記憶の中にあるもの
れんあいの始まり 4
相澤の真実がわかってから、何回かやり取りした言葉を言おうとした時、相澤がオレの言葉を遮った。これまで言葉が遮られることはなかったのに、初めてのことで驚いた。
なにかを耐えるかのように両手の拳を握り締めてシンクに手をついた相澤。その態度がどういう意味を示しているのかわからず困惑する。
しばらく沈黙が続き、ふと相澤がオレと視線を合わせてきた。合わさった目は真剣なものだった。この相澤は可愛いなんてものじゃなくて、格好いい。……はっ。格好いいだって? オレはなにを考えてんだ。確かに相澤はイケメンだけど、格好いいなんて今まで思ったことなかったじゃないか。ちょっとおかしくなったのかオレは?
自分が感じた感覚に戸惑い、慌てて相澤から視線を逸らした。
「な、なに言ってんだ、アンタ? アンタはオレのこと別に好きじゃないって言ってたじゃねえか?」
「好きじゃないとは言ってない。ただ、わからないって言っただけだ。……だって、私は本当はお前と別れた日からお前のことがずっと好きだった。忘れていた感情……。押し込めていた感情……。胸の奥にずっと仕舞っていた、重く、大きく、私の中を閉めている感情…………。でも、それらは過去の感情なんだ。私の中にあったものはすべて、昔の私がお前を好きだったっていう感情なんだ……」
真剣な、掠れた声。相澤はきっと話しながらもジッとオレのことを見ているに違いない。ちゃんと相澤のことを見て話を聞くべきなんだろうが、胸騒ぎがして見ることができない。
知りたい。知りたくない。耳を塞ぎたい。耳を塞ぎたくない。
こんな風に話をされたら――期待を……してしまう。
話を続ける相澤の声を一言も聞き漏らさないように、息を詰めながら耳を傾ける。
「お前とまた話をするようになって、またお前に惹かれていく私がいたのに気づいていた……。でも、私の中に芽生えてきた気持ちが、過去を引きずっているから故のものなのか、それとも新しく生まれたものなのか、判断がつかなかった……。だから、私はわからないと言っていた。……でも」
相澤の手が動いたのが視界の端に映った。その動いた手が、オレの肩に触れる。その手の温かさを感じて、オレは観念して相澤を見た。
「――っ」
視線を上げ、息を呑む。
上気しほんのりと赤くなった目元に、潤んだ瞳。真剣すぎるほど真剣な相澤の表情に、色気を感じ、今度は目を離すことができなくなってしまった。
真剣に話してる相澤に対して失礼かもしれないが、ものすごく今キスがしたい。でもちゃんと話を聞かないと、もう二度とこういう機会は巡ってこないかもしれない。
生唾を呑み、衝動を堪えながら相澤の次の言葉を待つ。
「……私は、私は……。名取、お前のことを――【相澤】として、好きだ――」
言うと同時にオレの肩に置いてある相澤の手に力がこもった。
自分の耳を疑った。相澤は確かにオレのことを【好き】と言ってくれた。あの日からずっと聞きたかった言葉。すごく嬉しい。相澤の言葉を頭の中で反芻し、口の筋肉が緩んでしまう。というか、声を出して笑ってしまった。
「な、なんで笑うんだ!」
「だって嬉しいんだから、しょうがねえだろ。両想いってのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。すげー嬉しい。キスしたい」
「きっ――! お、お前は唐突なんだよ!」
「唐突なんかじゃない。いつも思ってることだ」
上擦った声を上げた相澤は、それまで色っぽかった表情を引っ込めて真っ赤になってオレの肩から手を離して、その手で自分の口元を覆った。
さっきまでの色気たっぷりの表情もそそられるが、今の真っ赤になってうろたえてる表情も、オレの中の欲望を湧き上がらせるのに充分だった。
互いの気持ちが通じ合ったということは我慢をする必要がないということ。それがわかったら、もう抑えることはない。
口元を覆っている相澤の手を掴んで離し、その手を引き寄せる。
「なと――」
抗議の声でも上げようとする相澤の口を、声を発するよりも先に塞いだ。
柔らかい唇。しかし固く閉じた唇。それを解すように緩く啄ばむ。角度を変えながら何度か繰り返していくうちに、相澤から固さが取れていく。舌を伸ばし唇をつつけば、ぎこちなく口が開いた。
舌を進入させ歯列を割る。舌と舌が触れあい、体温が一気に上昇していく。
まるで生まれて初めてキスするみたいに、緊張して興奮する――。
「相澤……なあ、今すぐしたいって言ったら、駄目か……?」
シンクにもたれかかり、目線が同じ位置にきている相澤に問いかけると、相澤は濡れた唇を舐めながら戸惑った様子を見せる。
さすがに、いきなりすぎたか。
気持ちがわかったからって、そう簡単にコイツが切り替えをできるとは限らないし、もう少し待った方がいいのかもしれない。コイツに対してのオレの気持ちはきっと消えることはないから、ゆっくり時間をかけて順番に進んでいった方がいいだろう。そんなことを思い、
「ま、互いの気持ちもわかったし、焦ることはねえよな」
下半身に溜まった熱をどうしようかと考えながら、いい年してがっつきそうになった自分に苦笑しながら相澤から離れようとした。
しかし――。
「……どこに、行く」
「相澤……?」
離れようとしたオレのシャツの裾を掴み、相澤が止めた。
「……お前は、したいん、じゃないのか……」
「いやまあ、したいけど……いいのか?」
遠慮がちに問いかければ、赤くなっている相澤は小さく頷いた。
「……私だって、好きな奴と、その、したいと思ってるに……決まってる」
さっきまで格好良く決めていたのに、今度の言葉は恥ずかしいのかさっきとは違う掠れた声で相澤は言った。
……これが、本当の相澤の反応なんだな。あの時、変な条件でオレに行為をしかけてきた相澤は、遊びなれている感じで強気で傲慢だった。本当にあれは演技だったんだと実感した。あの時の相澤を目の当たりにしているだけあって、このギャップは凄くクる。心臓を鷲づかみにされた感覚だ。
相澤にここまで言われたら、オレももう遠慮はしない。
シャツの裾を掴んでる相澤の腕を掴み、引き寄せ腰を抱き、ベッドに向かって歩き出した。相澤は大人しくついて来る。
キッチンからベッドまで距離なんてほとんどないのに、とてつもなく長い道のりのような感じがした。
相澤をベッドの上に座らせ、オレもベッドに乗り上げる。
安物のシングルベッドのスプリングが、大人の男二人分の重さを受け止めてギシリと音を立てる。
足を伸ばして座る相澤のその足を挟むように膝立ちになり、相澤を見下ろす。
戸惑いの色を滲ませた赤い顔の相澤がオレを見上げてくる。その表情を見てるだけで、ドキドキが止まらない。
セックスなんて当然初めてじゃないのに、手が震える。そういえば初めてのセックスでも、ここまで緊張なんてしなかったなと思った。
緊張するのは当たり前かもしれない。だって、【好きな人間】とするセックスは、今回が初めてになるんだから……。
「……なあ、相澤。一個確認したいんだけど、オレがリードする方でいいのか?」
「……どういう意味だ?」
「あー……だから、オレがタチでいいのか? アンタ、オレに挿れたかったりする?」
「――っ! お前は、雰囲気を察するとか、そういうことはできないのか!」
雰囲気をぶち壊してるオレの質問に相澤は怒りを露わにして怒鳴った。
「そこまで怒ることでもねえだろ」
「怒るに決まってる! そんなこと、私に答えられるわけないじゃないか!」
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