雅臣と輝紀

知っておきたいこと

※大学生くらいの輝紀と彩※


 珍しく休日の合った彩と輝紀は、輝紀の家の近くの喫茶店で話をしていた。
「ねえ、輝紀。そういえばさ、雅臣の昔の姿って、知ってる?」
「は? 昔って、いつのことだ。中学の時とかの話か?」
「まあ、中学の時もそうだけど、輝紀と出逢う前の雅臣のこと」
 唐突な彩の話に、輝紀は首を傾げて知らないと言う。
 知らないというよりも、輝紀は今まで雅臣の過去のことを知ろうとしたことはなかった。輝紀自身の過去にも、誰にも知られたくないことがあるため、他人の過去をいちいち詮索しようと思ったことがなかたのだった。
 しかし、雅臣とはもう長い付き合い。それに、雅臣には輝紀の過去は全て知られている。だが、肝心の輝紀は雅臣が自分と付き合う前に何をしていたのかまったく知らない。雅臣自身も話そうとしたことはなかったから気にしたことはなかったが、彩に雅臣の過去の話をほのめかされ、少し気になり始めた輝紀なのであった。
「やっぱ、雅臣のことは気になる感じ? てか、アイツになんにも聞かされてないの?」
「聞かされてないってか、俺が気にしたことなかったって言うか……」
「気にならない? どんなことしてたとか、どんな奴と付き合ってたとか」
 どんなことをしていたのかはもちろん興味はあったが、どんな相手と付き合っていたのかはもっと気になる。
 初めて雅臣と躰を重ねた時、ちゃんとした意味での経験がなかった輝紀とは対称的に、雅臣はとても手馴れていたので、かなりの人間と経験を持っていたのだろうということはついていたが、それが女だけなのか、それともそうではないのか、そこは気になるところだった。
 しかし、あの雅臣が頑なに話さなかったのは、本当に聞かれたくなかったからなんじゃないだろうか。
 だが俺だって普通の人間。一度気になりだしたら、聞かないではいられない。
「……まあ、言われてみれば、気にならなくも、ない、かな……」
 考えた末に好奇心に勝てなかった輝紀は顔を俯けて歯切れ悪く言う。そんな輝紀の様子を見て、『言葉では曖昧な感じに言ってるけど、これはかなり感心をしめしてるね』と彩は思った。
 やっぱり雅臣は輝紀にとって他人とは違うんだなと思い、珍しく自分から興味を持った輝紀の反応に、彩は笑みを浮かべると、
「聞きたい? 聞きたくない?」
 まだ少し迷いの残っている様子の輝紀の、好奇心を刺激するように低い声で言う。
 彩の声の調子に、煽られているのがわかった輝紀だが、どうしても首を横に振ることができなかった。
 好奇心は身を滅ぼすというが、好奇心を満たした結果、もっと雅臣のことを知ることができるのなら、少しくらい身に危険がおよんでも悔いはないと輝紀は思った。
「……彩の知ってること、全部教えてくれ……」
 笑顔で輝紀の反応を伺っている彩に、勢いよく顔を上げて身を乗り出し気味に輝紀は言った。
 それまでに彩が見たこともないほどのあまりにも真剣な輝紀の表情に、彩は意表を疲れたように目を見開いた。
 それだけ雅臣のことが大事なのか、それとも輝紀の心の変化なのか。冗談を交えて話をしようとしていた彩だったが、茶化すことは止めてちゃんと話そうと心に誓ったのだった。




 彩の話を聞き終えた輝紀は、小さく溜め息を吐き、目を細めて唇を噛みしめる。
「……ちょっと、ショックだった?」
「……いや、なんていうか、断片的にそんな感じがあるような気はしてたんだ。でも、そこまでだとは思わなかった……」
 今しがた彩から聞かされた雅臣の話を頭の中で整理しながら、輝紀はもう一度息を吐き出す。
 自身も普通とはいえない過去を送ってきたが、雅臣もあまり大きな声では言えないようなことをしていただなんて。
 雅臣の言動に少し疑問を持つ時は確かにあった。しかし、最近ではそんな素振りを見せることはなくなっていたので、輝紀は自分の中に抱いていた疑問を忘れ始めていた。しかし、彩の話を聞いて、ようやく心の奥に仕舞っていた雅臣への疑問を晴らすことができた。
 恐れを感じないかと言われればそうではないが、しかしそれは過去の話し。今の雅臣は、あの姿が本当の雅臣の姿だと輝紀はわかっている、それでも知らなかった雅臣のことを知り、また一歩雅臣に近づけたような気がして、輝紀の心は嬉しさのようなものが生まれていた。
「しかし……。俺も人のことは言えないが、人間ってのは、変わるもんなんだな……」
「そりゃそうさ。時間が経てば変わったりもするだろうし、何より、大事な人間ができれば、人は絶対に変わるもんでしょ。雅臣と輝紀も互いに出逢って変わったように、もちろんボクだって、拓斗と出逢って変わったもん」
「だよな……。俺、雅臣の大事な人間に、なれてるんだな……」
「自信なさそうな声出さないの。輝紀は、輝紀が感じてるよりもずっと、雅臣に大事にされてるんだから、もっと自信持ちなよ。誰にも手のつけようもなかった雅臣が唯一、信じて好きになった人間なんだからさ……」
 俯いた輝紀の頭を優しく撫でる彩。
 彩は輝紀よりも小柄だが、それでもやはり男の手。大きな手のひらに頭を撫でられ、輝紀はくすぐったいような心地に、いつの間にか固くなっていた表情から力を抜いた。
 本当はこういった話は本人に聞くのが一番いいのだろうが、雅臣の性格だ。きっと話をしてくれはしても、誤魔化して本当のところを濁していただろうと輝紀は思った。話したくないんじゃなくて、話せない。きっと、このことを輝紀が知ったら、輝紀は自分のことを嫌いになるんじゃないかとでも、雅臣は思うのかもしれない。
 そんなこと、今さらあるわけがない。何年も付き合ってきて、今の雅臣が本物だと輝紀は知っているのだから、過去の過ちを聞いたところで、嫌いになどなるわけがない。輝紀は雅臣の姿を想像しながら小さく笑い、彩に礼を言う。
「別にボクは、たいしたことは言ってないよ。ただ、ボクが知ってることを話しただけ。ボクの知らない雅臣だっているんだから、あとは雅臣に聞けばいいよ。きっと雅臣のことだから、輝紀にお願いされたら断れるわけがないんだからさ」
「ああ、そうだな。……そういえばさっき、人間は時間が経ったりすれば変わるって言ったよな」
 雅臣にお願いをする自分の姿を想像して、ありえないなと苦笑した輝紀が、ふと何かを思いついたようで、彩をジッと見つめた。
 輝紀に見つめられ、彩は輝紀に伸ばしていた手を引っ込めて、首を傾げる。
「言ったけど、どうしたの、輝紀?」
「いや、ちょっと俺の中で変わってるのかどうなのか、まったくわからない人間がいるなと思って」
「……あー、それはボクも一人思い当ってるかも。きっと、輝紀と同じ人間のことだと思うよ」
 輝紀の言葉に、彩は呆れともつかない表情を浮かべながら、頭の中に一人の人間の姿を描く。おそらく、今彩の頭の中にいる人物と、輝紀の頭の中にいる人物は、同じだろう。
「俺、あいつと中学から一緒だけど、変わってないと思うんだよな」
「ボクも、あいつと付き合って結構経つけど、ボクにベタ惚れなところ以外、変わってないと思う」
 二人は顔を見合わせ、笑う。そして、それぞれ頭の中に思い浮かべた人間の名前を、せーので言う。
「拓斗は変わらないよな」
「拓斗は変わらないよね!」
 二人の声が、見事に重なる。そして、二人は声を上げて笑い始めた。
「拓斗は、ホントにあのままの性格だよな」
「だよね。考え方も行動の仕方も、全然変わらないもん。付き合ったら変わるかとも思ったんだけど、ボクの方があいつに引っ張られて染まっちゃったって感じだし」
「変わらない人間がいるのも、まあ、悪くはないのかもしれないな」
「だね。拓斗は、ずっとあのままでいて欲しい。ボクたちがちょっとずれちゃった時、きっと拓斗はあのままだから、ボクたちを助けてくれそう」
「拓斗は俺たちの救世主ってやつか?」
「そうそう。拓斗はヒーロー」
 それまで少し暗い雰囲気になっていた二人だったが、その雰囲気は一気に払拭された。
 人間はそれぞれ過去に何かしらあるもの。それは誰にも知られたくない暗い過去だったり、言ってしまうのも恥ずかしいくらいの笑える過去だったり、人間の数だけ過去の数がある。
 ずっと話すことができない話でも、時間が経てばいい思い出になったりもする。
 過ごしてきた中で変わる人間もいれば、変わらない人間もいる。
 そんなたくさんの人間が生活している中で、輝紀たちが出逢えたのはきっと必然なのだろう。
 輝紀と彩はしばらく高校の時の話や、最近の互いの近況を話しながら、ゆっくりと時間を過ごしたのだった。



【END】

特に内容はない話なんです。雅臣の過去はここで書くことではないかなって。
雅臣の独白的な感じで書きたいと思っています。
ただ、拓斗は変わらないねー。っていうのが書きたかっただけ(笑)
…ていうか、拓斗と彩って全然話に登場してないんですよね。
自分の中では、雅輝と同じくらいの比重があったりするので、もっと数を増やしていこうと思います。

20130916