SS
拾い人
「おっさん」
目の前にいる少年がそう言ってきた。
周りには俺しかいないから、『おっさん』とは俺のことなのだろう。
……俺、まだ二十五なんだけどな……。
「おっさんって独身だよね?で、今彼女いないよね?」
少年は笑顔を浮かべながら、さらりとキツい言葉を口にしてきた。
……なぜ分かるんだ?確かに俺は独身だし、彼女もいない。
「だから何だ?」
俺は多少顔を引きつらせながら少年に訊く。
「だよね!」
いや、『だよね』って……。そんな笑顔で言われたら、おっさん傷つくよ?あ、自分でおっさんて言っちゃった。
俺は何だか虚しくなりながら心の中でつっこみ、少年に向かって乾いた笑いを浮かべた。
「ねえ、おっさん。そこでお願いがあるんだけど、おれを拾ってくんない?」
「……はい?」
……拾う?えーと、それはどういう意味?猫拾うとかそんな感じ?いや、でもこの少年はどっからどう見ても人間だし。アレ?なんか何考えてんのか分かんなくなってきた。
「……拾ってって?」
「おれをおっさんの家に置いてくださいってこと。だめ?」
上目遣いで訊いてくる少年。
いや、だめって。そりゃだめに決まってるだろ。
「えーと……。少年、君、家は?」
「なあ、だめ?」
おーい。人の話聞いてるかい?聞いてないよね?完全無視だよね?
「おっさん、マジお願い!何でもするからさ!」
両手を合わせて、少年は拝むようにして頼んできた。
なぜこの少年は、ここまで必死に俺に頼んでくるのだろう?別に、俺でなくともいいんじゃないだろうか?
「……わかったよ」
俺は少年に対してたくさんの疑問を覚えながらも、そう了解の言葉を口にしていた。
自分でもなぜだか分からないが……。
「マジ!?やったー!」
「ただし!金輪際俺のことを『おっさん』とは呼ばないこと」
「はーい、分かりました、おっさん」
おいぃっ!早速破ってんじゃないか!!
「……少年──」
「莉一(りひと)」
「は?」
「おれの名前は、り・ひ・と。だから、『少年』じゃなくて名前で呼んで?」
「……莉一くん」
「はーい」
「ちゃんと俺の言うことは聞いてくれよ?」
「はいはーい!」
……本当に分かってんのかね、この子は?
「なあ、おっさん」
だからー!やっぱり分かってないし!!
またもや『おっさん』と呼ばれ、俺は頬をひきつらせる。
「名前は?」
「名前……?」
「そう、おっさんの名前。名前分かんなきゃ、『おっさん』って呼ぶしかないじゃん?」
まあ、それもそうか。
俺はそう思うと、莉一に自分の名前を名乗った。
「俺は昌幸(まさゆき)だ」
「そっか。よろしくな、昌幸さん!」
莉一はにっこりと笑うと、俺の手を引いて歩き出した。
……何だか、凄く苦労しそうなんですけど?俺の選択は間違っていたのかもしんない……。
俺はそんなことを思いながら、莉一のことを見る。
「それより莉一くん?」
「ん?」
「道、分かってる?」
「知らなーい。昌幸さん、道案内よろしく!」
……おいおい。
俺は、自分の予想があながち間違っていないことを悟った。
「……苦労が絶えなさそうだ」
「何?」
「何でもないよ。ほら、そこの角を右」
「はーい」
俺は先を歩く莉一に道案内をしながら、自宅へと向かった。
【END】
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