記憶の中にあるもの

れんあいの始まり 6

 触った時は当たり前だが柔らかくはなかった。程よい弾力がホントに新鮮な感触。初めてでちょっと面白くて、それでいて――興奮する。
 一気にシャツを脱がせ、ジッと眺めた。
 人差し指で首元からへそまで押しつけながら移動させる。
「……名取、なにをしてる」
「なぞってる」
「遊んでるんじゃないのか」
「ちょっと? だってさオレ、こういう躰を触るの初めてだから」
「……太ってるのが好きだからな」
 相澤はそう言うと、身を捩ってオレから離れようとした。
「おい相澤、アンタこそなにしてる」
「……こんな躰、お前は好きじゃないだろ」
 不貞腐れてるような相澤の声。
 不安……なんだろうか。自分がオレの好みじゃないって知ってるから、オレが本当に相澤を相手にするのかって思うんだろう。
 そんな気持ちにさせてしまうのは、オレが至らないから。ちゃんと相澤のことが好きで、だからセックスをしたいということを、きちんと伝えられていないからなんだろうか。
 言葉で伝えるのは苦手なんだが、そんなことは言ってられない。
「……オレの好みはアンタも知ってる通り、ぽっちゃりしてる男だ」
「……そうだな」
「でも、オレは今はアンタが好きだ。確かにアンタはオレの好みじゃない。格好良くて、細くていい躰で、誰からも好かれるタイプは、どっちかっていうと嫌いだ」
「……そんなこと、言われなくてもわかってる」
「最後までちゃんと聞け。それでも、オレはアンタのことが好きなんだ。タイプじゃなくても、好きになっちまったんだ。アンタだから、相澤だから、好みじゃないっていうのにこの裸見てドキドキするし、柄にもなく緊張してる。本当にアンタのことが好きだ。信じてくれ、大好きだ――保弘――」
 初めてまともに呼んだ相澤の名前。自分で言ったのに、名前を呼んだだけで心臓がよりいっそううるさくなった。
 これまで名前を呼ぶという行為を意識したことなんてなかったのに、なんだか凄く恥ずかしいことをしているように感じてしまった。そして、名前を呼ばれた方も呼んだ方よりも恥ずかしかったらしく、相澤がこれまでにないほど赤くなっていた。
「保弘、保弘、保弘――」
「な、んども呼ぶな……」
「なんで。名前呼ばないと、オレがちゃんとアンタのことを見てるって、わかんないだろ? オレは保弘だけを見てる。だから、オレに安心して身を任せろ……」
 緊張のせいか掠れた声で告げると、相澤は目を泳がせてから小さく頷いた。それを見たオレは、手を大胆に動かし始めた。
 自分も上を脱ぎ去り、相澤の首筋からヘソに手を滑らせ、キスを落としていく。わざと跡を残すために強く吸いつきながら肌に触れれば、全身がピクリと震えた。
 相澤のどんな小さな反応も見逃さないように愛撫を施しながら、乳首に口づける。
「んっ……」
 吸いつき、軽く噛む。舌で転がしながら口に含んでいない方の突起を指先で弄る。
「く……っ……」
 相澤の快感を引き出すように突起を愛撫していくと、甘く鼻にかかった声が口から出てくるようになってきた。
「……保弘、気持ちいいか?」
「そういうことは……訊くな……」
「ちゃんと感じてくれてるか、知りてえじゃねえか。言葉に出来ないなら、もっと感じてる声、出して……」
 オレも相当興奮してるんだろう。まだ少ししか相澤に触れていないのに、息が荒くなってきて、下肢も熱くなってきた。
 このまま相澤を弄り続けるだけで、もしかして自身に触らなくてもいけるかもしれない。そんなことを思ってしまい、苦笑を漏らした。
「……なにを、笑ってる、お前……」
「別に、オレも相当溜まってるんだなって思って」
「どういうことだ?」
 快感に頬を染めながら訊いてくる相澤に、オレは相澤の手を自分の股間に導いた。
「なっ!」
「わかったか?」
 驚き目を見開いた相澤に笑った。
「……なあ、保弘」
「な、なんだ?」
「ホントはさ、もっとアンタのこといっぱい触って弄って、わけわかんなくなるくらいしてやりたいところなんだけど、ちょっと余裕がないみたいだ」
「それは……」
 なんとなくオレの言いたいことはわかったんだろう。それでもちゃんとした答えを知りたいのか、オレの股間から手をどけながら訊いてくる。
 そんな相澤に、オレは口の端をつり上げ、
「……今すぐアンタのことを、感じたい。すぐ、抱きたい――」
 そう言ったオレに、相澤は戸惑いながらも小さく笑った。
 その笑みを了承と受け取ったオレは、相澤のズボンのベルトを緩め、躊躇うことなく下着ごと一気にズボンを脱がせた。
 オレも衣服を全て取り去り、二人分のズボンを放り投げたオレに相澤はなにか言いたそうにしたが、それに気づかない振りをして行為を続ける。
 相澤の髪を撫で、キスをする。
「ん……ふっ……」
「ん……」
 キスをしながら、ヘッドボードの引き出しを開け、中からローションとコンドームを取り出した。
「……随分と、用意がいいな……」
「こういうのは、あっても困るもんじゃねえだろ? っていうか、男の必需品じゃねえか?」
「そんなわけあるか。お前がそういうことしか頭にないから、持ってるだけだろ」
「そうか? オレの知ってる奴はたいがい家にあるぞ?」
「私の知り合いには、そんな変態はいない」
 その言い方だと、暗にオレも変態だって相澤は言いたいんだろうか。だがオレは決して変態ではなく、ただエロいことが好きなだけだと言い訳をしたいところだが、今その話を始めたらまだいい雰囲気が台無しになってしまうので、言葉を引っ込めて変わりに手を動かすことにした。
 少しだけどうしようかと考え、ゴムを二つ箱から取り出し、ローションの蓋を開けながら引き出しを閉める。
 蓋を開けたローションの中身を手の平に出し、温め、相澤の尻に手を持っていく。
 そこを触られることはわかっていただろうが、さすがに心の準備がまだ整っていなかったのか、奥まった所に触れた途端、相澤の躰が固くなったのが見なくてもわかった。
「……緊張するな。絶対痛くなんてしないから」
「……別に、そんな気を使わなくても、好きなようにすればいい」
「ああ、好きなようにするさ。オレはアンタには気持ちいい思いだけして欲しいから、ここも、ここも……、時間をかけてゆっくりほぐしてやる」
 オレはそう言いながら、ローションで濡らした方の手を尻に、もう片方の手を雄の方に持っていく。
 まだ硬さをあまりもっていない雄をゆるゆると上下に扱きながら、人差し指で窄まりのシワを撫でるように触れる。すると、相澤の口からは小さく声が漏れ始めてきた。