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距離
君と俺との躰の距離は、いつもほんの少し。とても近くにあった。でも、君と俺との心の距離がどのくらいなのか、俺には分からない。躰と同じくらいに近いかもしれないし、それとは対照的に、果てしなく遠いかもしれない。
君と俺は、今日で何の関わりもなくなってしまう。
──だから、俺は確かめてみたくなったんだ。君との心の距離は、いったいどのくらいなのかって……。
今も君は、俺の近くにいる。ほんの少し手を伸ばせば、簡単に触れられるくらい近くに。
いつも君と俺との距離は、このくらいだった。近いけれど、触れ合ってはいない……。
男同士なのに、こんなにくっついてるのは、普通に考えるとあり得ないんじゃないかって、思ったこともある。でも俺は、そのことにはこれまで一度も触れたことはなかった。
だって俺は、この距離を、嬉しく思っていたから。
俺たちの間に、特に会話なんて無かった。けれど、それでも、ただ側にいるというだけで、自然と気持ちが楽になっていた。
おそらく俺は、君のことを、好き…になってしまっていたんだと思う──。
おかしいって分かっているけれど、この気持ちはもう抑えることはできない。
君も、俺と同じことを考えていてくれているかは全く分からない。分かるはずがない。
──だから今日、俺は君に訊いてみる。どうして君は、いつもこんなに近くにいるんだ?君は、俺のことをどう思っているんだ?って。
君と俺との心の距離が知りたいから……。
「なあ、玲(れい)……最後に一つ、訊いていいか?」
「何だよ、そんなに改まって?」
「真面目な話、なんだ……」
俺は玲を近くに感じながら、玲の方を見ずに言った。
「分かった、言えよ」
玲もたぶん、俺の方は見ていないだろう。でもこれが、いつもの俺たちの会話のスタイル。
お互いを近くに感じながらも、相手の顔を見ながらは話さない。
今思えば不思議なことだったけど、今はそんなことはどうだっていい。
俺はいつもと同じ声の調子で、玲に問う。
「何で玲は、いつもこんなに近くにいたんだ?」
「…?何が言いたいんだ?」
「俺たち、いっつもこんなに近い距離にいただろ?それは何でだったんだろう、って思って」
俺はそう言って、ゆっくりと玲の方を見る。それに合わせるように、玲もこちらを見てきた。
躰が近い距離にあるせいで、お互いの顔の距離も、自然と近くなっている。
初めてこの距離でお互いの顔を見た。この状態になって改めて、俺たちの距離はこんなにも近かったんだって、確認させられた。
顔を合わせた瞬間、玲の瞳が揺らいだように見えた。だが俺は、それに気づかない振りをして玲に自分の想いを伝える。
「玲は、俺のことをどんな風に思っているんだ?」
「どうって……?」
「俺は……玲が好きだ」
俺の言葉に、玲は目を丸くした。それでも、顔を逸らすことはしなかった。
「玲は、どう思ってる……?」
目を丸くして驚いている玲に、同じ質問を投げかける。
「お、俺…は……」
言葉を紡ぐ玲の口が震えていた。
酷な質問をしているってことは、十分分かっている。でも俺は、どうしても君の心を聞きたいんだ。
どんな答えが返ってきたっていい。ただ、君の心を知りたいんだ──。
俺は真っ直ぐ玲の瞳を見ながら、答えを待つ。
「俺……」
玲は言って下唇を噛みしめ、そして、意を決したように瞳にぐっと力を入れた。
──やっと、君との心の距離を知れる。
玲のその仕草を見て、俺はそう思った。
そして、玲がゆっくりと口を開いた。
「俺も、お前が……祐希(ゆうき)が……好き…だった」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心はこれまでにない喜びで溢れかえった。
──やっと…やっと、君の心を知れた。
君と俺は、躰も心もずっと近くにあったんだ。それが知れて、本当に嬉しい。
俺は、自然と自分の頬が緩んでいくのが分かった。
「よかった。玲も、俺と同じ気持ちでいてくれて」
俺は心の底からそう言うと、少し顔を近づけて、玲の唇に触れるだけのキスをした。
「あ…!お、お前、何をしてるんだ!」
玲は俺のその行動に、唇を押さえながら抗議の声を上げた。
「嫌だったか?」
「い、嫌じゃねえけど、いきなりすぎるって言うか……!」
俺は動揺している玲を見て微笑みながら、さり気なく玲の手を握った。
「あ……」
「しばらく…こうしていていいか?」
俺の問いに、玲は握られた手に少し力を入れて、
「しばらく、な……」
と言ってくれた。
君と俺との躰の距離は、とても近いものだった。
君と俺との心の距離も、それに比例するように、とても近いものだったんだ。
最後になって、やっとそれを確かめることができた。
これからはお互い、もっともっと近くにいることにしよう。
【END】
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