雅臣と輝紀

やるかやられるか

※高校生※


雅:みなさんに送ります。聞いてください『あの夜の彼』(ペットボトルをマイク代わりに、歌い始める)

輝:………………。(何をし始めるのかと雅臣にジト目を送る)

雅:激しいあの夜〜♪ 俺の上でダンスをする彼〜♪ 淫らに踊り〜隠微な空気〜♪

輝:……ちょっと待て! お前はいったい何の歌を唄ってんだよ!?

雅:ん? 輝紀の歌。

輝:は!?

雅:ちなみに、テーマは昨日の夜のエッチ。(ペットボトルを振りながら、語尾にハートマークが見えそうな言い方をする)

輝:あぁ!?

雅:今は睨まれても怖くないもんねー。輝紀ってば、顔真っ赤〜!

輝:っ!!(雅臣に指摘され、ばっと自分の顔を両手で覆う)

雅:昨日は嬉しかったよー。輝紀が俺の上に乗って乱れまくっちゃってー。そりゃもう可愛かった! 思い出しただけで勃っちゃいそう。

輝:おっ勃てやがったら、踏みつけてやる。

雅:いやん。そういうプレイがお望みなの?激しいのね、て・る・き。

輝:気色わりい言い方すんじゃねえよ!

雅:いたっ! いたいっ!!(輝紀に足を何度も蹴られ、輝紀の足を手に持っていたペットボトルで叩きながら抵抗する)

輝:やめろお前! 中身満タンじゃねえかそれ! いてえっ!

雅:じゃあ、蹴るのやめて!

輝:自業自得のくせに何言ってやがる!

雅:俺は、事実と願望を述べたまでだ!

輝:……な、何お前。踏みつけられてえのかよ?(若干引き気味に顔を引き攣らせながら雅臣に冷めた視線を送る)

雅:いやー、実はそんな願望もほんのちょーっとはあったりして……って! 輝紀! 後ずさらないで! 冗談! 冗談だから! そんなことこれっぽっちも思ってない! 心の底から冗談を詫びますから、離れていかないで!!(少しずつ自分から遠ざかっていく輝紀に、必死に言い訳をしながら輝紀を引き止める)

輝:……ホントかよ。

雅:ホントもホント!

輝:……これっぽっちも思ってねえか?

雅:うんうん!

輝:……どMのくせに?

雅:うんうん、そうだからっ! ……って! 違う! 俺はどMじゃないから!

輝:……痛めつけられるような発言ばかりしているくせにか?

雅:ちょっとMなところはあるかもしれないってのは認めるけど、『ど』はつかないもん! 俺はどっちかっていうとSだし!

輝:……何を堂々と変態発言してんだよ。

雅:輝紀はドS。(ビシッとペットボトルで輝紀を指す)

輝:はっ!? 俺はノーマルだ!

雅:いやいや。いつもの輝紀の言動を見る限り、まんまそうじゃん?

輝:俺は他人を痛めつけて喜ぶ趣味はねえ!

雅:またまたー。そんなこといっちゃって、実はそうなくせにー。

輝:お前は、何を根拠にそんなことが断言できんだよ!?

雅:輝紀の日常と、エッチの時を見て。……いやでも、エッチの時は、輝紀はどっちかって言うと……。いやいやでも、違う時もあるし。……ってことは輝紀はどちらの面も持ち合わせているってこと? ……うん、きっとそうなんだ。ね? 輝紀?

輝:『ね?』じゃねえ! 何一人でぶつぶつ言って俺に話し振ってんだよ!(雅臣の下まで膝立ちで行き、ペットボトルを取り上げると、それを雅臣の頭に振り下ろす)

雅:まった!! それマジで凶器!!(振り下ろされるペットボトルを、腕でガードすると)――っ。輝紀、本気で振り下ろしたね?

輝:半分殺る気で振り下ろしたからな。

雅:俺が死んだら、輝紀は未亡人だよ!?

輝:俺は男だ!

雅:じゃあ、男やもめ。

輝:その前に、俺たちは結婚なんぞしてねえ!

雅:もうそんなもんでしょうが? 正直になりなよ輝紀?

輝:正直になるとかそういう問題じゃねえだろうが!

雅:ストップ! もうそれは片づけましょうね!?(輝紀の手から凶器、もとい、ペットボトルを無理矢理に取り上げると、それを輝紀の手の届かないところに置く)

輝:返せそれ。

雅:だーめ! 俺はまだ死にたくないもん。

輝:安心しろ。お前はあれで殴られただけじゃ、死にはしねえよ。お前が頑丈なのは俺がちゃんと保証してやるから。

雅:そんな保証欲しくはありません! いくら俺でも、輝紀の本気の打撃を受けたら、もれなくあの世逝きになっちゃうからね!?

輝:そうなったらそうなったで、ちゃんと悲しんでやるから安らかに逝け。

雅:ホント? ちゃんと悲しんでくれる? 俺がいなくなったら、泣いちゃう?

輝:な……きはしないんじゃねえかな?

雅:つ、冷たい! 冷たすぎる!

輝:[雅臣がいなくなったら……。俺は、泣くのか? いや、悲しくなりはすれど泣きは、しないんじゃねえのか? ……そんなこと、想像もしたことなかったから、まったくその時の俺の姿が予想もつかねえ。……雅臣は、俺を救ってくれた奴。実際俺は……]

雅:て、輝紀ー?(唐突に一人の世界に入ってしまった輝紀に、戸惑いを隠せない様子で輝紀の目の前で手をヒラヒラと振りながら反応を伺う。しかし、輝紀はまったく気づく様子もなく、自分の世界から戻ってくる気配もなかった)

輝:……………………。

雅:てーるーきー。

輝:……………………。

雅:てーるきくんー。

輝:……………………。

雅:…………輝くん。

輝:…………っ。

雅:いたっ!! 何で!?

輝:その呼び方をすんじゃねえって、何度言ったら分かるんだお前は。

雅:だってー。輝紀がまったく反応してくれなかったからー。輝紀が反応示してくれるっていったら、あの呼び方しか思い浮かばなくて……。(輝紀に拳で殴られた頭をさすりながら、多少申しわけなさそうな顔を作る)

輝:[その呼ばれ方だけは、それだけは、まだ駄目なんだ……。忌まわしい記憶……。まだ、忘れられない……。]

雅:……ねえ、輝紀?

輝:何だよ。

雅:……まだ、俺に隠してること、あるの?

輝:……何の、ことだ。

雅:輝紀は、過去のことも、今のことも、俺に話してくれたじゃない? でも、まだ俺に言ってくれていないこと、あるんじゃないの?

輝:何急に真面目な顔になってやがんだよ。お前らしくもねえ。

雅:失礼な。俺だって、真剣な顔をすることはあるよ。

輝:そう……だったな。(遠い過去のことでも思い出すかのように目を細める)

雅:輝紀は俺の大切な人なんだよ? 隠し事は別にしたって全然構わない。でもさ、それをすることで輝紀が辛いまんまなら話は別。……ちゃんと、言ってくんないと、俺だってどうしようもないよ。(泣き出してしまいそうな表情を作り、輝紀の髪にそっと触れる)

輝:……雅臣。

雅:……輝紀。(じっと見つめ合う)

輝:……………………。[いつか、いつかちゃんと話すから、今は、忘れてくれ](自分の髪に触れている雅臣の腕を掴むと、わざとジト目を作り、雅臣を見る)それは置いといて、だ。俺は、許した覚えはない。(掴んでいた雅臣の腕を捻る)

雅:い、いたたたっ! な、何!?

輝:とにかく、謝れ。

雅:えっ!? 何を!?

輝:始めの歌についてだ。まだその話は終わっちゃいねえだろうが。あやふやにして忘れさせようったって、そうはいかねえんだよ。

雅:ち、ちょっと待ってよ! 今はその話はどうでもいいじゃん!

輝:俺にとっちゃあどうでもよくなんかねえんだよ。

雅:い、いたい! わ、わかった! わかりました! 謝る、謝らせていただきますので手を離してください!!

輝:……ちっ。

雅:ちょっと! 何でそこで舌打ちするの!?

輝:知るか。

雅:えー!?


 自分の気持ちがかなり乱れ、それを雅臣に悟られたくはない輝紀は、完全なる八つ当たりだと承知しつつも雅臣に冷たく当たる。
 しかし、輝紀が自分に八つ当たりをしているという事実を知らない雅臣は、自分が何か輝紀にしてしまったのかもしれないということと、始めに自分が歌っていた歌についての謝罪を何度も何度も繰り返していた。
 懸命に頭を下げている雅臣を見ながら、輝紀は、
 ――あと少しだけ時間をくれ。お前と出逢ったことで、俺はずいぶん救われたし、心に余裕も持てるようになってきた。……でも、あのことだけは、まだお前に知られたくないんだ。お前が真実を知っても、俺から離れていかないってことは、この付き合いで分かってる。頭では分かっちゃいるが、気持ちが、それを理解してくれない……。……だから、もう少し。ごめん、雅臣……。
 自分の弱さと、雅臣の自分を信頼してくれている心に、目頭が熱くなる思いでそう心の中で雅臣に語りかける。
 輝紀が過去にどんな経験をしたのか、それが今でも輝紀を苦しめている原因になっているのかは、今はまだ、輝紀自身しか知る由もないことだった。


雅:ね、ねえ、まだ、許してくれないの?

輝:…………あ? ああ。まだ言ってたのか?

雅:……今日の輝紀は一段と酷いよ。そりゃあさ、悪いのは俺だよ?それにしたって、冷たすぎない? ……はっ! もしかして、輝紀は俺のこと嫌いになっちゃったの!? だから、こんなにも俺に冷たく酷い仕打ちをするの!? 輝紀! お願いだから俺のこと、嫌いにならないで!!

輝:ち、ちょい落ち着けお前。

雅:やだやだ! 輝紀に嫌われたら俺、俺ー!!

輝:き、嫌いになんてなったりしねえから泣くな。

雅:ホント?

輝:ああ、ホントホント。大好きだぜ、雅臣。

雅:て、輝紀が俺のことを大好きって言ってくれた!? これは夢!?

輝:あいにく、夢じゃねえよ。

雅:嬉しい! 嬉しいよ輝紀! 俺も大好き! 一生離さない!


 もう一度『好きだ』と言った輝紀に、雅臣は本当に涙を浮かべながら、輝紀に思い切り抱きついた。
 雅臣のオーバーリアクションに、輝紀は多少怯むが、自分のたった一言だけでこんなにも喜びを露わにしてくれる雅臣に、輝紀の頬は自然と緩んでいた。
 この気持ちが雅臣の言うように、一生続けばいい。出逢ったばかりの頃には想像もつかなかった現状だが、今が幸せならば何も問題はない。
 輝紀は力強く抱きしめてくる雅臣を、同様に抱きしめ返しながら、溢れてくる笑みをいつまでも浮かべていた。



【END】

輝紀が雅臣に自分の過去の表面を話した後くらいのお話。