雅臣と輝紀

eternal triangle?



 とある日の出来事。そいつは突如やって来た。




「な、何やってんだ輝紀!? と、誰!?」
 雅臣がいつものように合い鍵で輝紀の部屋の扉を開けて上がると、輝紀が雅臣の知らない誰かと抱き合っていた。
 いや、正確に言えば、知らない誰かが輝紀を背中から抱きしめていたのだった。
「ああ、雅臣」
 輝紀は何事もないかのように、いつもの調子で雅臣の名前を呼ぶ。
 その普段と何ら変わらない輝紀の様子を見て、雅臣はどんな反応をしていいのか分からず、ただその場に呆然と立っているだけだった。
「……おい輝、こいつ誰だ?」
 輝紀に抱きついている知らない誰かが、勝手に鍵を開けて入ってきた雅臣に対し、警戒心と不信感たっぷりな視線を送りながら輝紀に訊ねる。
 …誰だはこっちの台詞だっつの! つーか、『輝』って何!? 何で抱きついてんの!?
 すっかり混乱状態の雅臣は心の中でシャウトしながら、知らない誰かの視線を反射的に睨み返していた。
「あいつは雅臣」
「何で勝手に入ってきてんだ?」
「それは、この部屋の合い鍵を持っているから」
「何でだよ?」
「何でって……」
 知らない誰かに問われ、輝紀はちらりと雅臣の方を見る。自分の口から言うのが嫌だったのか、恥ずかしくて口にできなかったのか、輝紀は目で雅臣に助けを求めた。
 その輝紀の視線を受け少しだけ嬉しくなった雅臣は、輝紀の目の前まで行き、輝紀の腕を引っ張り知らない誰かから輝紀を引き剥がした。
「あ」
 輝紀を取られ、知らない誰かは小さく声を上げた。そんなことはお構いなしに、雅臣は口を開く。
「俺は輝紀の恋人なんで、合い鍵持っていて当たり前なんだよ」
「…………。輝、何でこのガキは合い鍵持ってんだ?」
 …俺がつい今し方説明したじゃないか! 無視か!? 俺の声は聞こえないってか!?
 知らない誰かは雅臣の発言を聞いてからしばらく黙り、まるで雅臣の言っていることは何も聞こえていなかったかのように、再び輝紀に同じ質問をした。
「だから、今俺が説明しただろ?」
 雅臣は顔をひきつらせながら、怒りを抑えるような声で知らない誰かに言う。
「輝?」
 また雅臣を無視する知らない誰か。そして、さり気なく知らない誰かは輝紀の手を取る。
 …こいつ、わざとだよな? そうだよな? どーしても輝紀の口から聞きたいってか? というか、何俺の輝紀の手を握ってんだ!?
 雅臣は懸命に怒りを抑えながら、拳を握る。
「ま、雅臣」
 拳を握りしめた雅臣を見て、輝紀は心配そうに雅臣の顔を覗き込む。
「輝紀、早く説明してあげなよ、このオッサンに」
 雅臣は無理矢理笑みを作ると、刺々しい口調で輝紀に言う。
「オッサン……?」
 今まで雅臣の発言を無視していた知らない誰かは、雅臣の発した『オッサン』と言う言葉は無視しきれなかったのか、即座に反応して片眉をつり上げた。
「おいガキ。誰がオッサンだぁ?」
「誰って、あんた以外に誰がいるってのさ?」
「俺ぁまだ二十三だ」
「おやおや、それは失礼しました、オニイサン?」
「分かりゃいーんだよ、ガキ」
「オニイサン、その『ガキ』っての、やめてもらえませんかね?」
「それは悪かったね、マサオミクン」
 不自然な笑みを浮かべる二人に挟まれ、輝紀はどうしていいのか分からずただ二人を交互に見ていた。
「で? 輝? マサオミクンの言ったことは本当なのか?」
 …やっば聞こえてたんじゃないかよ、こいつ。感じ悪い野郎だ。
 雅臣は知らない誰かにジト目を向けながら、内心悪態をつく。
「え? ああ、本当だよ。こいつは、その、俺の、恋……人だよ」
 口に出して言うのが恥ずかしかった輝紀は、尻すぼみな声になりながら知らない誰かに返す。
 恥ずかしがりながら言う輝紀を可愛いと思った雅臣は、知らない誰かがいるにも関わらず、思い切り輝紀を抱きしめた。
「輝紀の口からその言葉が聞けるなんて、俺凄く嬉しいよ!」
「う、うるさいな! あんまくっつくなっつの!」
「またまた、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「別に恥ずかしがっているわけじゃない!」
 嬉しそうな雅臣の声を聞き、顔を少し赤くしながらもがく輝紀。そんな二人を、知らない誰かは何とも言えない表情で見ていた。
「ち、ちょっと雅臣!」
「何?」
「和希が見てるから離せって!」
「かずき?」
 聞いたことのない名前を輝紀の口から聞き、訝しげな表情をして名前を繰り返す。
「この人のことっ」
 輝紀は雅臣の腕から抜け出し、知らない誰かを指しながら照れ隠しのために少し荒々しい声で言う。
 …ああ、こいつのこと。
 たいして興味の雅臣は、チラリとだけ和希と呼ばれた人物を見る。
「よろしくな、マサオミクン」
「こちらこそ、カズキサン」
 見事な作り笑いを浮かべながら、二人は挨拶を交わす。
 そんな二人を見ながら、輝紀は盛大なため息を漏らすのであった。



【第1話  END】