記憶の中にあるもの
あやまちの始まり 3
告白をした覚えもない、しつこいかもしれないが、まったくタイプでない人間に仮説とはいえ振られたと自分で言うのはすごくプライドが傷ついた。だが今は、そんなことを言ってはいられない。相澤から、この場から脱するためには、こうする他に方法はないのだから。
これで解決するとは思ってはいないが、もしかしたら、ということもある。
「……告白のことは、不服だがそれで納得してやろう」
「あ、ども……」
案外あっさりと頷いた相澤に呆気に取られた。きっと屁理屈やらあげあし取りをしてくると想ったのだが。実はコイツ、素直な奴? まあいい、これでようやく開放される!
「だがお前、私を犯したことについては、どう言いわけをするつもりなんだ? 私は、お前の決して成就されない恋のために同情で躰を差し出してやったと、そういう風に納得をしなければいけないのか?」
「お、おかし――!?」
「しかし、それでは私はうんとは言わないぞ。私の心に残った傷は、きっと消えることはないだろう……」
相澤の口から発せられた単語に驚き固まっているオレに、相澤は自分の肩を抱き、大袈裟な身振りを交えながらどう見ても演技にしか見えない話し方で訴えてくる。
オレのケツには違和感がなかったのは、オレが相澤に突っ込んだから? っていうか、オレの下半身はすっきりしてないってんだよ! それに、犯したって言い方、まるでオレが無理矢理ヤったみたいじゃねえか!? だいたい、オレの躰中に残っているキスマーク! 無理矢理だってんなら、こんなもんがオレの躰につくわけがないだろう! しかも、コイツはオレよりも体格がいいんだ。嫌だったのなら、本気で抵抗すれば逃げることだってできただろうに! それなのに、オレが犯したとか……!!
「名取、お前、なにを考えてるかすぐわかるって言われないか?」
「ほっとけ!」
「私は酔っていた。もちろん、お前も泥酔していた。酒の勢いと説明をつけてしまえば、まあ私がヤられても多少はしょうがないと思おう」
「なら! 酔った勢いってことで、無しにしようぜ!」
「全部無しはない。お前には覚えておいてもらわないと」
「なんでだよ! 無しにした方が、お互いのためになるだろ!?」
「……それは、どうかな……」
ふと影をおびる表情。なんだろう、さっきから相澤の言動に違和感を感じて仕方がない。
それとなんだ、この変なもやもやした感じ……?
「変な顔をしてどうかしたのか?」
「いや、その……」
古い記憶の中でなにかが一致しそうな感じ。しかし、どうもなにか足りないものがある。それがなんなのか、本題を忘れて知りたいと思ってしまう。だが、どうしてだろう。知ってはいけない気もする。
相澤の顔に差した影はすぐに引っ込み、さっきまでの調子で失礼な言葉を投げてきた相澤にツッコムこともせず、オレは相澤の顔をじっと見つめた。
オレの反応が鈍いことに、相澤は小さく溜め息を吐いてから勢いをつけて立ち上がった。立ち上がった時に、肩にかけていただけのバスローブはベッドに落ち、相澤は再び全裸になった。
不意打ちのため、ちょっとドキッとしてしまった。しかも、立ったことにより眼前に位置する相澤のイチモツ。
……コイツ、デカいな……。躰の大きさも関係しているんだろうか。しかし、規格外なんじゃないのか? これ、口に入んのか……?
「……欲しいのか?」
「へ……?」
「お前、タチなんだろう? もしかして、本当はネコ願望でもあったりするのか? それなら、叶えてやらなくもないが」
「……………………。…………なななな――!?」
注意が股間に向いていたせいで、相澤の言葉を理解することが遅れた。
「どうする? 今日は休みだし、付き合ってやってもいいぞ?」
「い、いらんわ!!」
ニヤニヤと近づいてくる相澤に、慌てて椅子から立ち上がり後ずさる。
オレの反応に相澤はクツクツと笑うと、警戒するオレの横を通り過ぎていく。てっきりまたからかってくるのかと思ったが、意表をつかれて身構えた体勢のまま後ろに行った相澤の方を向く。
「私はシャワーを浴びるが、お前はどうする?」
「……アンタが浴びてる間に帰る!」
「あそう」
バスルームの扉に手をかけ、鼻で笑いながら中に消えていく。
パタンと閉まったバスルームを一瞥してから、脱力してイスに座る。
せっかくの休日だというのに、朝からどっと疲れた。こういう話は物語の中だけだと思っていたのに、まさか現実に自分の身に降りかかるなんて……。
本当にオレはアイツの言った通りのことをしたのか? オレは、ついに節操無しになっちまったってことなのか? 相澤の言っていたこと、自分がしたのだろうということが真実がどうなのかまったくわからなかった。
バスルームから聞こえてくるシャワーの音を耳にしながら頭を抱える。
混乱しきった頭を整理するには、多大なる時間が必要だ。……考えたところで、思い出す可能性はゼロに等しいだろうが、考えてみて損はないはずだ。きっとオレはなにもしていない。してないに決まっている。
とりあえず、考えるにしても場所を変えないとゆっくり考えることもできない。このままこの場所で考え事をしていたら、シャワーを浴びていた相澤と鉢合わせてしまう。
「どうせアイツのことだ。『おや、まだいたのか。もしかして私ともっと一緒にいたかったのか?』なんてことを言うに違いない」
嫌味な相澤を思い浮かべ、思い切り顔を顰める。まだシャワーの音が絶えていないことを確認しながら、素早く立ち上がると昨日着ていたはずのスーツを探す。
探していたスーツは、ソファーのところですぐに見つかった。
スーツの上着とズボンは無造作ではなく、シワにならないように真っ直ぐ背もたれにかけられていて、ワイシャツ、ティーシャツは綺麗に畳んで置いてあった。靴下も下着もベルトもネクタイも、綺麗に置いてある。その横にはもちろん相澤のものも。
「……これ、相澤、だよな……?」
オレがこんなにも几帳面に畳むわけもない。酔っているオレだったら、スーツのシワなんて気にもせず、床に適当に脱ぎ捨てるはずなんだから。
相澤も酔っていたって話なのに、こんなに綺麗に畳むなんて、よっぽど几帳面な性格をしてんだな、アイツは。
「……昔にも、こういうことをしてくれた奴がいたよな……」
デジャブを感じながら、バスローブを脱ぎ捨ててスーツに着替え始めた。
ネクタイはどうしようかと考え、緩く結ぶと、横に置いてあった鞄を持ち、部屋を出ようとする。
抜き足差し足でバスルームを通り過ぎ、出入り口に手をかけようとした時、バスルームの扉が開いた。
畳まれていた衣服に意識を取られ時間をくったせいで、相澤が出てきてしまった。気づかれないように慌ててドアノブを回そうとするが、
「おや、まだいたのか?」
相澤に声をかけられ、ビクリと動きを止めた。しかし振り返らずに「今から帰るんだよ!」とドアに向かって怒鳴るように言うと、勢いをつけてドアを開け放ち外へと飛び出した。
「まったくあの人は、なんていうか、あのままなんだろうな……」
部屋の中に一人残された相澤の呟き。そんなことを相澤が言っているとは知る由もないオレは、早足で歩きながらホテル代ってどうなったんだ? なんて、考えるべきことはそこなのかとツッコミたくなるようなことを考えていた。
一話 あやまちの始まり END
20130817
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