記憶の中にあるもの
ふかまる始まり
ラブホでの一件以来、呑んで話すだけの時間に、時折抜き合いが追加されてしまった。
抜き合いといっても、ほとんどオレをイかせるだけが多いのだが。
最初は不本意すぎて抵抗をしてみせたが、情けないことに快感に打ち勝つことができず、諦めてしまった……。
オレが快楽に従順な性格をしているのは理解していたが、相澤相手にもそれが適用されてしまうとは思わなかった。
ノンケだが同じ男。快感のツボを押さえている、巧みなほどの手腕に、これはこれで……なんて感じてしまったのだった。
……しかし、いくらなんでも簡単に受け入れすぎだろうか。――いや、順応性が高いのはいいことだ。何事も臨機応変に対応をしていかないと、人生乗り越えていくことはできない。うん、そうだ。そういう風に捉えておかないと、オレの心が持たない。
その中で一番納得がいかないのは、相澤の余裕過ぎる態度。いくらなんでも、男の扱いに慣れすぎているように感じるのは、オレの気のせいではないだろう。
最初の一回以外、顔色一つ変えずに行為に及ぶ相澤。鈍感と言われたオレでも、なにかがおかしいと疑い始めていた。
「アイツもホントは同類じゃないかと思うんだ」
「あ? あの、お堅いって噂の男前くんがか?」
中学からの親友であり、オレの勤めている会社の警備についている澤口風汰(さわぐちふうた)に、オレは相澤に抱いた疑問を口にしてみた。
風汰には今日までにオレの身に起きたことを全て話していた。――いや、話していたというか、オレが隠しごとをしていることに気づいた風汰に、半ば無理矢理吐かされたというのが正解だ。
長年付き合いのある友達には、ウソはすぐにバレてしまうもんなんだなと思った。決して、オレがわかりやすいわけじゃない。
強制的に吐かされる結果になったわけだが、今はそれでよかったと思っている。こうして風汰に愚痴ることができるんだから、最初から隠さずに話しておけばよかった。
今の状況に陥っているのはオレの失態によることが多いわけだが、風汰には情けない姿を嫌というほど見られているから、今さら恥じることはない。
「男前くんがゲイとか、ありえないだろ」
「だって、なんつーか男扱い方に慣れすぎてんだよ。技が巧みってか、いくらツボがわかるっても、ノンケの奴があんな風にできるなんて、オレには到底思えない」
オレのアパートで二人、缶ビールを空けながら、どうして疑問を抱いたのかを説明する。
「あん? そんなに巧いのか?」
「んー……、まあ、オレが今まで逢った中では結構上にくる」
「ふーん。でもアイツ、会社出る時よく女と一緒にいるところ見るけどなー。つーか、男前くんが巧いんじゃなくて、お前がご無沙汰すぎてそう感じてるだけなんじゃねえの?」
「確かに、オレの最近の相棒はもっぱら右手だったけど、だからって、なんか引っかかってるっていうか、なにかが違う気がしてならないってか……」
「……右手が恋人……。寂しかったんだな、お前さん……」
珍しくオレが真剣に悩んでいるというのに、風汰はオレの言葉の一部分だけに敏感に反応して、哀れみたっぷりの視線を寄こしてきた。ついでに新しいビールを開けてオレに寄こしてくる。
風汰の行動に、オレの頬が引きつった。
特定の恋人も、一夜だけの相手もいない状態なので強く反論もできないが、コイツにだけは哀れんでもらいたくない。
「そういうテメエだって、右手が恋人だろうが!」
「俺はいいんだ。もともと性欲がさほどあるわけじゃねえし、恋人なんてもんは面倒でしょうがねえ。俺には仕事と趣味があれば、あとはいらん」
「……アンタのその考えの方が寂しいし、哀れだ……」
胸を張って宣言する風汰に、風汰に寄こされたビールを押し返しながら呟く。
戻されたビールを、風汰は「けっ」と言いながら喉を鳴らして一気に飲み干す。
そもそも、風汰に人とについての話を持ちかけたのが間違いだった。風汰は、人間があまり好きではないらしい。一度心を許せば受け入れはするが、深く他人の中に入っていこうともしないし、自分の方に踏み込ませることもしない。
そういう性格のせいか、風汰にはこれまで恋人ができたこともなければ、人を好きになったこともないらしい。なら童貞なのか? と訊いたことがあったが、うまくはぐらかされ未だに答えを知らない。
オレは風汰と中学の時からつるんでたので特に疑問を感じたことはないが、オレに対する風汰の態度は他の人間からするとかなり違うものらしい。
【俺にはなにも話してくれないのに、あんたにだけは風汰は心を許してるみたいだ】
いつだったか、風汰を口説き落とそうとして失敗した奴に、そんなことを言われたことがある。
正直に言って、オレだって完全に風汰に心を許してもらっているかどうかはわからない。確かに風汰は他人に対して相当口が悪いとは思うが、思い当たるのはそれくらいのこと。それに、オレ以外に風汰の態度が変わる人間が二人いることを知ってるので、別にオレだけが特別なわけではないのは知ってる。
風汰が理解して欲しくないと言ってるんだから、それはそれでいいんじゃないだろうか。誰だって、知られたくない心の奥の闇ってのはあるわけなんだから、無理に理解しようとしなくてもいいのにと思う。それに、オレがわからなくても、その二人が風汰の力になってくれるだろうし。
「――いてっ!?」
「おいお前、俺様のことジッと見やがって、気色悪いぞ」
額に感じた痛みと、悪態を吐く風汰に、足元に落ちている落花生。オレは落ちている落花生を拾うと、風汰に投げ返した。
しかしオレの投げた落花生は、虚しくも風汰に簡単に避けられて、後ろの壁に当たって床に落ちる。
「よけんなよ」
「よけるだろ」
「おあいこって言葉、知ってるか?」
「喧嘩両成敗って言葉、知ってるか?」
「誰が成敗すんだよ」
「俺様?」
「…………。ふざけんなよ! つーか、いつ喧嘩した!」
「ツッコミが遅い。減点」
「なにを!」
「お前の魅力がだ!」
ビシッと、あたりめを手に持ちながら差してきた風汰に、こめかみがひくつく。
「……まあ、こんなくだらない話はどうでもいい。今は、男前くんについて話をしなきゃなんねえ時だろ?」
「……そうだったな。テメエの相棒が右手だろうが、テメエがガキみたいな思考しか持ち合わせてないのは、オレには関係ない話だった」
「そうそう。俺は誰も好きにならない。そして、いつまでも清い少年の心のままで生きていく。以上」
そう言ってからビールを呑み干した風汰は、なにかを閃いたのかニヤリと笑った。
風汰がこの顔をした時は、大抵ろくなことが起きない。嫌なことを考えついたんだな。絶対そうだ。風汰は楽しくても、オレに多大なる被害が降りかかる、嫌なことを思いついたに違いない。
風汰の口から出てくる言葉を聞きたくなくて両耳を塞ぐが、声が完全に遮断されるわけもなく、楽しそうな風汰の声が聞こえてくる。
「お前、今度の週末、男前くんをゲイバーに連れて行け」
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