記憶の中にあるもの

ふかまる始まり 2



 なにがどうしてこうなった。というか、なんでオレは風汰の提案通りに行動を起こしているんだか。
 オレが被害に合うのは予想できた。嫌な予感しかしなかった。こんなことをしたところで、なにも解決はしないだろうってことも理解していた。
 それでも風汰の言った通りに行動しているのは、オレも多少なりとも興味があったからだろう。
 ゲイバーに行って、相澤がどんな反応をするのか、どんな風に適応するのか、オレの疑問がそこでわかるものなのか。
 嫌だ嫌だと思いつつも、人間というのは好奇心に勝つことができないものだ。
『お前、今度の週末、男前くんをゲイバーに連れて行け。本当にノーマルな野郎だったら、そういう場に行ったら萎縮したりだとか、好奇心やら嫌悪感やらなにかしら反応を見せんだろうし。お前の予想が当たってるってんなら、店の雰囲気にも、そこに来てる奴らにも自然と馴染んじまうだろうし。とにかく、一度連れて行ってみろ。そうすりゃ、疑問は解消されんだろ。……そうじゃなかった場合? そんなん俺様が知るか。そん時は、お前の知恵が試される時だ。まあ、適当に頑張れ。応援はしねえ』
 まったくもって、風汰も無責任なことを軽く言ってくれる。そしてオレも、ちょっとは楽しそうかもとか感じるとか。
 まあ、頭の隅で風汰と同じことを考えてなかったわけじゃない。気になるのなら、確かめればいい。なにも、直接本人に訊かなくとも、確かめる方法なんていくらでもある。……しかし、それを実行に移す勇気がなかった。
 なんていうか、知っちゃいけないことがある気がしたんだ。。……本当に、【気がする】って程度なんだが。
 相澤のときおりする表情と、行動に対する違和感。それらのいったいどこに、どんな【気がする】ことを感じているのか。
 そんなことを考えながら、今、オレは相澤と共にバー、On-ikUに来ていた。
 オレがここに来たいと言った時、てっきり『お前に決定権があるとでも思っているのか?』とか言ってバッサリ断られると思っていたのに、意外にも相澤はひとつ返事で頷いた。
 相澤自身も興味があったのか、それともオレが必死そうにでも見えたからなのかわからないが、オレたちは連れだってOn-ikUまで来たのだった。
 こういった店の並んでいる道に足を踏み入れた時、相澤が一瞬足を止め、片眉を跳ね上げたのが見えた。その反応から、やっぱりコイツはこういったところに来るのは初めてなんだなーと感じた。
 普段、仕事でトラブルがあっても表情一つ変えずにこなす相澤の表情が変わったことに驚きもしたが、新鮮な相澤の反応に嬉しくもあった。
 なにが嬉しいって、それはちょっとした優越感というものだろうか。きっと、会社にいる人間は誰も相澤のこういう顔は見たことがないだろうという、そういう気持ち。
 しかし、さすがというかなんというか。足を踏み入れ、少し緊張した面持ちだった相澤だが、すぐに順応して見せて、なんでもない様子で歩き始めた。
 オレとしたら、もっと慌てる素振りの一つでも拝みたかったが、それは叶わぬ願望だった。そもそも、コイツが慌てることなんてあるんだろうか。
 いつも澄ましていて、なんでも余裕にこなし、私にできないことなどないのですみたいな顔ばかりしている相澤が、取り乱して慌てる様……。
 ……まったく想像がつかないというか、想像してしまうことを頭が拒否した。
 道を歩きながら余裕な態度に戻った相澤は、いざ店の中に入った時も、さほど驚いた様子を見せることはなかった。
 店の前についた時、足を止めて目を細めてはいたが、特に変わった様子もなし。ここまでリアクションが薄いと、ますます疑いは深くなる。
 やっぱコイツ、ノンケじゃないだろ。
「彼、モテモテですね」
「マスター、それは惨めなオレに対する、慰めの言葉? それとも、皮肉?」
「そうですね。後者です」
 店内に入り、オレと相澤は別行動を取った。いや、取らざるを得なくなった。
 始めはカウンターで二人で呑んでいたのですが、相澤さんがおモテになりまして、ナンパをされまして、連れて行かれたのでありました。ちなみにオレは、相澤を連れてきてくれてありがとうの言葉だけを頂きました。……悲しい。オレだって、相澤には負けないだろうが。身長は完全に負けてるけど……。
 やっぱアイツはノンケじゃねえだろ。
 一人寂しく呑んでいたところに、マスターがやってきてさっきの台詞。きっとオレが情けない姿になっているのを見かねて来てくれたんだろうが、オレを浮上させてくれるつもりで来てくれたわけではないらしい。
 オレをからかって遊ぶのは、マスターの趣味だとオレは思ってる。
 マスターはS。優しい笑顔でサラリと相手の胸を突き刺す言葉を放つ。しかも、オレが見る限りそれをしているのは、オレにだけ。客として最悪な態度を取った奴は別だが。
 ……もしかしてオレ、密かにマスターに嫌われてる?
「マスター! オレを捨てないで!!」
「いきなりどうかしたんですか? 安心してください。捨てても、また拾ってあげますから」
 縋ったオレに、仏の笑顔を浮かべて言ったマスター。
 言葉の裏はなんだろう。読めない。どう受け取ったらいいか、わからない。そのままか? ってことは、オレ、マジで捨てられる?
「そんな顔しないでください。なにを思って、名取さんがそんなことをおっしゃったのかはわかりませんが、俺がお客様である名取さんを、無下に扱うはずがないじゃないですか」
「じゃあ、オレが客じゃなかったら?」
「それは、名取さんの行動如何にかかっています。名取さんが俺にとって必要ならば、いつでも拾って差し上げますが、俺に害をなす存在であるのならば、誰も通らない山の奥にお連れいたします」
 この人、笑顔でものすごく残酷なことを言わなかったか?
 他人のことは、すぐ切り捨てるタイプ? というか、山の奥に捨てられるってかなり怖いぞ。
「仮定の話をしても、しかたがありませんね。おかわり、いかがですか?」
「……………………」
「毒なんて入れません。安心してください」
「…………………………………。毒、置いてあるんですか?」
「お酒も、取り扱い方を間違ってしまえば、時に毒となってしまいますね」
 肩を竦めながら冗談にならないことを言うマスター。とても安心できない言葉を残し、残り少なくなっていたオレのグラスを持って移動した。
 マスターの新しい、恐ろしい一面を垣間見て、背中に冷や汗をかいたオレは、マスターに敵う人間なんているんだろうかと思いながら、相澤の方に視線をやった。
 相澤さんはさっきから変わらずおモテでございます。
「ん……?」
 相変わらず、ノンケがもの珍しいという奴、アイツのことを狙ってる奴、そしてオレの好みのぽっちゃりくんに囲まれている相澤。しかし、さっきと違う点が一つあった。
「おや、あの子、今度は名取さんのお連れの方がターゲットですか」
「ターゲットって言い方はどうかと思うけど」
「では、標的ですか」
「同じじゃん」
 新しいグラスにウイスキーを入れて持ってきてくれたマスターが、同じ方向を見ながら言う。
 さっきとは違う点。相澤のすぐ隣で、相澤に腕を回している、ふくよかでそして大柄な男が一人。
 身長はきっと相澤と同じくらいだろうが、ふくよかで少し筋肉のある体型が、その男を相澤よりもデカく見せていた。
 相澤のことを疑ってはいたが、アイツの隣にはいつも女がいるというイメージしかなかったから、新鮮で異様な光景。
 あのデカい男は、この店の中でちょっとした有名人。男漁りというか、セックスパートナーをいつも探している。無理矢理ではなく、ちゃんと口説き落としているので問題はまったくないが、いつもあの男が相手にしているのは小さくて可愛い子だったんだが、まさか相澤みたいなタイプもいける奴だったのか……。
 あの男はバリタチ。相澤が次の相手として選ばれたなら、アイツのケツの危機。