記憶の中にあるもの
あたらしい始まり 6
「なにがだ」
「ホントのところ、オレのことどう思ってんだ」
「………………。……わからない」
「嫌いか?」
「……嫌いでは、ない……」
「好き?」
「……わからない。これが、今の私の気持ちなのか、それとも、過去の気持ちを引きずってるだけなのか、私には、判断がつかない」
「……………………」
まあ、確かに頷ける。オレの場合は、【ヤス】と【相澤】は別人だって別けて考えることができるが、相澤の場合、昔も今も【オレ】は【オレ】のまま変わってないんだから。
だが、これはオレがどうこう言える問題じゃない。相澤がどうするのか、どうしたいのか。オレはその答えを待つしかない。もし相澤が答えられないという選択を選んだとしても、オレは素直にそれを受け入れるしかないんだ。
いったい、相澤はどうするのか、固唾を呑んで見守る。
相澤の視線が、オレになにか言ってくれと訴えかけてきているように感じるが、なにも気づいてない振りをする。
さっきよりも重い沈黙が、静かな部屋の中に訪れた。
今度はこの沈黙が破られることはないかもしれない。そんな予感を抱きながら、近い距離で思い悩んでいる相澤を見つめる。
相澤の瞳は揺れているが、オレから逸れることはない。
まるで、視線でオレの考えてることを見透かそうと考えてるような相澤の瞳。オレはその瞳から視線を逸らさないことで相澤に応える。
どのくらい沈黙が続いただろう。さっきよりもずっと長い沈黙。寒くないのに、緊張のせいで背中に汗が滲み始めた時、ようやく相澤が口を開いた。
しかし、小さすぎる相澤の声は、オレの耳には届いてこなかった。相澤がなにを言ったのか聞き返そうとした時、オレの躰に予想外の事態が起きた。
「――っ!?」
両頬と唇に感じる熱。
なにが起きたのかわからず、目を見開くが、視界はぼやけた肌色が映るばかり。
「ん……っん……」
驚いて力の入っていなかった唇の間から、熱い温もりが口の中に進入してくる。
――キス、されてるし。
口の中に入ってきた相澤の舌に、ようやく自分がなにをされてるのか理解したオレは、進入してきた舌を拒むことはせず、むしろ受け入れ自分の舌を絡ませた。すると、オレの頬に添えられてる相澤の手に力が入った。その手は頬からゆっくりを下に移動し、オレの頭とうなじに回される。
オレも相澤の腰とうなじに手を回す。
「ふ……ん……、……っ」
混ざり合う唾液の音と、乱れた二人分の息遣いが、それまで重い沈黙で満たされていた室内に溶けていく。
それまで寒いと感じていた室温が、一気に上昇する。
なんの言葉もなく、キスは深く、深くなっていく。
うなじに添えていた手を上に移動させ、相澤の髪を掻き混ぜると、コロンなのかそれとも相澤の体臭なのか、すごくいい匂いが鼻腔をくすぐった。
それまで受身に近かったキスを、自分からしかけるものに変化させながら、腰に回していた手を動かす。
「んう……っあ……、な、とり……」
オレの手の動きに相澤はピクリと躰を反応させると、唇を離してオレの名前を呼ぶ。
キスのせいか、甘く躰に響く相澤の声に腰の周りに熱が集まっていくのを感じた。
「なんだ、相澤……」
「……【相澤】と、呼ぶのか……」
「アンタは、【相澤保弘】だって、言ってんだろ……」
相澤の顔がちゃんと見えるくらいに顔を離してから言ったオレに、相澤は複雑そうな表情を浮かべた。
相澤の気持ちは今のキスでわかったが、それでもやっぱり納得しきれない部分がコイツにはあるんだろう。
これは今すぐにどうこうできるほど、軽い問題じゃない。迷うなら、気の済むまで迷えばいいんじゃないだろうか。なんとなく、オレは緩やかに相澤の頭を撫でながらそう思った。
「……こんな形で、いいのか……?」
「さあ? 別にいいんじゃないのか?」
「そんな、いい加減な言葉で片づけるのは、どうなんだ」
「だって、オレだし。オレがいい加減だってのは、アンタが一番よくわかってんじゃねえの?」
「……それは、そうだが……」
「言葉とか態度はいい加減なままかもしれないけど、相澤を好きだって気持ちは、いい加減じゃねえから。これだけは、ちゃんとわかってくれ」
「……信用、できるものか……」
「ま、アンタが信用してくれるまで、オレはアンタを好きだって言い続けようじゃないか」
「…………馬鹿か」
「それだって知ってるだろ、ハニー」
笑いながらいつかの日のお返しのように相澤を呼ぶと、あからさまに眉根を寄せて不愉快そうな顔をした。
「なんだよ、ダーリンの方がよかったか?」
「うるさい」
からかうように口の端をつり上げながら再度言えば、相澤は不機嫌な声で返してからオレの口を塞いだ。
何回か唇を啄ばみ、相澤は離れる。
「……名取……」
「なんだ?」
「……その……なんだ……」
ほんのりと頬を赤くさせながら歯切れの悪い言葉を口にする相澤に首を傾げてから、ふと視線を下にやる。
存在を主張しているものに気づき、口の端を上げて笑みを作る。
「アンタいつも強引だったのに、今日は消極的なのかよ」
「あれは! あれは、そうでもしないとできなかったというか……」
尻すぼみになる声に、何度か繰り返されていた抜き合いの記憶が蘇る。
強引だったのは演技だったってのか? それにしては、ノリがよかったていうか、手馴れて躊躇いもなかったていうか……。……アレか。無自覚ってか、潜在意識的な感じで才能はあるってことなのか。
妙な納得の仕方をしながら、ぶつぶつとなにかを言ってる相澤の下肢に手を伸ばした。
「な! 名取!」
「なんだよ。こういう意味なら別にいいだろ」
「わ、私は別にいい」
「こんなにさせといて、ヤりたくないのか?」
「……だって、私は……」
口ごもる相澤に、少し嫌な予感を感じ、我ながら直球かもしれないと思いながらも疑問をぶつける。
「……オレに突っ込みたいのか……?」
「ばっ! そういう下品な言い方やめろ!」
「どうなんだよ」
「……そ、それは……」
「それは……? ってかアンタ、タチしたことあんのか?」
「……あー、その……」
さっきよりも口ごもる相澤。顔がどんどん真っ赤になっていく。
もう今の相澤には会社で過ごしてきたあの相澤の影はまったく無い。
可愛い。この相澤の反応は可愛すぎる。それにしても、オレに色々変態的なことをしてきた男が、こんなに初な反応をするなんてちょっとおかしくないか? どうしたって、アノやり方は手馴れてる感じだったんだが……。
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