SS

間違いだとは言わせない



 どうやったら、この気持ちを君にはっきり伝えることができるんだろう?
 もし言ったとしても、僕たちの関係がギクシャクしてしまったりとかはしないだろうか?
 ……するわけ、ないか。
 これ以上、君との関係が悪化するわけはないかな?だって僕たちは、犬猿の仲のようなものだから。





「おい、お前。何こっちじっと見てんだよ?気色わりいじゃねぇか」
「そうかい?それは悪かったね。気分を害したのなら謝るよ」
「……お前、何か悪いもんでも食ったのか?」
「なぜだい?」
「お前の口から皮肉が出てこないなんて、何かヤな予感がしやがるぜ」
 君はそう言って肩を震わせると、自分で自分を抱きしめた。
「なんだ。君は皮肉を言って欲しいのかい?」
「んなわけあるか!さっさとどっか行け!」
 僕の言葉に君は怒鳴ると、犬を追い払うかのように手を振ってきた。
 そんな仕草をする君が可愛らしく見えてしまう僕は、相当重傷なのかもしれない……。
「分かったよ。今日は君のお望み通り、早々に退散することにするよ。でもね、その前に一つだけ言ってもいいかな?」
「何だよ」
 こんな形で言うものではないと思うのだけれど、何となく今言わなければいけないと思ってしまった。本当に何となくだけれど……。
「僕、君のことが好きらしいんだ」
 僕のその言葉を聞いた君は、目を大きく見開いて僕を見てきた。
 想像していた反応をされ、僕は思わず笑ってしまいそうになったけれど、何とか持ちこたえた。
「特に返事などは求めていないよ。これは、僕の一方的な想いなのだからね。言いたいことはそれだけだよ。じゃあね」
 僕は早口にそう言うと、足早にその場を後にしようとした。
 言い逃げのようになり少し気が引けたが、こんな形でしか僕は自分の気持ちを言えないのかもしれないなと思った。
「お、おい!ちょっと待てよ!」
 君に止められるが、僕は足を緩めることはしなかった。
「おいっ!待てっつの!」
 さっさと歩いて行ってしまおうとする僕に、君は怒鳴ってきた。そしてその後、予想もしていなかった言葉を聞かされ、僕は思わず君の方を振り返ってしまった。
「言い逃げなんて汚ねえぞ!俺だってお前が好きだ!」
 君はその言葉を言ってから、しまったという風な顔になり、慌てた様子で口を押さえた。
「いいい、今のは言い間違いだ!なしだ!忘れろ!さっさと行っちまえ!」
「……それは、無理だね」
 僕は思わず口角をつり上げると、思い切り動揺している君の側まで踵を返し、じっと君を見つめた。
 君は目を泳がせながら、決して僕と目を合わせようとはしない。
「どうしたんだい?本当に間違いだったと言うのなら、ちゃんと僕の目を見て『違う』と言ってみてよ。そうしないのなら、君は僕と同じ気持ちだってことだから……」
 このままキスしてしまうよ?と、君の顎に手を添えて言う。
「ば、バカ!やめろ!」
「言葉が違うけれど?それともやっぱり、僕と同じ気持ちだから言わないのかな?」
 顔を近づけながら、わざとおどけたように言った。
「ふざけんな!お、お前なんかキラ…イだ」
「だからね、それを言うならちゃんと僕の目を見て言ってくれないかな?」
 僕は苦笑をもらしながら、真っ赤になっている君の頬をそっと指で撫でた。
 それに君は少し身を震わせただけで、頬にある指を払いのけようとも、僕から離れようともしなかった。
「急に大人しくなって、どうかしたのかい?」
「ま、間違いとかじゃねえよな……?」
「何が?」
「お前が、さっき、言った…こと……」
「何のことかな?」
「てめっ!わざとらしいんだよ!」
 君はそう言うと、自分の頬に触れていた方の僕の手を掴んで、少し潤んでいる瞳で真っ直ぐ僕のことを見てきた。
 その瞳はいつものような強気なものではなく、まるで『不安』とでも言いたそうな風に揺れていた。
「僕が嘘をついたことが一度でもあったかい?」
「てめぇの言ってることは嘘っぽく聞こえんだよ」
「それは酷いな。僕はいつでも本当のことしか言っていないのに」
 僕は微笑みながら言うと、ふわりと君の唇にキスをした。
「ばっ!おまっ!?」
「真っ赤で可愛い……」
「そんな目で…見るんじゃねぇよ」
 急にしおらしくなってしまった君が珍しくて、そんな君をもっと見ていたくてもう一度唇を重ねた。
 角度を変えて甘く啄むように口づけを繰り返していく度に、時折漏れてくる君の吐息が何とも言えなく扇状的で、唇を離すのが惜しいと思ってしまった。
 これ以上したら君はどんな反応をくれるのだろうと期待に胸が膨れるのだが、ここはいつ誰が通ってもおかしくない道。
 別に、この光景を誰かに見られたとしても、僕はそんことはまったく気にはしない。
 君は凄く気にすると思うけれど、今の君は周りに気を配っている余裕なんてなさそうだった。
 だが僕が一つだけ気にするとするなら、この可愛く君らしくない愛らしい姿を僕以外の他人に見られてしまうのは絶対に避けたい。というか嫌だ。
 これは、僕の中に生まれた嫉妬心が思わせていること。
 僕はそれほど君に夢中になっていたということなんだろうな……。
「──っはぁ」
 唇を離すと、君は切なげに息をついて、潤んでいる瞳で僕のことを見つめてきた。
「凄く可愛い顔だよ。もしかしたら、誰かに見られていたかもね」
「なっ!?」
 本当は誰も通ってなんかいないし、誰にも見られてなどいないのだが、君の反応が見てみたい。そんなことを思い、つい意地悪な言葉が口に出てしまった。
 君の反応は予想以上で、顔を真っ赤に染めて周囲を見ながら口を金魚のようにパクパクしていた。
 その姿が何とも言えず可愛らしくて、堪えられずに思わず笑ってしまった。
「て、てめえ、嘘つきやがったな!?」
「嘘だなんて滅相もない。僕はただ、『見られていたかも』と言っただけだろう?」
「──!やっぱりお前は嫌いだ!」
「僕は好きだよ」
「ば、馬鹿野郎!そういうところが、嫌い…だって言うんだよ!」
「ふふふ。……ねえ、僕が言ったこと間違いなんかじゃないから、これから僕の家に来ないかい?」
 君の耳元に口を近づけ、低く囁くように言う。それに君は肩をすくめると、言葉にならない声を出して目を泳がしていた。
「どうかな?」
「な、何で行かなきゃならねえんだよ!」
「君と話がしたいから。駄目かい?」
「…………分かったよ!い、行ってやってもいいが……、キス以外のことはしないって誓えるか!?」
「キスはしていいの?」
「あ……。そ、それは……」
 自分の失言に顔をしかめている君に、僕は微笑みながら君の手を取って歩き出した。
「ば!お前!手なんか繋ぐんじゃ──」
「大丈夫。誰か来たら離すから」
「そういう問題じゃねえよ」
 僕はそう言って、少し不服そうな顔をしている君の手を引いて歩いて行く。





 自分の気持ちを伝えてしまったら、もう君とは話もできなくなってしまうと思っていた。
 しかし、予想外に君と僕の想いは同じだった。
 君と気持ちが一緒だったことには驚きだけれど、君に想いを伝えたからそれを知ることがでた。結果的には伝えて良かったんだ。



【END】