雅臣と輝紀

甘い甘いお菓子をください

※大学生※


「てーるき♪」
 雅臣が上機嫌な声を出して、課題をしていた輝紀の隣に座った。輝紀はペンを動かしていた手を止め、雅臣を横目に見る。
「なんだ? いつにも増してアホな声出して?」
「……サラリと酷いこと言ってるの、気づいてる?」
「そりゃ少しは?」
 雅臣の言葉を肯定した輝紀に、雅臣は傷ついたような表情をして輝紀を見る。その雅臣の様子を気にしていないのか、輝紀は広げていた課題を片づけながら、「何かいいことでもあったのか?」と雅臣に訊く。
「いいことって、輝紀、今日は何月何日か知ってる?」
「えー……。十月三十一日」
「あったり!」
 雅臣に問われ答えた輝紀に、雅臣は輝紀の頬を人差し指で押しながら元気な声を出す。
「三十一日だからなんだって?」
 頬を押している雅臣の手首を掴んで離し、答えが解っているような声で雅臣に問う。
「何って、今日はハロウィンでしょ!? まさか忘れたなんて言わないよね!?」
 輝紀の問いに、雅臣は大げさなほどな反応を示す。予想していた答えを雅臣の口から訊いた輝紀は、雅臣の反応を軽く流す。
「まあ、忘れてはいないぞ?」
「じゃあ何で知らない振りなんてするのさ!」
 酷い酷い! と言ってくる雅臣をうるさいと思いながら、輝紀は唐突に口を開く。
「トリックオアトリート」
「へ?」
 いきなり発した輝紀の言葉に、雅臣は輝紀に対する非難の声を止め、呆けた顔で輝紀を見る。雅臣の顔を見た輝紀は笑いそうになったがなんとか堪え、もう一度同じ言葉を口にする。
「トリックオアトリート」
「え? ちょ? 待ってよ!」
 二回目の言葉を口にした輝紀に、言葉の意味をようやく理解した雅臣が声を上げる。
「何で輝紀が先に言っちゃうんだよ!?」
「悪いか?」
「悪っ…くはないのか?」
 何食わぬ声で輝紀に言われ、雅臣は声のトーンを落として頭に疑問符を浮かべる。
「悩むのは後でいいだろう? お菓子、くれるのか? くれないのか?」
「ぅえ!? お、お菓子!?」
「その様子だと、持っていないんだろう? なら悪戯だな?」
「だ、だってさ、俺が先に輝紀に輝紀が言ってきた言葉を言うつもりだったから……」
 予想外の輝紀の言葉に、雅臣は多少狼狽えている声で言う。しかしいくら言い訳をしたところで、雅臣がお菓子を持っていないことには変わりがない。雅臣は輝紀の言葉通りに悪戯をされることになる。
「さて、どんな悪戯にしようか?」
 輝紀は考える仕草をしながら雅臣を見る。
「何かさ、ちょっとキャラ違わないか?」
「気のせいだろ」
 雅臣の言葉をサラリと流す輝紀。
「そうだなー、何にしよう」
「輝紀、あんまおかしいのは止めてよ?」
「お前よりはおかしな発言はしないから安心しろ」
 ズバッと輝紀に言われ、雅臣は黙る。
「悪戯というか、意地悪に近くなるのかな?」
 雅臣の顔を見ながら、輝紀は独り言を呟く。雅臣は何かを言いたそうだったが、何を言ったところで輝紀は反応を示してくれないだろうと思い、口を噤んでいた。
 じっと輝紀を見つめ、まるで犬が待てをされている状態の雅臣に輝紀は悪戯の内容を言う。
「女の格好して、俺にお菓子作ってくれないか?」
「……え?」
 輝紀の言葉が理解できなかったのか、それとも突拍子もない言葉すぎたのか、雅臣は訊き返すような声を出した。
「だから、お菓子作ってって」
「い、いやさ、お菓子作んのは別にいーんだけど、その、女の格好って……?」
「そのまんまだろ」
「おかしいのやめてって言ったじゃん!?」
「女装くらい平気だろ、お前なら」
「女装って言わないでよ! 何か生々しい! しかも『お前なら』って何!?輝紀ん中で俺ってどう映ってるわけ!?」
「細かいことはいいから、早く材料買ってこいよ?」
「え? 家にあるやつで作るんじゃないの?」
「俺、生クリームたっぷりのケーキが食いたい」
 驚く雅臣に、輝紀は上目遣い気味に雅臣を見ながら言う。雅臣が輝紀の上目遣いに弱いことを知っていながら、わざとやる輝紀。わざとやっていると分かっていながらも、雅臣は輝紀の目に見つめられ、「分かった」と頷いてしまうのだった。
 雅臣の返事を聞いた輝紀はにっこりと笑顔を浮かべると、雅臣の財布を持ってきて雅臣に手渡す。
「やっぱ自腹なわけね」
「当たり前だろう。お前俺より金持ってんじゃん」
 キッパリ言い放つ輝紀に多少涙目になりながら財布を受け取り、雅臣は立ち上がる。
「行ってきます……」
「行ってらっしゃい」
 肩を落として出かけようとする雅臣に、輝紀は立ち上がると軽く頬に唇を押し当てた。
「え? えぇぇ!?」
 吃驚した雅臣は目を見開き頬を押さえて輝紀を見る。少し頬の赤い輝紀は、「早く言ってこい」と雅臣を玄関へ追いやった。
 半ば追い出されるような形で外に出た雅臣は、笑顔を顔に刻みながら軽い足取りで近くのスーパーへと材料を買いに行ったのだった。
 その後、材料を買ってきた雅臣は、どこにあったのか輝紀が用意していたスカートとフリルのエプロンをつけてケーキを作った。
 スカートは誰のものかは不明なままだったが、フリルのエプロンは以前に雅臣が輝紀へと買ってきていたものだった。



【END】