのもそのままだ。相澤の口から聞いて、初めてすべてがハッキリとするんだ。
目を伏せたままでいるのなら、伏せられない状況にすればいいんだろうが、そうさせるためにオレはどういった行動をすればいい……。
「……潤次って奴は、なんか意味ありげに訊いてきたんだが、相澤は知ってるのか? その、斉藤って奴のことを」
オレは斉藤のことを知ってるが、真相には辿り着いてないという風にとぼけながら、相澤に訊く。
相澤は目を伏せたまま答える。
「……私は……知っていると言えば、知っている……」
曖昧な答え方。まあ、オレの質問の仕方も悪かった。だからといって、始めから『アンタは斉藤だろ!』なんて訊けるわけもない。そんなこと訊いたら、きっと真相はわからなくなってしまう。それは絶対に駄目だ。そんなことしたら、オレは永遠に安眠できなくなってしまいかねない。
ゆっくり落ち着いて、焦らないように、確実に答えを引き出さないと。
こういうじれったい方法ってのは、恋の駆け引き意外ではあんまりオレは得意じゃないんだが、今回ばかりは考えてしっかりとやりとげなければいけない。
まずは、斉藤とオレの関係についてを言ってみよう。
「……その、斉藤って奴、オレの元彼だったんだ」
「――っ」
相澤の肩が揺れた。これは、いい反応じゃないか?
「なんであの男がそんなことを訊いてきたのかって思ったんだけどよ、なんでも、オレが斉藤のことを覚えてるかどうかを確認したかったみたいなんだよな」
「……そう、か……」
「白状すると、最近になるまでほとんど覚えてなかったんだ。でも最近、アンタとのことがあって以来、よく思い出すようになってたんだ。……で、昨日あの男から話を聞いて、それまで断片的で曖昧だった斉藤のことを、完全に思い出した……」
「……え……。完全……に……?」
オレの言葉を聞いた相澤が、ハッとしたように伏せていた目を上げた。
完全にってのはちょっと言いすぎだが、コイツの反応を引き出すためには、大袈裟に言っておいた方がいいに決まってる。はったりってのはこういう時、結構大事なもんだ。
再び合わさった相澤の目は、揺れていた。これだけの反応を見せておきながら、まだコイツはなにも言わないつもりなんだろうか。……それとも、言えないのか。
言えないのなら、言えるようにしてやればいい。どうしたらうまく言えるのかはわからないが、できるかぎり伝えられるよう言葉を紡ぐ。
「……斉藤……ヤスは、オレが付き合ってきた人間の中で、ちゃんと好きだと思うことができた人間だった。……それなのに、つい最近まで、オレはそいつのことを思い出すことはなかった。まあ、それも当然だろう。アイツに振られて傷つきはしたが、何年も引きずる性質じゃねえし、アイツのことを思い出す要素が今までなかったからな。……それを、あの潤次って男から話を聞いて、アンタに感じてた違和感と、思い出してきてた記憶がピッタリと合わさったんだ」
「私に、違和感……?」
突然相澤に違和感があると言われても、コイツには意味はわからないだろう。
相澤がちゃんとオレの話を聞いて、興味を持ってくれてることを嬉しく思いながら、話を続ける。
「違和感ってのは、服を脱ぎ散らかすことを許さない、きっちと畳む几帳面なところとか、たまに見せる天然っぽい言動とか、掃除とか洗濯にうるさいちょっと潔癖なところがあるとか、そういうところだ。まあ、多少変わったところもあるみたいだけど、オレの記憶の中と一致するところが沢山ある」
話をしながら、記憶の中にあるヤスと相澤の顔を重ねていた。
面影はまったくなくなったと思っていたが、こうしてジッと見てみると、少しは面影は残っている。
当然のことながら、顔の大きさや目の大きさはまったく違う。パッと見ただけじゃ、どこが同じかなんてわからないが、こうしてマジマジと正面から見てみると、パーツ自体は変わることはないんだなと思った。
しかしまあ、痩せただけでここまで別人みたいに変わるとか。人間ってのは本当に不思議な生き物だ。
そんな、この場とはまったく関係ないことも考えながら相澤の顔を見ていると、相澤がふいっと顔を背けた。
どかしたのかと思えば、ほんのりと相澤の耳が赤くなっていることに気づいた。どうやら、オレは相澤のことを見過ぎていたらしい。
しかし、相澤はオレが見てたからって照れるようなたまじゃないだろ。それともなにか? オレの言いたいことがわかったゆえの反応だろうか。
……それなら、ちょっと試してみようか。
「…………なあ、ヤス。照れてんのか?」
「なっ! 私は照れてなど……、――!」
オレの言葉を否定しようと、相澤はコッチを睨む。しかし、それはオレの望んだ反応だった。
この前の時のように焦ってはいなかったんだろう。言葉遣いを変えることはしなかったが、オレは【ヤス】と呼んだのに、相澤は反応を示した。言ってから相澤自身も気づいたのか、言葉を途中で切り、口元を手で覆いながらオレの目を見つめながら困惑の表情を浮かべた。
これはもう、誤魔化がなくなった。これまで完全に別人になっていたのに、簡単に引っかかるとは思わなかった。それほどまでに内心動揺してたのか、それともオレがそこまで確信に至っていたとは思ってなかったのか。
もし後者のこうだとしたら、どこまでオレは鈍いと思われてんだろうか。オレだって、ちゃんとしてるところはちゃんとしてんだぞ。
「やっぱり、アンタはヤス――斉藤保弘――なんだな……」
ここまできたら、もう反応を伺って話を進める必要はないだろう。
相澤から視線を逸らしてしまいそうになるのを堪えながら相澤を見ていると、相澤の顔が次第に青くなっていくのが目に見えてわかった。
逃げられるだろうか。それともこの期に及んで知らん振りをするだろうか。
最後の質問をし終わったオレは、ただジッと相澤の出方を伺うことしかできない。
オレの問いかけを聞いたら、もう誤魔化しようはないだろうに。きっと今相澤の頭の中は、どう言い訳をしようかとか考えてんだろう。
相澤の仕事の仕方を見ている限り、コイツは頭の回転はかなり速い男。それでも、こういった状態での対処方法は咄嗟には思いつかないのか、相澤の表情はまるでフリーズ寸前の機械のようだ。
オレから目を逸らすことはないのは、夢中になっているからなのか、それとも、そんな余裕がないのか。合わさっている視線から、部屋の中に緊張が走る。オレの方が先に目を逸らしてしまいそうになる。
嫌な緊張の走る部屋の中は、昼間で気温が上がってきたはずなのに、妙に冷たい感じがする。
どれくらい時間が経っただろうか。もしかしたら、ほんの数分しか経っていないのかもしれないが、いちいち時計など見ていないので、体感時間でしか時の流れがわからない。妙に時間の流れが遅いと思っていたそんな中、ようやく相澤が口を開いた。
「……私の名前は、【相澤保弘】だ……」
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