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一度しか言わない
お前はいつも俺を抱きしめて、『愛している』って囁いてくれる。
だから俺も、お前を抱きしめ返して、『俺も』って呟く。
お前はそれを聞いていつも、『早く愛してるって言ってくれよ』って苦笑する。
そんなむず痒い言葉、俺には恥ずかしすぎて言えるわけがない。今でも、『好き』すらまともに言うことができないんだから。
「拓実(たくみ)、愛しているよ」
「……俺も……」
俺のその返事を聞いて侑妃(ゆうひ)はクスリと笑うと、俺の額にキスをしてきた。
今日はいつもみたいなことを言わないな。
俺はキスされた額を押さえながら思った。
いつもなら俺が答えた後にお決まりの台詞を言うのに、今日の侑妃は何も言わずに俺を優しい目でただじっと見ていた。
もしかして、俺の決心を見破ってる?……って、そんなわけないか。
俺はそんなことを思いながら前から考えていたある決心を固めると、侑妃を見た。
「侑妃……」
「何だ?」
「あの…さ……」
俺が決心していたこと、それは……。
「あ…いして……る」
今まで一度も言ったことのなかった、『愛してる』を言うことだった。恥ずかしすぎて尻すぼみな言い方になってしまったけれど……。
「嬉しいよ、拓実」
俺の言葉を聞いた侑妃は、満面の笑みを浮かべ、俺を自分の腕の中に収めた。
あの言葉を口に出した後にこうやって抱きしめられると、いつもよりも恥ずかしく感じてしまい、顔に熱が溜まっていくのが分かる。
「今日は、何となく言ってくれそうな気がしてたんだ」
侑妃は耳元でそう囁いた。
……やっぱり見破られてたのかよ。もしかして俺、態度に出てたとか?
「も、もう言わないからな!」
俺は自分の態度を思い出しながら、照れ隠しのために侑妃に向かって怒鳴るように言った。
「もう言ってくれないのか?」
「あ、当たり前だ!あんな言葉、恥ずかしくてそう何度も言えるか!」
「残念だな。さっきの拓実、可愛かったのに」
「可愛いとか言ってんじゃねえよ!」
文句を言いながら侑妃を見上げる。侑妃の表情は、いつにも増して嬉しそうな笑顔になっていた。
その顔を見て俺は、そんな顔が見られるなら、もう一度言ってもいいかもしれない……。と、思ったのだが──。
「やっぱりもう言わない」
「はいはい」
俺はぶすっとそう言うと、軽く答えた侑妃の胸に顔を埋めた。俺の背中に侑妃の手が回される。
できることなら俺だって、侑妃みたいに何度でも言ってやりたい。でも、恥ずかしすぎる。
自分の気持ちを伝えるのが恥ずかしいだなんて、おかしいのかもしれないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
一度しか言わなくても、ちゃんと気持ちが伝われば、別にいいよな……?
【END】
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