雅臣と輝紀
遊びに行こう!
※大学生※
雅:輝紀! 遊びに行こう!
輝:いいぜ。どこに?
雅:……え?(キョトンとした顔で輝紀を見る)
輝:あ? どうしたんだよ間抜けな声出して?
雅:間抜けって酷いなー。いやね、輝紀が『いやだ』って言わなかったのが俺的に意外で。
輝:何だそれ。それじゃまるで、俺がいっつもそんな反応しか返さねえような言い方じゃねえか?
雅:だって、実際九割型はその反応だし。
輝:……そう言われると、否定の言葉も出てこねえ俺が何だか嫌だ。(自分のいつもの言動を思い返してみた結果、苦笑を浮かべる)
雅:でしょでしょ? だから、俺は今の返事がずっと続くことを希望します!
輝:いや、それは無理だな。
雅:即答は嫌! そこでちょっとは考えて!(輝紀の方にずいっと詰め 寄り抗議の声を上げる)
輝:近い近い。(間近にある雅臣の顔を手で押すと)じゃあ、気が向いた時はお前の望み通りの返事をしてやるっつーことで。
雅:何それ! 気が向いた時だけなんて酷すぎる! 冷たいわ輝紀さん!
輝:誰だよ。
雅:雅臣だよ!
輝:いやな、そういうことを言ってんじゃなくてな……。
雅:そんなことより! 海に行こう!
輝:……は?(急な話題展開に、言われた言葉の意味が理解できずに訝し気な視線を雅臣に向ける)
雅:聞こえなかったの? しょーがないな。うーみ。海に行こうって言ったの。
輝:それはちゃんと聞こえてたっつの。俺は、アホなことを言ったお前に対しての反応をしたまでだ。
雅:俺はアホじゃない!(何を思ってか胸を張りながら輝紀に返す)
輝:……今は何月かお前は分かってんのか?
雅:三月ですー。
輝:じゃあ、三月は、海に、行く、シーズンか?(一言一言区切りながら訊く)
雅:たぶん違うんじゃないかな?
輝:(ケロッと返してきた雅臣に、拳を握り、怒鳴り出したいところを必死で堪え、押し殺した声で)……それなのに、お前は行こうと、そう言うのか。
雅:うん。
輝:やっぱりお前はアホだろ!
雅:違うもん!
輝:………………。
雅:よし、じゃあ早く行こう! 時間がないよ!(言うやいなや立ち上がると輝紀の腕を引っ張り無理矢理立たせ、玄関へと向かって行く)
輝:おい待て! 俺は行くなんて言ってないぞ!!
雅:聞こえなーい。
輝:おいお前! ふざけんな!!
輝紀の抵抗も虚しく、いつになく強引な雅臣に連れられ、輝紀は雅臣の車に揺られながら一路海へと向かうのであった。
*****
「つ・い・たー!」
家を出て約一時間。二人は目的地である海へと到着した。
無理矢理車に押し込められ連れて来させられた輝紀は、車内では終始無言で、今も車から降りようとせず不機嫌丸出しの顔で真っ直ぐ前を見ていた。
何で、まだ二月も終わったばかりの寒いこの時期に、海になんて来なきゃなんねえんだよ。ホント、雅臣のアホの考えは俺には理解できねえ……。
輝紀は腕と足を組み、外に出て背伸びをしている雅臣に視線を移し、心の中で文句を言う。
輝紀が相当不機嫌なことを知っているはずの雅臣であったが、輝紀が不機嫌なことには慣れているので、さしてそのことを気にすることもせず、運転席側に立っていた雅臣は助手席の方まで移動するとそのドアを開けた。
「ほらほら輝紀。着いたから降りようよ」
「やだ」
「却下!」
ふいっとそっぽを向いた輝紀に、雅臣は即答すると家から連れ出した時と同様に輝紀の腕を掴んで、輝紀を車内から外へと引っ張り出した。
「いてえな!」
「はいはい、ごめんね」
「……くそっ。ふざけんじゃねえぞ馬鹿野郎っ」
「そんな汚い言葉使わないの。さ、早く行こ?」
輝紀の悪態を雅臣は軽く流し、輝紀の腕を引いたまま砂浜へと続いている階段を登り始めた。
腕を引いて頑なにその腕を放そうとしない雅臣に、輝紀は盛大にため息をつきながらついには諦め、しかたなしに雅臣の後ろをついて歩く。
階段を上り終え、そこから広がる景色に、雅臣は立ち止まり感嘆の声を上げた。
「うわー。見て見て輝紀! 海! 砂浜! 誰もいない!」
「そりゃあ海に来たんだから、海もあれば当然砂もあるわな。誰もいないのはこんな季節だからに決まってるだろ」
「そういう情緒のないことを言わないの。さ、行こ」
不満たらたらに言う輝紀を諫めると、雅臣は輝紀の腕を先ほどよりも強く引き、早足に砂浜へ降りてゆく。
「何が悲しくて、こんな時期に海に来ることになるだか……。今が夏ならどんなにいいか……。水着着た女の子とかいっぱいいて景色はいいし、こんなに寒くもないのに……」
「輝紀! 今のは問題発言だよ!?」
小さな声でブツブツと言っていた輝紀に、雅臣は輝紀の両肩をガシリと掴み自分の方に向ける。そして、とてつもなく真剣な顔で輝紀に言う。
「浮気、駄目、絶対」
「……どこの標語だよ」
「輝紀、一筋、俺」
「…………意味、分かんねえぞ?」
「とにかく! 浮気発言禁止!」
真剣だった顔をふにゃりと崩すと、雅臣は強く輝紀に言う。
「あ? 俺がいつそんな発言したっていうんだよ?」
「ついさっき! 俺がいるのに、女の子が見たいだなんて……! これはれっきとした心の浮気でしょう!?」
「何でそうなんだよ? 男なんだから、水着の可愛い女の子を見たいって思うのは普通だろうが。それとも何か? お前は可愛い女の子より、むさ苦しい逞しい男を見たいってのか?」
「可愛い男だっているよ?」
「……お前、真性げ――」
「違います! 俺は輝紀限定! ただそう思ったから言っただけだもん! 現に輝紀は可愛いし!」
「ふざけたことをぬかすのはこの口か?あぁ?」
輝紀は可愛い! と繰り返した雅臣の口を指で摘みながら、輝紀は雅臣を睨みつける。
「うーっ! うううーっ!」
「何言ってるか分からん」
輝紀が口を摘んでいるせいで唸り声しかでない雅臣に、自分が摘んでいるからということを棚に上げて輝紀は言う。
雅臣は輝紀の肩から手を離すと、自分の口を摘んでいる輝紀の手を引きはがす。
「俺の口がアヒルみたいになったらどうしてくれるの!?」
「別にどうもしないが?」
「キスもちゃんとできなくなっちゃうんだよ?」
「おお、おお。それはおおいに結構なことで」
「ホントにいいの!? キス、できないんだよ?!」
「うるせえよ。喚くな」
「そんなこと言って、キスは重要なんだからね? 愛を確かめるための、大っ切な行為の一つなんだからね!?」
雅臣はそう叫ぶように言うと、輝紀に勢いよくキスをしかけた。
「んんぅっ!?」
雅臣の勢いに、輝紀は後ろに仰け反る。
そんな輝紀の後頭部と腰を雅臣は支えると、角度を変え、キスを深くしてゆく。
「んっ、ふっ……! ……っやめろ!!」
輝紀は何度も唇を啄んでくる雅臣を突き飛ばすと、塗れている唇を手の甲で拭いながら怒鳴る。
「ここをどこだと思ってんだ!? 外だぞ外! 誰かに見られたりしたらどうすんだよ!!」
「大丈夫。俺たち以外誰もいないし」
「――っ! そういう問題じゃない!」
しれっと言い放った雅臣に、輝紀は頬をひきつらせながら雅臣の足に蹴りを入れる。
「――っ!!」
本気の輝紀の蹴りに、雅臣は声にならない悲鳴を上げながらその場に足を抱えて蹲った。
「て、輝紀が、誰かに見られたらどうするって言ったんじゃん……」
「場所をわきまえろってんだよ!」
輝紀は耳を赤くしながら吐き捨てるように言うと、蹲っている雅臣をその場に残し、一人海の方へずんずんと歩いて行った。
「て、輝紀〜」
遠ざかっていく輝紀に、雅臣は情けない声をかけ、まだ痛い足を引きずりながら急いで輝紀の後をついて歩いて行く。
雅臣が後をついてきているのに気づいているはずの輝紀であったが、歩調を緩めることはせず、それを逆に早めながらどんどんと前に進んで行った。
「輝紀〜、待ってよ〜」
「でかい声で呼ぶな!」
「じゃあ待ってよ!」
だんだんと足の痛みが薄れてきた雅臣は、ぐっと足を前に踏み出し、輝紀一直線に足場の悪い砂浜を走り出す。
たいして離れていなかった二人の距離はすぐに縮まり、雅臣は追いついた輝紀の背中を後ろから抱きしめる。
「……輝紀、捕まえた」
「は、離せっ」
「イヤだ。手を離したら、また輝紀俺をおいて行っちゃうでしょ?」
「…………」
雅臣の言葉を否定ができなかった輝紀は押し黙る。
寒空の下、雅臣の暖かい体温を背中に感じながら、輝紀は離して欲しいのに、それとは半面になぜかそれをして欲しくもないとも感じていた。それが、寒いからなのか、それとも別の理由からなのか、輝紀は分からずに自分の気持ちに困惑する。
雅臣は輝紀の肩口に顔を埋め、甘えるように顔をすり寄せる。
「……くすぐったい」
「もう、離せって言わない?」
「…………人が来たら、離せよ」
「大丈夫、人は来ないって」
「……んなの、分かるわけねえじゃねえか」
「俺の言うことはよく当たるから、心配しなくてもいーの」
「……アホか」
前に回されている雅臣の腕にそっと触れながら、輝紀は寒いはずなのに上がってくる体温に、顔を赤くする。
恥ずかしいはずなのに、どこか今の状況が嬉しいなんて感じている俺は、相当おかしいのか?
輝紀は波の音を聞きながら、二人を照らしている、沈みかけた太陽を目を細めて見た。
もう少し、このままでいいか……。
輝紀はふっと柔らかな笑みを浮かべると、心なしか雅臣の躰に体重をかけ、肩口に乗っている雅臣の髪を優しく梳いた。
「……輝紀、大好き」
「……………………俺、も」
「ふふっ。輝紀の照れ屋さん」
「黙れ」
二人はそのまま、寒さなど忘れ、波の音と流れる風を感じながらその場に立っていた。
――後日談
「お前は、アホだな」
「そ、そんなこと言わないで! ……自分でもちゃんと分かってるもん」
あの後、夕日が沈むまで寄り添っていた二人は、寒くなってきたから帰ると言う輝紀の一言で海を後にしていた。
そして次の日、寒空の下で防寒もろくにしていなかった二人のうち、雅臣の方が風邪を引いてしまいダウンしたのであった。
「だから、早く帰ればよかったんだよ」
「だってー、いい雰囲気だったんだもん……。というか、何で輝紀は風邪引いてないの?」
「……俺はお前ほど馬鹿じゃないからな」
「ひ、ひどい! この場合は馬鹿とか関係ないもん! 不可抗力ってやつだから!」
「いや、馬鹿だから風邪なんて引いたんだ」
雅臣のことを馬鹿にしながらも、輝紀は心の中で、俺はお前のおかげで風邪を引かなかっただなんて、恥ずかしいしこいつが調子に乗るから、絶対に言ってやるもんか。と思っていた。
「輝紀? 顔、赤いよ?」
「うっせ馬鹿! 早く寝ろ!!」
不思議そうに輝紀の顔を覗き込んでくる雅臣に、輝紀はそれまで手に持っていた濡れオルを雅臣の顔にバシリと乗せる。
「も、もっと優しくしてくれるのを希望します……」
「却下」
「輝紀〜」
「それ以上五月蝿くすると、看病してやんねえぞ」
輝紀は自然な動作で熱くなっている顔に手をやりながら、雅臣に言い放つ。
口ではそう言っている輝紀であったが、その後、雅臣の風邪が完治するまでちゃんと看病をしたのだった。
次はちゃんと夏に海に行きたいな。そんなことを輝紀が思っていたのは、雅臣は知る由もなかった。
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