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迷い
この心にある想いは、一時の気の迷いから生まれたものだったはず。
別に、本気であんたに惚れていたわけじゃなかった。本当に気の迷い…のはずだった。
そのはずなのに、いつの間にか本気で好きになってしまっていた俺がいる……。
──俺はあの時、寂しかったんだ。好きだった娘に彼氏ができたって知って、ショックだったんだ。
そんな時にあんたが俺の前に現れた。
どこの誰かなんて知らなかった。いくつなのかも知らなかった。
ただ、見ず知らずの俺に温かい手を差し伸べてくれた。文句一つ言わずに、俺の話を聞いてくれた。
──だから錯覚をしちまったんだ……。
錯覚だって、気の迷いだったって、そう思わなければおかしくなってしまう。
だって、こんなこと普通ならあり得ないじゃないか?
──人を好きになるのは突然だ。けれど、それは性別が別の奴だけだと思っていた。
まさか、仮にも自分と同じ性別の奴を…好き…になってしまうなんて、思いもしなかった。
そう、俺が錯覚だって思いたくなるくらい好きになってしまったらしい相手は、結構素敵なお兄さん。
目鼻立ちはしっかりしていて、背も高くて程良く筋肉もついていて…男の俺から見ても、見惚れてしまうような美男子だった。
ちょっと大袈裟かもしれないけど……。
そんな、思わず一目惚れしてしまうような容姿にプラスして、暖かく優しく接してもらったおかげで、好きになっちまったって、惚れちまったんだって思う……。
いや実際、本気で惚れてしまったのかな?
……ははは。もう、わけわかんねえ……。
こんな考えが、堂々巡りのように俺の頭の中で繰り返されている。
「雪斗(ゆきと)くん?どうかしたかい?」
「何が?」
「いや、今微笑っていたから」
「え?嘘……」
「嘘じゃないよ。何だか、悲しそうな顔で微笑っていたよ」
そう俺に声をかけてきたお兄さん──夏芽(なつめ)さんは、優しい顔で俺を覗き込みながら言った。
夏芽さんは人の感情を読みとるのが本当にうまいと思う。俺が何かを隠しても、すぐにばれてしまうくらい。
普通ならそれを煩わしいとか思うんだろうけど、俺はそんな風に思ったことはなかった。
俺はあまり感情を表現するのが得意じゃないから、夏芽さんのそういうところはすごく嬉しかった。
「……今さ、俺が夏芽さんを本当に好きなのか、そこんとこが不安になって……」
俺は正直に思ったことを言うと、微妙に夏芽さんから目を逸らした。
今の言葉は、夏芽さんに凄く失礼だと思う。けれど、言わずにはいられなかった。自分の気持ちが知りたかったし、夏芽さんの気持ちも知りたかったから──。
「何だ、そんなことを考えていたのかい?」
夏芽さんは俺の言葉に、気を悪くした様子はなさそうにそう言った。
「不安に思うのは当たり前だろうね。なんせ、僕たちは出逢ってまだ半年も経っていないんだから。お互いのことは、まだまだ知らないことだらけだろう?そう思っても何ら不思議はないよ」
夏芽さんは言うと、俺の頭を優しく撫でてくれた。
子供扱いされたみたいで少しムッとしたけれど、それが夏芽さんの優しさなんだって思うと、別に嫌な気はしなかった。
「君は本当に僕のことを好きじゃないかもしれない。それは君にしか分からないことだ。だから僕は待つよ。君が迷いを振り払うまで」
僕は君が好きだから。
夏芽さんはそう言うと、少し愁いを帯びた微笑みを浮かべた。
俺はその表情を見て、胸が裂けそうなほどの衝撃を受けた。
あんたにそんな表情はしてほしくない。あんたには、暖かく優しい笑顔が似合ってる。そんな顔してるのはあんたじゃない。
俺はそう思うと同時に、自分の気持ちにもはっきり気づいたような気がした。
俺は、夏芽さんのことが本当に好きだったんだ──。
迷いが生じていたのは、同性愛に踏み切れていなかった俺の、最後の小さな抵抗だったのかな?
「……夏芽さん」
「ん?」
「やっぱ…好きみたい」
その言葉を言うのが恥ずかしくて、少し早口に言って夏芽さんを斜めに見つめた。
「ふふ。ありがとう。雪斗くん、これからももっと悩んで大きくなってね」
「……親父みたい」
でも、ありがとう。夏芽さんの言葉のおかげで、だいぶ気持ちがすっきりしたよ。
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