SS
卒業
俺は一人、教室の元自分の席に何をするわけでもなく座っていた。
今日は高校生活最後の日……俺たちが主役の卒業式のあった日だ。
式の方はもうとっくに終わっていて、まだ学校に残っている卒業生といったら、おそらく俺だけだろう。
「はぁ……。高校生活も今日で終わりか。本当、あっという間だったな……」
教室に誰もいないのをいいことに、俺は独り言を呟いた。
「……卒業したらあいつとあんまり逢えなくなっちまうんだろうな」
自分で言ったこの言葉に、俺は胸がズキリと一つ痛むのを感じた。
高校生活が終わってしまうということには、さほど未練はない。
だが、あいつと逢える機会が少なくなってしまうということを考えると、どうしてもあいつとの思い出の沢山あるこの学校から、離れがたいものがあった。
あいつ……雅弥(まさや)とはこの高校に入ってから知り合った。
一年の時から三年間同じクラスで、最初から気があった俺たちは、今では何でも腹を割って話せるという“親友”となっていた。
……でも、いつの頃からか俺は、雅弥のことを親友以上の目で見るようになってしまっていたのだ。
程良く日焼けした健康的な肌。
サラサラと指通りの良い茶色の髪。
くっきりとした二重の目に色素の薄い茶色がかった瞳。
すっと筋の通った鼻梁。
俺よりも少し低い背に、女とは違うしっかりと張った肩。
それに、あの人懐っこい笑顔……。
そんなあいつの姿を思い出すだけで、俺の心臓は大きく高鳴ってしまう。
…雅弥をこの腕で強く抱き締めたい……
何度こんなことを思ったことか。
俺は幾度もこの考えを否定しようとし、いろんな女子とつき合ってみたのだが、どうしても雅弥のことが頭から離れず、誰一人として長続きはしなかった。
そんなことを繰り返していくうちに、ますます雅弥への想いが大きくなっていく自分がいるのに気づいた。
「あーあ、俺ってば何でこんなに馬鹿なんだろ?」
そう言って自嘲気味に微笑った。
本当に俺は馬鹿だと思う。よりによって好きになってはいけないような相手、親友で、しかも男の雅弥のことを、好きになってしまったのだから。
それ故に今の今まで、その想いに苦しめられてきたのだ。おそらくこれからも、雅弥以上の人間が現れるまでは、この想いに苦しめられることになるだろう。
…この想いを雅弥に伝えて、振られてしまえば少しは楽になるんだろうか……?
そんなことを考えていると、ふいに目の前の教室の風景が滲み、涙が頬を伝った。
「…………っ!何、泣いてんだ……俺?」
そう呟いた途端、今までため込んでいたものがすべて流れ出てくるかのように、涙が次から次へと溢れだしてきて止まらなくなった。
この教室にはもう誰もいないというのに、俺は歯を食いしばり机に突っ伏して、声を押し殺すようにして泣いた。
…雅弥に会いたい。
…雅弥の声が聴きたい。
…雅弥を、好きだと言って思いきり抱き締めたい。
…こんなに悲しいのは初めてだ。それに、こんなに苦しいのも……。
そんなことを想いながら泣き続けて、どれくらいが経った頃だろうか。突然携帯のバイブが震えだした。
俺はゆっくりと顔を上げ、ズボンのポケットから携帯を取り出して呟いた。
「雅……弥?」
そう、携帯の液晶画面には雅弥の名前が映し出されていたのだ。
その名前を見た瞬間、俺は胸が締め付けられるのに似た感覚に襲われた。
…なんでこんなときに雅弥から電話がかかってくるんだよ?
俺はそんなことを思いながら、なんとか涙を止め深呼吸を一つしてから、少し震える手で通話ボタンを押した。
「……もしもし……」
『もしもし結人(ゆいと)?やっと出たな。なぁ、お前今どこにいる?』
雅弥の声を聴いた途端、さっき止めたはずの涙が再び溢れだしてきた。
…ヤバい。雅弥に気づかれたらどうしよう。そんなのは絶対に嫌だ。
「学校に、いるっ」
なんとか涙を止めようと必死に努力したが、止めどなく流れてきてしまい、どうしても止められない。
『どうした?なんか声が変だぞ?』
「気のせい、だろっ。それより、なんか用があるのか?」
俺は今の状況を雅弥に悟られないように、電話を持っていない方の手で制服のズボンを強く握り締め、努めて明るく言った。
『んー?別に、これと言った用事はないんだけど。ただ、何してんのかなぁって思って』
「そうか」
『ああ。それよりお前、学校なんかで何してるんだ?』
そう問われて、特にやましいことをしている訳でもないのに、思わずドキリとしてしまった。
「別に……。ただちょっと感傷に浸ってるって言うか、なんて言うか……」
『なんだよそれ?』
雅弥は、ははは、と笑いながら続けた。
『てことは暇ってことだよな?』
「まぁ、一応はな」
『そっか、よかった。なら今から俺ん家来ないか?』
「へっ?」
雅弥の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
『なんでそんな声出してんだよ?さっきからマジでどっか変だぞ。なんかあったのかよ?もし何かあったんだったらすぐ言えよ?親友なんだからさ』
ずきっ
雅弥の“親友”と言うその一言に俺の胸は鈍く痛んだ。
…そうだよな。あいつにとっちゃ俺は親友……なんだよな。
分かってはいた。分かってはいたけれど、実際に雅弥の口からその言葉を聞いてしまうと、なんとも言えない苦しさに胸が締めつけられてしまって、喉の奥が詰まり声が出てこなかった。
『おーい、結人。聞こえてるかー?』
「あ、ああ。聞こえてる。悪い、ちょっとぼーっとしてた」
やっとの思いで声を絞り出して答える。
『おいおい、大丈夫かよ。で、どうだ。来れるか?』
「あー……」
…会いたいけれど行きたくない。
今の揺れているこの心境で雅弥に会ったりしたら、何か取り返しのつかないことをしでかしそうで恐いから。
「今からだよな?分かった、行くよ」
それなのに、俺の口からは思っていることと正反対の言葉が出てきた。
『おう、待ってるな。じゃ、また後で』
「ああ、後で」
そう言って雅弥が先に電話を切った。
俺はしばらく雅弥の声の余韻に浸ってから、携帯をポケットにしまった。
…なんで行くなんて言っちまったんだろう。
自分の言ったことに対して疑問が浮かんできたが、深く考えたって仕方がない。と、自分に言い聞かせることにした。
「……顔洗ってこよ」
呟いて席から立ち上がる。
涙はいつの間にか止まっていたらしく、乾いた涙の跡で頬が突っ張っていた。
トイレへ行き、蛇口をひねる。
今は三月の始めということもあって、手に取った水はまだ冷たく感じられる。
だが、その冷たさも今の俺には丁度いいものだった。
何度か顔を洗ってから何気なく鏡を覗きこんだ。
「まだ少し目と鼻が赤い……かな?」
鏡に映った自分の顔を見てそう呟き、つい苦笑いを浮かべてしまった。
…こんな顔、誰かに見られたら最悪だな。本当、俺らしくない。
そう思いながらポケットからハンカチを取り出して顔を拭き、そのまましばらく鏡に映っている自分の顔を見つめた。
しばらくしてから、
「大丈夫だ俺。しっかりしろ!」
と言い、ぱしっ、と一回頬を叩いて自分に気合いを入れてやる。
…まだ目は充血していたけれど、雅弥の家に着く頃には元に戻ってるだろう。
そう思いながら荷物を取りに教室へと戻り、ゆったりとした足取りで校舎を後にした。
校門を出るとき、一度立ち止まり「じゃあな」とぽつりと呟いて。
雅弥の家が見えてきたとき、俺は思わず立ち止まってしまった。
「……雅弥?なんで家の前にいるんだ?」
そう、雅弥の家の前に雅弥本人が俯いてしゃがんでいたのだ。
その姿がどこか淋しげに見え、それを見た俺の胸は小さく高鳴った。
…何やってんだ?
などと思いながら見ていると、ふいに雅弥が顔を上げて俺の方を見た。
「あっ、結人!何そんなとこで立ち止まってんだよ?早く来いよ!」
淋しげな表情から一変して、明るくにこりと笑いながら、大きく手招きをして俺のことを呼んだ。
…恥ずかしいけど、可愛いやつ。
雅弥の行動にそんなことを思いながら、そちらの方に向かって歩きだした。
「お前、ここで何してたんだ?」
雅弥の目の前まで言って、俺は疑問を口にした。
「んー?結人が来るの待ってた」
「そ、そうだったのか」
その一言が、今日はなぜだか妙に嬉しく感じる。
「お前にしちゃ珍しい行動だな」
「そうだよなぁ。自分でもそう思う。結人が来るってだけなのに、今日はなんか落ち着かなくってさ。だから外に出て、お前が来るの待ってみた」
「何女々しいこと言ってんだよ?」
言葉ではそう言いつつも、俺の心臓は雅弥の言った言葉で鼓動が速くなっていた。
「うるせー。俺も言っててそう思ったけど、結人に言われるとなんかムカつく」
雅弥は拗ねたように口を尖らせながら、家の中に入るよう俺を促した。
…何で今日に限ってお前はそんなに可愛いんだよ?
そんな馬鹿なことを考えながら、雅弥の後ろについて家に入っていった。
「なんか飲むの持ってくるから、テキトーに何かして待ってて」
「おー」
俺が雅弥の部屋に入るなり、雅弥はそう言って階段を下りて行った。
勝手知ったる雅弥の部屋ということもあり、ラックの上にあがっているコンポに電源を入れ、音楽を聴いて待つことにした。
電源をつけたコンポから流れてきたのは、雅弥が好んで聴いているバンドのバラード曲だった。
…バラードか……今の俺にぴったりの曲だな。
そのバンドの曲を聴きながら、俺はふっ、と鼻で小さく笑った。
「何一人で笑ってんだ?こえーぞ」
そこにちょうど飲み物を持って戻ってきた雅弥が、笑っていた俺を見て言った。
「ほっとけ」
「はいはい。ほらよ」
雅弥は微笑しながら、俺に飲み物を渡してくれた。
「お。サンキュ」
雅弥から渡された飲み物を受け取り、その場に腰を下ろした。
「それで?なんで俺を呼んだんだ?」
本当は理由など全く気になどしてなかったのだが、何となしにそう口にした。
「んー。特にこれといったことはなかったんだけどさ……」
雅弥はベッドに腰を下ろし、飲み物に口をつけながら、何やら考えるような顔をして言った。
「たださ、今日で俺たち高校を卒業しただろ?」
「ああ、そうだな」
「俺さ、家に帰ってきてからずっと考えてたんだ。卒業しちまったら、結人にあんまり逢えなくなるんだろうなぁって」
「そ、そうなるだろうな。大学も違うことだし」
…まさかこいつも俺と同じこと考えてたなんて……。今日は予想外なことが多い日だな。
俺は内心少し嬉しいように思いながら、次の雅弥の言葉を待った。
「それで、その、なんて言うか、淋しくなっちまうなぁって思ってたら、なぜだか結人に逢いたくなった、って言うか……」
雅弥は歯切れ悪くそう言うと、「あー!俺ってば何が言いたいんだ!!」と言って髪をがしがしと乱し、沈んだような顔をしてそのまま黙ってしまった。
…今のはどういう意味だ?淋しくなるって?そんな言い方ってまるで……。
…くそっ、なんでよりにもよって今日そんなことを言ってくるんだよ?
…そんなこと言われたら、抑えが効かなくなっちまうじゃねぇか!?
俺は雅弥の言動を見て、疑問と葛藤が同時に頭に浮かんできた。
…どうすりゃいいんだよ俺?
俺はそう思い、雅弥を見つめた。
雅弥は決まりが悪そうに睫毛を伏せていて、俺はその姿が妙に愛らしく感じられた。
俺は雅弥のその姿を見て、段々と気持ちが抑えきれなくなってきて、まともに考えられなくなってきていた。
「そんな顔すんじゃねえよ……」
俺は思ったことを小さく呟くように口にだした。
「え?」
雅弥は伏せていた睫毛を上げ、俺が呟いた言葉に対して不思議そうな顔を向けてきた。
「そんな顔すんじゃねぇよっ。そんな顔されると俺、辛くなっちまうじゃねぇか?俺の方がお前よりもずっと淋しくなるって思ってんだよ!」
俺は思わずそう怒鳴ると、雅弥のぐいっと自分の方に引き寄せ、驚いている雅弥の唇にキスをした。
その時、俺の中の何かが“やめろっ”と言ったが、時は既に遅し。
「──っ!?」
雅弥が驚きに目を見開き、肩をびくりと一つ震わせたのが分かった。
…何しちまってんだよ俺……。
突き飛ばされるだろうなと思ったのだが、雅弥は俺の予想に反した行動をしてきたため、逆に俺が雅弥から離れた。
「……っ。なっ、何で!?」
雅弥は俺を突き飛ばすどころか、おずおずと俺の背中に手を回してき、キスを受け入れたのだ。
本来ならば嬉しいはずのその行動に、俺は戸惑ってしまった。
「結……人?」
俺のことを見てくる雅弥の瞳は少し潤んでいて、頬は上気したように赤くなっていて、すぐにでも抱き締めたくなるほどの愛しさがこみ上げてきた。
そんな雅弥を見て、俺の心臓はありえないほど大きく高鳴っている。
「わ、悪かったな……。いきなりこんなことしちまって……」
俺はなるべく雅弥の顔を見ないようにしながら謝った。
そうでもしないと理性が吹っ飛んでしまって、何かしでかしてしまいそうだったからだ。
…感情に流されてあんなことしちまったけど……それより、さっきの雅弥の反応は一体……?
そんな疑問が頭に浮かんできたが、雅弥の次の言葉を聞いてそんな疑問もどこかへ行ってしまった。
「何でっ?何で謝るんだよっ!?」
「え?」
雅弥の言葉に俺は自分の耳を疑った。
「嬉しかったのに……なんでか分かんないけど、結人にき、キスされて俺、嬉しかったのに!」
今にも泣きだしそうな顔をして、雅弥は俺に訴えてきた。
「なのに、謝られたら俺……」
…ちょっと待て。今、“嬉しかった”って言ったか?
…えーと……それは一体どーいう……?
一瞬、何を言われているのか理解ができなかった。と言うか、今もまだうまく頭が回転せず、理解できていないでいる。
「……雅弥、あの、嬉しいって……どういうことだ?」
「俺だってそんなの知るかよっ」
雅弥はそう言って、痛みを堪えるような顔をして俯いてしまった。
「そう……だよな……」
…こんな反応ってもしかして……。
…いや、でもそんなのって……。
やっと頭が正常に働くようになってきて、浮かび上がってきた一つの疑問を確かめるべく、雅弥に訊ねた。
「なあ、雅弥お前、俺のことどう思ってる?」
「どうって……」
俯いたまま小さな声で呟いて、雅弥はまたしても黙ってしまった。
「ただの親友か?」
「………………」
…黙ってないで、頼むから何か言ってくれ。
「……俺はお前のことを、ただの親友だなんて思ってない」
俺がそう言った瞬間、雅弥が弾かれたようにばっと顔を上げた。
その表情はまるで泣いているようで、俺は胸が苦しくなるような感覚に襲われた。
「……っ。それって、どういう意味?」
雅弥が俺の言葉をどう受け取ったのかは分からないが、震える声で俺に訊いてきた。
「俺はお前が、お前のことが……好きだ。だからただの親友だなんて思ってない。……そういう意味だ」
努めて平生を装って言って、雅弥の目を正面から見つめた。
…言っちまった。ははっ、案外普通に言えるもんなんだな。
心の中で苦笑をもらしながら、雅弥が口を開くのを待った。
「す……好き?だから親友なんて思ってない……って?」
「ああ、そうだ」
「ほ、本当に……?」
徐々に顔を赤くしながら訊いてくる雅弥に、俺は「ああ」と小さく答えた。
「本当に、本当か?」
「本当に、本当だ」
再び同じ質問をされ俺が答えると、雅弥は何か考えるような顔をしながら俺の顔をじっと見つめてきた。
俺はその視線に耐えられず、思わず目を逸らしてしまった。
横目で雅弥の視線を感じて、何だか段々と見られているのが恥ずかしくなってきた。
…もう限界だ。
俺がそう思ったとき、ようやく何か考えついたらしい雅弥が口を開いた。
「あ……そう、か。そうだったんだ……。だから……」
「雅弥?何言ってんだ?」
一人でぶつぶつ言い始めた雅弥を不審に思い、俺は訊いた。
「結人、俺分かったよ」
「何が?」
「俺……俺も、お前のことが、好きなんだって。親友として……なんかじゃない」
「!?」
雅弥の口からそんな言葉が出てくるとは想像してもいなかった俺は、驚きで声が出てこなかった。
驚いている俺のことを雅弥は真剣な表情で見つめながら続けた。
「だから、逢えなくなっちまうのが淋しく思ったり、急に逢いたくなったり、き……キスされて嬉しく思ったりしたんだ。きっと、そうなんだ」
言いながら顔を赤くしていく雅弥を見て、俺は徐々に冷静さを取り戻してきた。
「……その言葉に、嘘はないか?」
「あ、ああ。嘘なんか言ってない。俺も、お前が、好きだ……」
一言ずつ、はっきりと雅弥は言った。
俺は雅弥のその言葉を聞いて、泣きそうなくらい嬉しくなった。
それと同時に顔が熱くなり、赤くなっていくのが自分でも分かった。
…嬉しい……言葉で言い表わせないくらい嬉しい。嬉しすぎる。
その嬉しすぎる反面、俺はつい不安にもなってしまい、再び雅弥に訊いた。
「本当に嘘じゃないよな?」
「しつこいっ!何度も言わせんなっ。恥ずかしい!」
雅弥は両手で自分の頬を押さえて、半ば怒鳴るように言った。
そんな雅弥の行動を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「なっ、何笑ってんだよ!?」
「悪い。つい可愛くて」
「かっ、可愛いっ!?」
「そうだ。可愛いよ雅弥」
俺はそう言って雅弥の手の上から、頬を優しく包み込むように触れた。
「……結人?どうしたんだよ?なんで泣いてるんだ?」
「え?」
雅弥にそう指摘された瞬間、俺の頬に涙が伝った。
…俺、また泣いてんのか?今日で二度目だよな?
…まったく、本当にらしくねーの……
馬鹿らしいような、おかしいような、何とも言えない感覚になり、自嘲気味に笑った。
「泣いたり笑ったり、変なやつ」
雅弥はそう言って、自分の頬と俺の手の間にあった手を引き抜き、俺の頬に伝っている涙を指でそっと拭ってくれた。
「でも、お前はそんな変な俺が好きなんだろ?」
「うっ、うるさい!!」
俺がわざと意地悪く言うと、雅弥は照れながら怒鳴った。
…本当に可愛いよ、お前……
「雅弥、好きだよ。あとで後悔したって俺、知らないから」
「後悔なんてしない」
「そうか?」
俺は微笑みながらそう言って、再び雅弥にキスをした。
「ん……」
最初は触れるだけのキスだったが、段々と角度を変えて、深いものへとしていった。
「ん…ふっ」
俺が雅弥の歯の間を割って舌を滑り込ませ、軽く舌を吸ってやると、躊躇いがちにではあったが、俺に応えてくれた。
そんな雅弥の反応が可愛くて、俺はもっとその反応が見たいという欲望が強くなってきていた。
…つい一時間までは、こんなことになるなんて全然想像してなかったな……
…普通ならこんな風にはならずに終わっちまってるんだろうから、素直に喜んどけばいいんだよな?
俺はそう思い、さらに雅弥を貪った。
「んっ…ふ…っは……ま、まった!!」
俺が雅弥の下半身の方に手を滑らせたそのとき、雅弥が待ったをかけ、俺の胸を押して離れた。
「雅弥?」
「ま、マジで待って!あのっ、これは嫌って訳じゃないからっ!そのっ、恥ずかしいっていうかっ……まだ、心の準備ができてないっていうか……」
雅弥は混乱した様子で、顔を真っ赤にしながら慌てて言い訳をし始めた。
そんな雅弥の様子がとてつもなく可愛くて、それでもってついおかしくなってしまい、吹き出してしまった。
「わっ、笑ってんじゃねぇよっ!こっちは大真面目なんだぞ!!」
「悪い悪い。そんなに慌てなくても、お前が嫌って言うなら、これ以上はしないよ」
「だからっ、嫌じゃないって……!」
「じゃ、続きやってもいいのか?」
「うっ……それはちょっと……」
雅弥は困ったような表情をして、小さく唸りながら、恨めしそうに俺を見てきた。
「はははっ、変な顔」
「変な顔言うな!」
「ははっ。俺、お前がいいって言うまで待つよ」
「……悪いな。そう言ってくれると助かる」
「焦る必要なんてないんだ。ゆっくりでいいんだ、ゆっくりで。これから時間もたくさんあることなんだしな」
「……そうか?」
「でも、あんまり待たせすぎると、俺、我慢できずに襲っちまうかもしれないけどな」
「あ、あまり待たせないように努力します……」
雅弥は、襲うのは勘弁してくれとでも言うような表情でそう言った。
「安心しろ。半分冗談だから」
「それって、半分本気ってことだろ!?」
「さあな。それはお前次第だ」
俺はそう言って、何か言いたそうな雅弥の口を塞いだ。
ゆっくりと唇を離し、お互いを見つめ合う。
どれくらいそうしていただろうか。
しばらくして、どちらからともなく小さく吹き出した。
「はははっ。好きだよ雅弥」
「ああ、俺も。好きだ結人」
そう言って、お互いの額をくっつけて、照れ笑いを浮かべた。
それは俺たちの心の中に、今まで以上の深い“絆”が刻まれた瞬間だった。
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