記憶の中にあるもの

へんかの始まり 5

 オレの反応がお気に召したのか、何度も裏筋を刺激してくる。舌全体で舐め、顔を横にして唇で挟むようにして上下に何度も往復させる。
「っ……くっ……。……ふっ、っ…………」
 裏筋を啄ばまれたまま右手の指の腹で丹念に先端を撫でられ、左手で睾丸を揉まれてしまうと、声が我慢できなくなってくる。
 コイツ、ノンケのくせになんでこんなに巧いんだ。誰かにやってもらったことがあったとしても、自分でするのでは勝手が違うだろうに。
 器用なのか。そうなのか。コイツは器用だから、一度でもやってもらったことがあれば、自分で実践することなんてわけはないってやつなんだな。わかった、それなら納得をしてやらなくもない。それなら、コイツは今までどんな女たちと付き合ってきたんだ。
「……名取、まだ余計なことを考えられるくらい、余裕があるんだな?」
「あ? ――っぁ!? ん……うぁ、っふ……、ぁ……!」
 少しでもこの異常事態を自分のいいように納得しようとしてたのに、不機嫌そうに言った相澤によって思考が完全に下半身に持っていかれた。
 相澤はもっとオレに刺激を与えるために、太ももに手を添え、陰茎を根元まで口に含み、頭を上下させ始めた。
 強く吸いつきながら、舌で、唇で、上顎で、喉奥で容赦なく攻めたてられ、快感以外になにも考えられなくなる。耐え切れなったオレは、つい声を出してしまった。
「あぁ……、ばかっ……。くっ、っ、ぁ……。うぉ、ぅ、ん……、……っ」
 相澤の急激な攻め具合に、すぐに限界が近くなる。内腿が痙攣し始めてきた。射精感がこみ上げてきて、これ以上我慢できなくなる。
 出したい。すぐに全て吐き出してしまいたい。だが、オレの陰茎は相澤の口の中。このまま出したら、オレの精子はコイツの口の中に……。
「……も、やめろ……っ、で、るっ……」
「出せばいい。全部、出してしまえ……」
 なんとか引き剥がそうと相澤の頭を掴んだが、相澤は喋るために一瞬口を離しただけで、再び、限界が近いと告げている陰茎を口の中に含んでしまった。
 きつく吸われ、奥まで呑み込まれた陰茎の先端が喉の奥に当たる。
 口の中に出すことだけはなんとしても阻止したかったが、もはやそんな余裕はない。というか、無理。
「う、ぉ……! ぁ……、ぁっ、んく――!!」
「――っ」
 最後の刺激とばかりにいっそう強く吸われた時、オレは相澤の口の中に射精した。
 腹筋に自然と力が入りながら、二度、三度と腰を震わせて、口を離そうとしない相澤の口の中に吐き出し続ける。
「……、はぁ……はぁ……。っ、は……」
 吐精した後特有の脱力感を感じながら、荒い息を吐いて天井を見上げる。
 溜まっていたモノを吐き出したおかげで、躰はスッキリした。しかし、それとは対称的に心は屈辱を受けたことに対して重くなった。
「……濃いな。やはり溜まっていたのか。気持ちよかったか、名取?」
 陰茎からようやく口を離して訊いてきた相澤に、オレは答えることはせずに天井を睨み続ける。
 気持ちよかったかだと? それはもう、認めたくはないが気持ちよかったさ。悪いか。
 フェラをしてもらったのが久しぶりってのもあるが、妙にオレのツボばかりを狙ったような動きが快感に繋がったのは事実。
 フェラされて、こんな快感を味わったのは初めてだ。しかもそれが、ノンケ男の技術って……。
 ……いや待て。一人いたな。確かあれは……。
「それにしても、不味い」
 オレが感傷的な気持ちになっていた時、相澤の声でそれは遮断された。
 相澤の言葉に眉を潜め、次の瞬間相澤がなにに対して言った言葉なのかわかり、ハッとした。
「なっ! まさか、アンタ!?」
 呑んだのか!? とは訊けず、目を見開きながら相澤を見る。
 相澤は初めての精液の味に顔を顰めながら、口元を手の甲で拭っていた。しかし、その様子からはハッキリどうなったのかはわからない。まだ口の中に残っているのかもしれない。それなら、早く吐き出させなければ。
 いったいどっちなんだと、言葉にならない声を出していると、相澤の喉が動いたのが目に映った。
「ま、マジかよ……?」
 こいつ、呑みやがった……。初めて男のモノを舐めたあげくに呑むとか、どんだけチャレンジャーなんだコイツは!?
 オレが相澤の珍妙な行動に目を白黒させてることに気づいてないのか、汚れた手をバスローブに拭ってから、オレの両手を拘束していた戒めを解いた。
 自由になった手を擦りながら、目の前で起きたことがまだ信じられなくて、相澤を凝視する。
「……口、ゆすいでくるから、お前はもう寝ていろ」
「え、おい、相澤……」
 呼び止めるオレの声を完全に無視して、相澤はバスルームの方へと消えて行った。
「…………。……なんなんだよ、アイツ……」
 自ら進んで乗り気でやった行為だってのに、気分が悪くなったってか? 嫌な気分になるのなんて、初めからわかってそうなことじゃないか。自業自得だろ。
「……寝ろって言われてもなあ……」
 溜め息混じりに呟きながら、ヘッドボードの備えつけのティッシュに手を伸ばして股間を拭く。
 通常の状態に戻った愚息を情けない気分で下着の中にしまいこみ、しばらく考えた末、寝るには窮屈だと思いスラックスを脱いで床に放った。
 床に投げる前に、一瞬相澤に小言を言われるだろうかと思ったが、そんなの知ったことかと鼻を鳴らして布団の中に潜り込んだ。
 アイツは戻ってきたら同じ布団に寝るんだろうな。真ん中に寝転んでからふとそう思い、もぞもぞと端っこに移動して硬く目を瞑った。
 正直、頭が冴えて眠れる気がまったくしないが、それ以外にすることなどないので、なんとか眠るように意識を睡眠に持っていく。
 どうして相澤があんなことをしたのか。その時、アイツはなにを考えていたのか。寝ようとすればするほど、考えが頭の中を巡ってしかたがない。柔らかくも硬くもない枕に顔を押しつけ、頭の中を空っぽにする。
「……そういやアイツ、目、合わせようとしなかったな……」
 最後に呟き、オレはゆっくりと眠りの世界に落ちていった。
 眠れないと思っていたのに、あっさりと眠りについた自分は、やっぱり繊細な心なんて持っちゃいないんだと、少し悲しくなった。





【三話 へんかの始まり END】