SS
どんなに離れても
例えどんなに離れても、お前に対する俺の気持ちは、決して揺らぐことはない。
……けれど、お前の気持ちは、どうなんだろうか……。
それは、どうしても分からないこと。だから、すごく不安になってしまう。
不安で不安で、お前を縛ってずっと俺の側に置いておきたくなってしまう。誰の目にも触れさせたくなんかない……。
俺に、こんな独占欲があるなんて、知らなかった。
しかも、こんな薄汚い独占欲があるなんて……。まったく、どうにかしている……。
「どうした、浮かない顔して?」
「…………」
「どっか悪いのか?」
「…………」
お前を見ていると、自分が自分でなくなるような、そんな感覚に襲われる。
愛しくて、愛しすぎて、苦しい──。
この苦しさが晴れることなど、ないのではないだろうか。
「黙ってないで、なんか言えよ?」
「…………もし」
お前の気持ちを知りたい。俺を、どう想っているのか…どの位、想っていてくれるのかを。
「なんだ?」
「……もし、俺が…どこか遠くに行くことになったら、お前はどうする?」
俺をずっと想っていてくれるか?
今と変わらず、想い続けていてくれるか?
それとも、俺のことを忘れてしまうか…?
「どうする…って…」
お前はそう言うと、そっぽを向いて、小さな声で呟いた。
「……離れちまったら、忘れちまうかも……」
その言葉を聞いて俺は、奈落の底に堕とされたような気分になった。
やはり、離れてしまえば、俺のことなど、忘れてしまうんだよな……。
予想はしていた答えだったが、それをお前の口から聞かされると、言い知れないショックが、俺を襲ってくる。
柄にもなく、涙腺が緩くなってしまう……。
流れてしまいそうになる涙を、必死で食い止める。
今ここで涙を流してしまったら、それこそ自分でなくなってしまう気がする。
「そう…だよな。離れてしまえば……忘れてしまうよな」
俺は無理に笑顔を作りながら、軽い調子でお前に言った。
もし、お前が俺を忘れてしまっても、俺はお前のことを絶対に忘れはしない。今と変わらない想いで、お前を想い続けるだろう。
「──っだよ!なんでそんな簡単に納得しちまうんだよ!?」
お前は怒鳴ると、バッと俺の方を見た。
涙は流していないが、その顔は、まるで泣いているようだった。
お前がなんでそんな顔をしているのか、なぜ怒鳴ったのかが分からず、俺は呆然としてしまった。
「なんでだよ!?なあ、なんで怒んないんだよ?俺、お前のこと忘れちまうって言ったんだぞ!?それなのに…なんで、普通にしてんだよ……っ」
……俺が、普通にしている?冗談。俺は、今すぐにでも泣きたいくらいだ。
それより、お前が怒鳴った理由が、お前の今の言葉ではっきりとした。
俺がお前の気持ちを確かめるために、試すようなことを言ったように、お前も、俺を試すために、あんなことを言ったんだろうな。
そう思うと、どこか微笑ましいと思ってしまう。
「俺っ、お前と離れたとしても、絶対に忘れなんかしないっ」
お前はそう言うと、ギュッと俺に抱きついてきた。
「できることなら、どこまでだってついて行く」
俺の胸に強く頭を押しつけて、震える声で先を続ける。
「忘れるなんて、絶対にありえない。だって、お前のことが…好きだから……」
俺はお前の最後の言葉を聞くと、思い切りお前を抱きしめた。
お前も、俺と同じ気持ちだって思って…いいんだよな?俺の勘違いなんかじゃ、ないよな?
お前が俺を忘れることはないって、信じていいんだよな……?
「悪かったな、試すようなこと言って」
「……なんでそんなこと、したんだよ」
「俺、不安だったんだ。自分が、本当に好かれているのかどうか……。俺が一方的に、お前のことを好きなんじゃないかってさ……」
「……そんなわけないじゃん。俺だって、お前が好きだ。大好きだ」
「ありがとう……。俺も、お前を愛してる」
俺がそう言うと、お前はすっと俺から離れた。
「?」
その行動を不審に思い、俺はお前の顔を覗き込んだ。
その顔は赤くなっていて、少し驚いてしまった。
「どうしたんだ?」
「お、お前が、あ、愛してるなんて言うから……」
そう言って、自分の腕でさっと顔を隠した。
「お前だって、俺に大好きだって言ったじゃないか。それと同じだろ?」
「違う!まるっきり違う!あ、愛してるなんて、恥ずかしすぎだ!」
「じゃあお前は、俺を好きなだけなのか?」
お前の反応が可愛すぎて、また試すようなことを言ってしまった。
「ち、違うけど……。好きよりも、大好きよりももっと上だけど、まだ恥ずかしくって言えないんだよっ!」
こんな反応を返されると、今までの不安が、嘘のようにどこかへ飛んでいってしまう。
誰か人を好きになれば、不安になってしまうのは、当たり前なのかもしれない。
不安がることなど、最初からなかったのかもしれないな。
「……どんなに離れても、ずっとこの想いは変わらない」
「なに?」
「いや、なんでもない」
俺はそう言うと、ゆっくりと躰を離して、お前の唇に指で触れた。
俺に唇を触れられて、お前が一瞬肩を震わせたのが分かった。
「なあ。キス、していいか?」
「ぅ……」
「嫌か?」
「い、嫌じゃないけど、改まって訊かれると…照れる」
そんな反応が微笑ましくて、俺は返事を聞かずにそっとキスをした。
「──!い、いいって言ってないだろ!?」
「そうだったか?」
赤くなりながら抗議してくるお前に、俺は惚けたように答えてから、お前の頬に触れた。
赤くなっているせいで、ほんのり熱を持っている頬を、両手で包み込むように触れる。
そうすることで、俺のお前への想いを再確認できるような気がする。
触れているところから、お前に対する温かい愛しさが躰全体に広がってゆくような、そんな感覚が俺の中に生まれてくる。
「なあ……」
「ん?」
「……お前は、俺が遠くに離れたら、どうするんだ?」
お前の意外なその問いかけに、俺は一瞬呆気にとられてしまった。
「おい?」
「あ、悪い」
俺の答えは、初めから一つだ。
「俺もお前と一緒だよ。絶対に忘れはしないし、どこまでもついて行く」
「…………」
「おかしな答えだったか?」
「いいや…嬉しい」
そう言いながらはにかむお前は、愛しいとしか言いようがなかった。
「どうしてお前は、いつも俺の欲しい言葉や行動をくれるのかな」
「何だそれ?」
俺の発言に対して、お前は不思議そうに俺を見上げてきた。
「お前を好きになって良かったって意味だよ」
「あ、あそう……」
照れたように顔を伏せたお前を、俺はもう一度抱きしめた。お前も、俺の背中に手を回してきて、俺の肩口に頬を押しつけてきた。
そんなお前の頭を撫でながら、俺は心の中で誓っていた。
今のこの俺の中にある想いをずっと忘れずに、お前を愛し続けていく…と。
【END】
Copyright(c) 2015 murano tanaka All rights reserved.