雅臣と輝紀

忘れるはずがないだろう

※大学生※


雅:輝紀さー、今日は何曜日か分かってる?

輝:土曜日だろう? 何だよ、それがどうかしたのか?

雅:どうかしたのかって。……もしかして輝紀、また何にも覚えていないの?

輝:またってお前な、俺が忘れっぽいみたいな言い方止めろよな。

雅:だって、実際にこの中の輝紀ってそうだし。

輝:この中って、これ以外に俺がいるみたいな言い方するな。気持ち悪い。

雅:もちろん、もう一人の輝紀はいつも俺の中にい――。

輝:で、何の話だよ?

雅:……そうもあっさりスルーしなくていいじゃん。

輝:で、何の、話?

雅:……もういいよ。話し戻るよ。輝紀、最初の質問について、本当に覚えていないわけ?

輝:何を言われてんのかまったく分かんねーよ。ちゃんと説明しやがれ。(雅臣の頭をぐりぐりと押しながらじれったい雅臣に怒りを含んだ声で言う)

雅:い、痛いよ! ちゃんと話すから、止めて、って!(輝紀の腕を掴み、自分の頭から手を離すと、ぐいっとそのまま引き寄せて抱きしめる)

輝:お、お前、何すんだよ!(急に引き寄せられ、あからさまに動揺しながら雅臣を睨む)

雅:暖かく優しい抱擁だよ。

輝:何わけの分からないこと言ってんだよ。

雅:愛しい気持ちを表す愛の抱擁。

輝:だから、意味が分からないっての。

雅:俺という存在は忘れて欲しくないという抱擁。

輝:あのよ、いい加減にしないとキレるぞ?

雅:じゃあ訊くけど、先週の土曜日何か約束したのって覚えていない?

輝:あ? …………?(雅臣に問われ、雅臣の腕の中でじっと固まり、うーんと唸りながら考える)

雅:………………。(輝紀が考えているのを輝紀の肩に顎を乗せながら答えが出るのを辛抱強く待っている)

輝:………………あー。…………あー? ……ああー!(何か思い当たる節があったのか、しばらくの沈黙の後に大きな声を出して勢いづき、抱きしめられたまま雅臣の背中をバシンと叩く)

雅:いたいいたい!

輝:ああ、わるい、つい。

雅:息が止まってしまうかと思ったよ僕……。

輝:だから、悪いって言ったじゃないか。それに、そんなに強く叩いたつもりはなかったんだがな。

雅:輝紀は普通の力が強いんだよー。

輝:俺を怪力みたいな言い方はやめろ。

雅:だって、あながち間違いじゃないでしょ?

輝:なんだって?

雅:な、何でもないです。怖いです……。(ポツリ)

輝:で、今日なんだが。

雅:そうそう、今日ね! 輝紀が思い出してくれて僕は嬉しいよ!!

輝:そのことなんだがな、雅臣。

雅:うんうん。(嬉しそうに首を振りながら輝紀の発言を待つ)

輝:今さっき思い出した俺の記憶が正しければ、だ。

雅:うんうん。

輝:あの約束は、お前が勝手に一方的に決めたことじゃなかったか?

雅:うんうん……。って、え?

輝:俺の記憶では、断ったはずだったんだが?

雅:……え? そうだったっけ?(輝紀の言い分に、あからさまに目を泳がせながら額から一筋の汗を伝わせる)

輝:お前、あの時の約束ってやつ、言ってみ?

雅:……はい。えーと、『一日中俺に付き合ってください』。でもさ、それ、輝紀いいよって言ってくれたじゃん?

輝:それはな。でもそれには続きがあっただろうが。

雅:……え? 続きなんてあったっけ?

輝:お前のその記憶が正しいなら、ちゃんと俺の目を見て言ってみろ。

雅:あ、あは。

輝:お前、こう言ったよな。『俺が何を言ってもちゃんと嫌と言わないこと。何でも言うことを聞くこと』って。お前が言い出したんだから、覚えてないなんて言わせないからな。

雅:わ、忘れてなんかいないです……。

輝:じゃあ、俺が断ったのも、ちゃーんと覚えてんだろうな?

雅:え、えーと、だって……。

輝:だってって何だよ? 何か言いたいことでもあんのか?

雅:きょ、今日くらい、いいじゃん……。(輝紀の手を握り、上目遣いに輝紀の顔を覗き込む)

輝:その言い訳は何だよ。

雅:だって、今日はさ……。

輝:あ、そうだ、忘れる所だった。(しょぼんとしている雅臣のことは放って置いて、何かを思い出したらしく雅臣の手を振り払い引き出しのある所まで移動し、一番上の引き出しを開けて中を弄り始めた)

雅:輝紀、どうしたの?(引き出しの中で何かを探している輝紀の背中を見ながら、今まで輝紀の手を握っていた手をわきわきと所在なさげに動かしながら、輝紀が何をしようとしているのかと考えたいた)

輝:どーこーかな? ……あ、あった、あった。(目的の物を見つけ、引き出しから十五センチほどの箱を手に雅臣の下に戻って行く)

雅:どうしたの、輝紀? その手に持ってるの何?

輝:いいもの、かな?

雅:?(恥ずかしそうにしている輝紀に、何が何だか分からずに頭の上に疑問符を浮かべていた)

輝:俺がこんなことするなんて、柄じゃないんだが、ふと目に付いたから……。それに、今日は……。(手にしていた箱をいまだにわきわきとしている雅臣の手に持たせた)

雅:ん? 俺にくれんの、これ?(輝紀に手渡された箱を見つめながら問いかける)

輝:開けてみろ。

雅:うん。(輝紀に言われた通りに、箱の蓋を開けた)……あ。輝紀、これ!(箱の中身を見た途端、目を輝かせて箱の中身と輝紀を交互に見る)

輝:その、何だ、一応プレゼントって、ヤツ……?(自分を見てくる雅臣から視線をずらしながら耳を真っ赤にして小さな声で言う)

雅:う、嬉しいよ!!(箱の中身を取り出し、早速腕にはめる)どう、似合う?

輝:そんなもので、喜ぶなんて、単純だな。

雅:そんなものって、輝紀からのプレゼントなんだから、喜ぶに決まってるじゃないの!(腕にはめた輝紀からのプレゼントに、完全に舞い上がりながら輝紀を抱きしめる)

輝:や、やめろっ。

雅:やだ! この嬉しさを表現したいんだもん!!

輝:……ホントに単純。

雅:でも、何でいきなりプレゼントなんて?

輝:だって、今日は……。記念日だし……?

雅:……!! 輝紀! 覚えててくれたんだ!!

輝:そりゃ、俺だってそのくらいは覚えてるさ。

雅:本当に嬉しい!

輝:これで、今日のことはチャラだな。

雅:それとこれは――。

輝:同じだよな?

雅:……はい。(輝紀の圧力に、渋々と言った感じではあるが素直に返事をした)なあ、輝紀。

輝:なんだよ。まだ何かあるのか?

雅:どうしてブレスレットなの?

輝:そ、それは……。ゆ、指輪なんて、さすがに恥ずかしくて買えなかったんだよ。

雅:輝紀。(輝紀の反応に、初々しいと感じながら、自分のポケットから輝紀よりも小さな箱を取り出した)

輝:何だ?

雅:俺からもプレゼント。(笑顔で言うと、蓋を開けて中身を取り出して輝紀の右手を取る)

輝:お、お前……。(自分の指にはめられていくリングに、輝紀は驚きを隠せない様子で雅臣を凝視する)

雅:よかった、ピッタリ。(輝紀の右手の薬指にリングを付け終え、輝紀の指にピッタリとフィットしたそれを見て満足そうに頷いた)

輝:これ……。

雅:本当は一緒に買いに行きたかったんだけど、輝紀絶対に嫌がると思って先に買っておいたんだ。で、今日タイミング見計らって渡そうと思ってたの。でも結局輝紀先を越されちゃったんだけどね。(ざーんねんと言いながら、輝紀の手を握ったままちっとも残念そうではない様子で輝紀の頬に軽くキスをした)

輝:頑なに俺を外に誘おうとしていたのは、これを渡すためだったのか?(雅臣にキスをされたにも関わらず、怒りもしないで雅臣に訊ねる)

雅:そういうこと。でもま、結果オーライってやつだね。(ふふふと破顔させながら、輝紀を抱きしめた)

輝:……何か、むず痒い。やっぱこういうのは柄じゃねーな。(雅臣に抱きしめられながら微妙な顔をして、雅臣の腕の中で大人しくしていた)


 二人は気づいていなかった。二人のつけているそれぞれの物に、同じ装飾が施されているということを――。



【END】