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終幕




 長く続いた、俺とお前との闘い。
 何で刃を交え始めたのか、今ではもう解らない……。ただ解るのは、この刃を交え続けなければいけないということだけ。
 何度となく交えたこの刃同士。これは、お互いの力の証。自分たちの、願いや想いが沢山こもっている。
 ──だから分かった……。
 お前の気持ちも……俺の気持ちも……。
 お前も、もうすでに気づいているんじゃないだろうか。俺たちの間に生まれた、認めたくないこの想いに……。
 そう……認めたくはない。認めてはいけない。
 認めてしまったら、それが最後。俺たちは刃を交えることが出来なくなってしまうだろう。
 ──もどかしくて、でも、それをどうすることも出来はしない。
 変えたくても変えられない。
 俺はこれからも変わらず、お前と刃を交え続けていくだろう。それは、変えることの出来ない俺たちに定められた、運命なのだから……。





 この気持ちに気づいてから、今日で何度目の闘いだろう。
 この闘いに、決着がついたことなど、今まで一度もない。大抵の場合、決着がつきそうになると、どちらからともなく退いていくのだった。
 ──このままではいけない。いつかは白黒はっきりさせなければならない。
 そんなことを考えながら、あいつの──辰時(たつとき)の刃を正面で受け、自分の刃の腹に滑らせ弾く。
 そのまま少し間合いを取って、あいつのことを見つめた。
 ──早く決着をつけてしまいたい。今死ぬのは本望ではないが、こいつになら……殺されてもいい……。
 こいつの真っ直ぐ俺を見てくる瞳を見ると、そんな危ない考えが頭をよぎってしまう。
 危ない考え──だけど、これが俺の本心、なんだよな。
 こいつを殺すのは、俺でいたい。俺を殺すのは、こいつであって欲しい。
 ──俺は矛盾している。それも、とてつもなく……。
 フッと自分の考えを鼻で笑って、ぎゅっと刀の柄を強く握った。
 俺のその行動を見たあいつも、刀を握り直したのが分かった。
 ゆっくり吐息を吸い、すべて吐き出す。そして、カッと目を見開いた。
 これで決める──。
 俺は心の中で決意を固めると、スッ、と刀を顔の真横に構えた。
 この構えでは、相手の刃を防ぐことは不可能。もとより、これで最後にするつもりなので、自分の身を守ることなど、俺の頭にはなかった。
 この一撃が避けられたら、俺は最期──。
 だが、最期になるかもしれないというのに、全くと言っていいほど、恐怖は感じなかった。逆に、自然と頬がゆるみ、自分の顔に笑みが刻まれるのが分かった。
 こんな時に笑顔になるなど、不謹慎極まりないが、最後くらい許されるよな。
 心の中で勝手にそう思い、ザッと地面を鳴らしながら片足を少し後ろにさげる。
 ──いくぞ。
 そう思い、足を踏み出そうとした時、あいつのとった行動に驚かされ、踏み止まった。
 あいつも、正面で構えていた刀をゆっくりと持ち上げ、俺と同じ構えをしだしたのだ。
 刀を顔の真横に構え、口元にこの場にそぐわないほどの優しい笑みを浮かべて、あいつは俺に言ってきた。
「相打ちで終わる最期ってのも、悪くねえよな?萩吾(しゅうあ)」
 その言葉に一瞬唖然としたが、俺も再び笑みを浮かべ、答える。
「ああ、悪くないな」
 俺はそう言うやいなや、後ろにさげていた足で地面を思い切り蹴り、あいつに向かって駆けだした。
 あいつもそれにならって、俺の方に向かってくる。
 一気に詰まるお互いの間合い。
 刀の切っ先がお互いの胸に触れるという距離まで来た、その時、
「───るぜ」
 と、あいつの口から信じられない言葉を聴かされた。
 その言葉に驚く暇など無く、次の瞬間には、鈍く重い感触が腕に伝わってきた。それと同時に、胸の辺りに冷たい感覚がはしった。
 胸に視線を落としてみると、あいつの刃が、深々と俺の左胸に突き刺さっていた。そして、あいつの左胸にも、俺の刃が深々と突き刺さっていた。
 俺はこいつに貫かれ、こいつは俺に貫かれた──。
 胸には焼けるような感覚こそはあったものの、不思議と痛みはなかった。いや、もはや痛みを通り越していて、感覚がなくなっているだけなのかもしれないが。
「お…まえ……さっき…の……ほんき……か………?」
 胸を貫かれ、もう少しで命の灯が尽きそうになっていたが、さっき聴いたこいつの言葉を確かめたくて、苦しい息の中必死で言葉を紡ぎ出した。
 ──もしあれが本気だったのなら、俺もこいつに伝えなければ……。
 俺はそう思いながら、焦点の合わなくなってきた目で、目の前の奴を見つめた。
 こいつは荒い息をつきながら、刀の柄を握っていた手を離し、もはや思うように力が入らなくなっているだろう手で、俺の頬に触れてきた。そして、口を開き、掠れた声で言ってきた。
「ほ…んきに……きまってん…だろ……」
 と言って、口の端をつりあげた。ぎこちなく、皮肉っぽいけれど、優しさの感じられる笑みだった……。
 死の間際にこんな風になるなんてな……。もっと……もっと早くこうなれていたら、どんなに幸せだっただろう……。
 俺はそんなことを思いながら、自分の今まで思ってきた想いをこいつに伝えるべく、口を開いた。
 本当ならば、もう喋れる状態ではないというのに、こいつに伝えなければ、という強い思いのおかげで、なんとか口を開くことができた。
「おれも…だ……たつ…とき……」
 俺はそう言うと、柄から片手を放し、震える手で辰時の顎をとった。そして、最初で最後の口付けを交わす。
 血の味のする、長い口付け──。
 しばらくしてから唇を放し、辰時の肩口に頭を押しつける。
 もう、力が尽きかけていた……。意識も、だんだんと薄れていく……。
 最後の力を振り絞って、辰時の背中に腕を回す。その行動に合わせるように、辰時も俺の背中に腕を回してきた。
 その腕の力は予想以上に強く、まるでもう離さない、とでも言っているようだった。
「たつ……と…き……」
「しゅ……うあ……」
 その言葉を最後に、俺たちは抱き合ったまま、動かなくなった──。





 こんな時代に生まれたが故に、お前に対して生まれた感情に苦しめられ、今まで闘ってきた。
 最後の最期にこんな形で告白され、告白するなんて、思ってもみなかった。
 でも、これで良かったのかもしれない……。
 自分たちの感情を押し殺して、辛い闘いを続けるより、想いをぶつけ合って息絶える──。これ以上の幸せはないだろう。
 最期の言葉が、お互いの名前……。
 そこに、今までの想いのすべてが込められていたと思う。いや、込められていた。
 今までの俺たちはここで終わるけれど、本当の俺たちは、これから……。
 あっちに行ったら闘わずにすむ……。苦しまずに、すむ……。だって、俺たちはこれからずっと一緒なんだから──。
 あの時の、辰時の口から出てきた言葉、俺は決して忘れない……。とても優しかった、あの言葉──。
『愛してるぜ』



【END】