記憶の中にあるもの

しんじつの始まり 2

「なに言ってんだ? オレが誰になにを言われたと思ってんだよ? まさか、上司に小言でも言われてへこんでるとでも思ってんのか?」
「お前が上司になにかを言われたところで、そう簡単にへこむたまか。私が言いたいのは、プライベートでなにかを言われたのではないのかということだ。……もしかして、あのバーで一緒にいた若い男になにか言われたのではないな?」
「……勉くんはオレに酷いことを言うような子じゃない」
「なぜそうだと言い切れる。お前は、あの男がそんなことを言わないと断言できるほどに、あの男のことを理解していると、そう言いたいのか?」
「そりゃ、出逢ってそんなに時間は経ってないけどよ、勉くんがいい子だってのはオレにもわかる」
「……なぜ、付き合いの短い人間のことがわかるというんだ。お前は……」
「………………」
 答えたオレに顔に暗い影を落とした相澤に、腹の辺りがざわめいた。あの潤次という男から教えられたことが、オレに重くのしかかってくる。
 あの男はちゃんと答えはしなかったが、ヤスと相澤は同じなんだとオレの中で結論づいていた。だから、何度となく思い出されるあの台詞を言ったのはコイツなわけで……。
 オレが他人の気持ちを考えることも、他人をちゃんと知ろうとしたことがなかったことをコイツは知っている。だから、オレがハッキリと勉くんのことを答えたのが、きっとコイツにはショックだったんじゃないだろうか。
 ……いくらなんでも、それは考えすぎか。
 性格もあの頃の面影なんてないくらい変わってる。だから、ショックを受けることはないのかもしれないし、本当はオレの予想は外れに外れていて、別人だって可能性もある。
 何度も何度も考えているもやもやが、全身に行き渡る。寝不足の頭はちゃんと機能してくれない。
 真実を確かめたいが、知った後にオレと相澤がどうなってしまうのか、それを考えると本当のことを知るのが恐ろしくて。
 しかし、いつまでもこのままなんてのは、よくないのも理解してる。こんな複雑で重苦しい気持ちのまま、相澤とどう接していけばいいのか、オレにはもうわからない。
 昨日、潤次という男があそこまで話したのは、きっともう決着を着けろと言いたかったからなのかもしれない。
 ……というか、あの男はいったいどこからどこまで知ってるんだ? あいつは本当に、相澤のただの幼馴染なのか……? それにしてはいくらなんでも詳しすぎるんじゃないのか。本当は、幼馴染以上の関係なんじゃないのか……?
「……っ」
 目を伏せた時、さっき感じた眩暈とは比にならないものがオレを襲った。
 躰がぐらつき、膝から力が抜けた。
「晋介!」
「おわっ!?」
 自然と体重が後ろに傾いていくと思ったら、すぐに物理的な力で前に引っ張られた。躰から力が抜けていたオレは抗うこともできず、引っ張られるまま相澤の胸に頬をぶつけた。
 床や壁にぶつけるよりは痛くはなかったが、それでも勢いがついていたせいで、結構な衝撃が眩暈の残る頭に響いた。
 息を詰まらせ、眩暈のせいなのか耳鳴りのしている躰ではすぐに相澤に抗議の声を出すことができなかったが、相澤の顔を見て、さっきまでオレの中に生まれた憤りは一瞬にしてなくなった。
「大丈夫か晋介!? 倒れるなんて、やはり具合が悪かったんじゃないか! どうしてお前は、無理をするんだ!?」
「……アンタ、そういう顔もすんだな……」
「は? 顔!? 私の顔がどうした!? お前の顔の方が最悪じゃないか!」
「だから……もうちょっと、ソフトな表現の仕方はないのかって……」
 酷い言われように、笑う声が掠れる。頭がだんだんと重く、耳鳴りが酷くなっていく。丁度いい人肌の温度のせいか、それとも本当に具合が悪いせいなのか、頭の次に瞼が重くなっていった。
「晋介……? 晋介!?」
「……ヤス……」
 言葉になっているかどうかわからない声で呟いてから、オレの意識は闇の中に落ちていった。





【七話 しんじつの始まり END】