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愛はひとりでに★



 叶わない恋だと知っているからこそ、燃えるものがある。最初はほんの出来心だった。
 高校に入学して二年。俺は毎日、どこか物足りなさを感じながら生活していた。
 刺激を欲した時には喧嘩をしたし、欲望が溜まれば気まぐれに女も男も抱いた。
 完全に己の欲望に忠実に生きていたはずなのに、この物足りなさはいったい何なんだろう。
 ──もっと強い刺激を。もっと強い快楽を。
 そう思い、何となく誘った相手に俺はハマりそうになってしまっている。





「お前、何俺より先にイきそうになってんだ?」
 俺はそう言いながら、目の前に横たわっている、両手首を頭上で一括りされ淫らに裸体を露わにしている男の雄の根元を強く握る。
「あっ……!ごめんっ……」
「まったくお前は、何でこうも堪え性がないんだろうなぁ?」
 欲望をせき止められ生理的な涙を流す男を見ながら、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
 今、俺の目の前に横たわっている男は、俺よりも八つ年上の営業マン。俺より十センチほど身長も高く、体格もいい。
 男の名前は斎藤孝康(さいとうたかやす)。最近俺がゲイバーでナンパをした人物だ。
 孝康のことは、一目見て気に入った。こいつなら、俺の言うことを従順に聞いてくれるだろうと思い、すぐにアクションをかけた。
 結果はご覧の通り。
 最初は本性を隠していたけれど、今ではもう素に戻っても平気なくらいになっている。
「こんなにすぐイくんじゃ、ちゃんと俺を満足させることなんてできないよなー?ほら、今にもはちきれそうでピクピクしてる」
「くっ…あっ」
 孝康は言葉責めに弱いらしく、触ってもいないのに雄の先端から先走りを垂らしている。それを舐めとってやると、腰を浮かせて快感を耐える。
「俺ももう限界なんだけど、孝康がこんなんじゃ、俺ん中に挿れただけですぐにイっちまうよな?どうしようか……?」
 俺は孝康に見せつけるように自分の後孔を指で慣らしながら、思案するように孝康に言う。
 そんな俺に煽られるのか、孝康の雄がヒクリと揺れる。
 愛おしい……。
 孝康を見てそう感じるようになったのはいつからだっただろう。初めはただの遊び相手だったのに、いつの間にか好きになっていた。
 こんな気持ち、孝康に知られてはいけない。孝康だって、俺をただのいい性欲のはけ口くらいにしか思っていないはずだ。
 だって、俺はそういう目的だと言って孝康を誘ったんだから。
「挿れるよ?」
 考えていることを表情に出さないように笑みを浮かべ、孝康に跨る。
「あっ…あつい……。孝康のすげえ…奥まで入ってくる」
「くっ……ゆう…き……」
 孝康が快感に眉を顰めながら俺を見上げてくる。
 快感で赤く染まった頬、潤んだ瞳。俺が動くごとに快感に歪む顔。そのすべてを、俺のものにできたらどんなに──。なんて考えてしまう。
「ゆうき……」
「何、孝康?」
 見上げてくる孝康の顔が、いつもの顔と少し違う。俺がそう感じた瞬間には、俺は逆転して孝康に組み敷かれる形になっていた。
「あっ……!たか…やす、どうした……?」
「ゆうき、俺、もう、我慢できない……!」
「あっ!たかっ……」
 孝康は言ったと同時に、激しく腰を打ち付けてきた。
 今までの孝康からは想像のできない行動に、俺はただ驚いて、孝康から与えられる快感に背中を弓なりにしならせた。
「あっあ…たか……!んっ」
「ゆう…き……愛して…いる……」
 苦しそうな息の中孝康は囁くと、頂点に達すためにいっそう激しく腰を進めてくる。
「えっ?あっ…はっ…んんっ…あっ……イくっ!」
 今のは何だ?聞き間違え?
 俺の中に孝康の吐き出された熱を感じ、俺も腹に白濁を散らした。
 いつもより激しかったせいで、息が上がったまま治まらない。
 さっきの孝康の言葉は、俺の聞き間違えだったのだろうか。だって、孝康が──なんてあり得ないことだ。
「ゆうき……」
 正面から孝康が俺を抱きしめてくる。ずっとその腕に抱かれていたくなる気持ちになり、俺は慌てて孝康の腕から抜け出した。
 違う、違う──。
「待って、ゆうき!」
 部屋から出て行こうとする俺に、孝康は声を荒げて俺の腕を掴んできた。その腕の強さに、俺は先に進むことができなくなりその場に立ち止まる。
「ゆうき、俺の話を聞いてくれ……」
「何だよ、話って?別に話すことなんてなくね?」
「俺が話すことがあるんだよ」
 孝康は言うと、俺を掴んでいる腕を自分の方に引き寄せ、俺を背中から抱きしめてきた。
「な、何してんだよ孝康?」
「愛してしまったんだ……」
「何言って……」
 愛──。嘘だ、そんなのあり得ない。
「信じて。嘘なんかじゃないから」
 孝康は低く囁くと、俺の肩口に顔を埋めてキスをしてきた。
「やめろよっ!俺たちは、ただのセフレのはずだろ?」
 孝康の言葉にまともに動揺してしまい、俺は思い切り孝康を振り払い、孝康を正面から見る。
 まっすぐ見つめてくる孝康の瞳。孝康は嘘なんて言っていない。それが分かる瞳だった。だからなおさら、俺は孝康の目が見れない……。
「そう、俺も初めはセフレのつもりだった。君は可愛いし、セックスも上手いし、セフレとしては申し分もない相手だった。でも、いつからだったか、俺は君に逢うのが楽しみになっていた。君が、ゆうきが好きになった。愛してしまったんだ……」
 孝康は柔らかく微笑むと、すっと手を伸ばして俺の手に触れてきた。暖かいその感触に、俺はその手を振り払うことができずに目を逸らしたまま何も言わないでいた。
 口を開いたら言ってしまいそうだった。『俺も』と──。
「俺の言っていることは、ゆうきにとったらただ迷惑なだけなのかもしれない。でも、この関係だけで終わらせたくはない。俺は、君とずっと一緒にいたいと感じてきているんだ」
 俺の手を握る孝康の手の力が強くなった。
 苦しい……。どうしようもなく苦しい……。
「俺はゆうきのことを全然知らない。もっともっと、ゆうきを知りたいんだ。だから、泣かないで……」
「泣く……?」
 孝康に言われ、孝康に握られていない方の手で自分の顔に触れる。
「何で……?」
 頬に触れ、濡れているのに気づいて思わず声を出してしまった。
 なぜ俺は泣いているんだ?泣く必要なんてどこにもないはずなのに。
「ごめん、嫌だった…よね?」
 俺が泣いているのを自分のせいだと思ったらしい孝康が、俺から手を離して謝ってきた。
 違う……。違うのに……。俺は、お前が──。
「どうすりゃいいんだよ……」
 気持ちの整理がつかない。俺だって、孝康を愛しいと思ってる。けれど、こんなの俺にどうしろってんだよ──。
「どうしたんだい?」
「叶わない恋だって思ってた……。だから、ずっと心の内だけで想っていられたらいいと思っていたのに」
「ゆうき?」
「俺だって同じだ。お前はただのセフレで、刺激が欲しくて、気紛れで……。ハマるつもりなんて、なかったのに……」
 女々しい……。俺は、こんなにも女々しい奴だったなんて……。
 一度口に出してしまったら歯止めが効かなくなる。想いが溢れてきて、止まらなくなってしまいそうだ。
「何で俺は──」
 俺は叫ぶように言いながら、孝康に掴まれている方の腕を思い切り引き寄せ、孝康の唇に自分のそれを重ね合わせた。
「んんっ!?」
 俺の突然の行動に孝康は驚きはしたものの、口腔内に入ってきた俺の舌をすぐに受け入れ、激しく濃い口付けを交わしあう。
 今までにないくらいの激しいキス。想いをすべてこのキスに乗せてしまえたらいいのに。そんなことを考えながら、孝康を貪る。
 長い間キスを交わしあい、どちらとともなく唇を離す。
「ゆうき、俺は、ゆうきが俺を好きでいてくれてるって自惚れてもいいのか?」
「……知らない」
「知らないなんて酷いな。でも、その答え方は、いいってことなんだよね?」
「………………」
 俺が黙っていると、孝康が俺を突然抱え上げてベッドの上へと連れていった。
「自惚れるよ……。愛している、ゆうき……」
 孝康は甘く低い声で俺の耳元で囁くと、耳朶を甘噛みし、首筋から順にキスを落とし始めた。
「んっ…たか……」
「何?」
「俺も、愛して…る」
「──っ!」
 俺が孝康の髪を好きながら言うと、孝康は目元を朱に染め、嬉しそうに顔を綻ばせると、力強く俺を抱きしめてきた。
「本当?」
「本当。いつからか分かんねえけど、好きで好きでたまらなかった。この気持ちを気づかれないようにするの、すげえ大変だったよ」
「言ってくれたら、よかったのに」
「言えるか、アホ……」
 照れ隠しのために強めに言うと、孝康を抱きしめ返して、
「思い切り、抱け──」
 強請るように孝康に言った。
「ゆうきの望むままに」
 孝康は俺の首筋に強く吸いつき、優しくしかし熱い愛撫を始めた。
 もう、怖がる必要も我慢する必要もないんだ。俺は孝康が愛おしくて、孝康も俺のことをそう想ってくれている。
 それがこんなにも幸せなことだなんて、全然想像もつかなかった。


 叶わない恋だと知っているからこそ、燃えるものがある。だけどそれが叶ったら、よりいっそう熱く燃えるものなんだ──。



【END】