記憶の中にあるもの

きもちの始まり 3

 洗濯のことを考えながら、洗濯物はどれくらい溜まっているのかと考え、気が重くなる。
 家事全般、オレは嫌いだった。苦手ではなく、嫌い。
 料理はできないわけじゃないし、掃除も洗濯も、生きていく上で必要な最低限な技術は身についているし、自慢じゃないが、なんでもやってのけられる自信はある。だが、できるからといって、進んでやりたいとは思わない。理由は簡単。面倒だから。というか、自分のためになにかをする必要は、特にないだろうと思っている。
 一人なんだから、わざわざ料理をしなくても、出来合いの物を買ってきて、適当に済ませればいいし、仕事のない日は一日くらい食べなくてもどうってことはない。
 掃除は適当に。片づけてもどうせ散らかるんだから、そんなにする必要はないし、埃が見つかったら捨てる程度。ゴミは一応ちゃんと捨ててるから、問題はない。
 洗濯が一番面倒くさい。面倒だが、洗わないと大変なことになるから、一応洗いはする。洗って、干して、そのまま。着る時はハンガーにかかってる乾いている物から着る。服を畳んで引き出しに仕舞うとか、そんな手間のかかることはしない。
 ……服を畳むという言葉で、不覚にも相澤のことを思い出してしまった。正確には、几帳面に畳まれたあの時の衣服のことをだが。
 アイツなら絶対、自炊もしてて、掃除も隅々まできちんとして、洗濯物も綺麗に畳んで仕舞ったりするんだろうな。仕舞うところとかも、全部分類されて決まってたりして。……ありえそー。
 そんなことを考えて、笑ってしまった自分が悲しくなる。なんでよりによってオレは、アイツのことなんて考えてんだ。オレの馬鹿。
 嫌なことを考えたせいで一気に洗濯をする気力がなくなったが、洗濯はしなければ着る物が無くなる。面倒面倒と言っているオレだが、さすがに同じ服を何回も着るということはしたくないので、煙草を消してようやく洗濯を開始することにした。
 籠の中に入っていたり、そこら辺に散らばっていた洗濯物を拾う。毎日スーツばかりを着ているので大した量はないが、ちょっとした量にはなった。色物を分けて洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを押す。本当は全部一緒くたにして洗いたいが、こればかりは面倒とは言ってられない。白い物に色が移るのはいただけないからな。
 一回目の洗濯を開始し、洗濯機が止まるまで暇になったオレは、インスタントコーヒーを淹れてから携帯を手に取り、メールチェックを始める。
 迷惑メールが何通かと、ダイレクトメール。風汰からのアホな内容のメールに適当な返事を返し、次を見てみれば、相澤からのメール。
 ……相澤からのメール……?
「マジでか!?」
 相澤の名前を二度見してから、声に出して驚く。
 もう返信は来ないとばかり思っていたのに、まさかのまさか、返事が来ているなんて。
 我が目を疑いながら本文を開けば、その内容にオレはもっと驚くことになった。
【日曜の十四時、駅前に来い】そんな簡潔な内容。
 受信は真夜中。オレがもうぐっすりと眠っている時間だった。そんな時間までメールに気づいてなかったのか、それとも、受信には気づいていたが返事をする暇が無かったのか。どっちでもいいが、返事が来たことにちょっと嬉しくなっていた。
 しかし、駅ってどこのことを指してんだよ。それがわからないと、行きようがないっつの。これは、またメールをして確認しないといけないんだろうか。
「うーん……」
 まあ、一回返事があったんだから、次も来ると信じよう。もしなかったら、行かなければいい。適当な内容のメールを寄こしてきたアイツが悪いんだ。
 そんな風に考えながら、【駅ってどこのことだよ】と返信する。
 すぐに返事は来ないだろうと携帯をジャージのポケットに入れ、朝食兼昼食でも食おうと思い冷蔵庫に向かう。一通り中身を確認してから、すぐに閉じた。
 冷蔵庫の中には、缶ビールと酎ハイ、オレは入れた覚えがないが赤ワインに小さいパックのキムチにコンビニ売っている大袋のピーナッツ。赤ワインとキムチは納得できるが、なんでピーナッツが入ってんだよ……。
 ……入れたのはきっと風汰なんだろうが、人の家の冷蔵庫になんで勝手に入れた。今度アイツが来たら、ピーナッツの袋の中身を全部口の中に詰め込んでやる。
 ってなわけで、冷蔵庫の中には、飯になる物はなにも入っていなかった。キムチがかろうじて飯になりそうだが、米なんて炊いてないから、それだけではなんとも味気ない。
 食べなくてもいいとして、買い物は行ってこないといけないか。ここまで冷蔵庫になにも入ってないのは久しぶりだ。しかも、棚にはカップ麺の一つも入ってなかったのはいただけない。
「……コンビニより、スーパーの方がいいか……」
 洗濯が終わったら、今日の夕飯と一緒に明後日くらいまでの食い物纏めて買ってくるとして、ああ、そういえばトイレットペーパーも無くなりそうだったか……。
「うおっ!」
 人間、ぼうっとしていると、聞き慣れてる音でも敏感に反応してしまう。しかも、その音が同時に鳴ればなおさら。
 なんつーか、タイミングがよすぎる。携帯の着信音と、洗濯終了の音が一緒に鳴るなんてそんな奇跡的なこと、そうそう無いことだろう。
 そんな奇跡体験に驚きながら、携帯をポケットから取り出し、洗濯機の方に歩いて行く。買い物のことは後で考えることにして、さっさと洗濯をしてしまおう。
 しかし、それすらも後回しにしなければいけない事態になった。
「……は? コイツ、マジで勝手すぎるだろ!?」
 携帯を弄りながら、洗濯機の蓋を開けて固まる。
 携帯から鳴った音はメールの受信音で、受信の相手は相澤から。そしてその内容は【今暇だろう。これからそっちに行く】というもの。
 ……いやいやいや。いくらなんでもそれはないだろ。今からって今日? 指定してきたのは明日じゃなかったか? 相澤の言ってた駅ってのは、オレの部屋のことだったのか? 確かに、今は十四時だが。……これもタイミングよすぎるだろ。どれだけ偶然が重なる日なんだ今日は。
 この内容に返事は返すべきなのか。しかし、【行く】ってことは、決定されたことなのか。
 ここまで自分勝手なのは、人としてどうんなんだ。オレの意見は尊重されないのか。確かに洗濯が終われば暇だが、オレは嫌だぞ。相澤を部屋に入れるなんて、全力で否定したいのに、思考が停止していて動かない。
 ……そうだ! 電話って手があったじゃないか! なんですぐに思いつかなかったんだ、オレ!
 自分が完全に混乱しているということになど気づかないまま、早く干さなければシワになる洗濯物を放置したまま、相澤の番号に電話をかける。
「……………………」
 五コール。十コール……。二十コール…………。
 メールは今来たばがりだっていうのに、出ない。電話が鳴ってることに気づいてないのか、アイツは……?
 三十コール………………。さすがに、これ以上待つのは嫌だと思い、切る。というか、なんで留守電に繋がらないんだ。留守録の設定してないのか? 大事な内容の電話だった時、どうするつもりなんだろう。そういうことは、考えないのか?
 もう一度かけてみようかと思ったが、さっきと同じことになったら心が折れそうになるので、やめておくことにした。
 こうなったら、なるようになればいい。
 相澤が本当に来るのなら、来た時に考えよう。だいいち、アイツはオレのアパートなんて知らないはずだ。だったら、来ないっていう可能性の方が高いだろ。
 そうだ。アイツは来ない。そうと決まれば、と気持ちを切り替え、携帯を再びポケットに仕舞い、洗濯の続きに取り掛かることにした。
 この時には、もう頭の中から飯のことなど消えてなくなっていた。もともと、そんなに腹は減っていなかったから、そんなものなんだろう。
 適当に第一陣の洗濯物を中から取り出し、第二陣に取り掛かる。スイッチを押してから、第一陣を干すためにベランダに移動する。