SS
終わらせなければ
最初はただの友達としてしか思ってなかった。
けれど、いつの間にかあいつの事を無意識に目で追うようになっていた。
あいつの事が好きなんだって気づいたのは、三年になってからだ。
ふとした時に自分の気持ちに気づいてしまい、かなり戸惑った。
戸惑ったけれど、この気持ちを無くす事は出来なかった。
自分の気持ちに気づいてから、あいつと友達でいるのが辛くなっていた。でも、友達でなくなるのはもっと辛いことだと思う。
だから自分の気持ちを押し殺しながら、今までの関係を続けてきた。結構苦しかったけど……。
あいつと喋るというだけで、心が躍った。
あいつの事を考えない日はなくて、毎日自分はおかしいのかもしれないと思ってた。
とてつもなく苦しくて、いけないはずの片想い。
でも諦らめる事なんて出来ずに、どんどんと想いが強くなっていった。
“欲”というのは誰しもが持っているものだと思う。
もっと喋りたい。
もっと一緒に笑っていたい。
もっと側に寄りたい。
“もっと”が際限なく出てきてしまう。
あいつは俺の事を“友達”としか思っていないんだぞ?そう自分に言い聞かせてきてた。
苦しくて悩ましい俺の片想い。
終わらせたくないけど、終わらせなければ前には進めない。
俺の想いを伝えてしまって吹っ切れたい。でも願わくば、あいつの側にずっといたい。
自分の事なのに、どうしたらいいのか分からない。自分で自分がムカつく。
出来る事なら、卒業するまでにはあいつにこの想いを伝えたい。
そんなの簡単にいかないってのは分かってる。でも、そうしないと一生後悔しそうだ。
ちゃんと終わらせたい。
終わらさなければ意味がない。
「あー!終わらせなきゃ意味がないってのは、分かってんだけどそれが出来ないんだよ!俺の意気地無しっ!」
俺は叫んで机に突っ伏した。
幸い、今は放課後で俺のほかにはこの教室に残っている生徒はいない。
「『好き』なんて、すげー短い言葉なのに、なんで言えないかなー……」
俺はなんだか泣きそうな気分になりながら、小さく呟いた。
「誰に『好き』って言えないって?」
「っ!?」
いきなり背後から聞こえてきた声に、俺は慌てて起きあがった。
「よ、陽平(ようへい)!」
「よっ」
聞かれた!という思いと、陽平がなんで!?という、二重の意味で驚いている俺に、陽平は軽く手をあげながら近づいてきた。
この陽平こそが、俺の悩みの元凶だったりする。つまり、俺の好きな相手だ……。
「なんでお前がここにいるんだよ?帰ったんじゃなかったのかよ」
俺は内心の動揺を表に出さないように、努めて普段通りの口調になるように心がけて陽平に問いかけた。
「帰ったけど、忘れ物したのを思い出したから戻って来たんだ」
「あ、あそう」
「それよりさ、さっきの話聞かせてくれよ」
陽平はどこか楽しそうな表情を浮かべながら、俺の前までやって来た。
「な、なんの話だ?」
「とぼけんなよ。誰に『好き』って言うつもりだったんだ?」
そんなこと言えるわけないだろ!言いたい相手はお前なんだから……。
「別に誰だっていいだろ?」
「教えてくれてもいーじゃないか?」
「お前に話すなら磯部に話した方がましだ」
「なんだそれー?俺には言えないってのか?」
言えないも何も、お前だっての。
俺は心の中でそうつっこむと、陽平を少し睨んだ。
「どうした?変な顔して」
「なんでもない……」
「ふーん」
陽平は納得のいかないようなそんな声で言うと、自分の席へと向かって行った。
「……何を忘れ物したんだ?」
「壱に貸してたCD」
俺が訊くと、ホレッ、と言ってジャケットを見せてくれた。
「あーと……“ a TRICK”だったっけ?」
「そう。よく覚えてたな」
そりゃ、お前の好きなグループだもん、覚えるさ。
「忘れ物も取ったし、俺帰るけどお前はどうする?」
陽平が俺の前まで歩み寄りながら訊いてきた。
「じゃ、俺も帰る」
俺はそう言って荷物を持って席を立った。
「そうだ、利信(としのぶ)」
「なんだ?」
「さっきの話、俺にも言ってくれる気になったら教えてくれよ」
「そ、その気になったらなっ!」
俺はぶっきらぼうに言って、先に歩きだした。
「楽しみにしてるぜ」
「ふんっ」
俺の横に並んで歩きながら陽平が言ってきた。
お前の事なんだから、楽しみにしてもらっても困るんだけどな。
と言うか、言えるかどうかもまだ分からないけど……。
陽平の横顔をチラッと盗み見しながらそう思った。
それから、何もアクションを起こさぬまま、あっという間に時間は過ぎて、いよいよ卒業まで一週間となってしまった。
俺の陽平への想いは相変わらずで、陽平に何も言えないのも相変わらず。
俺ってばやっぱ意気地なしなんだろうか……?
こういう事態に直面したら、皆さんはどうするんですか?ズバッと言えちゃうもんなんですか?それとも、俺みたいに言えないもんなんですか?ぜひとも訊いてみたいもんだ!
こんな事考えてる俺って……なんか哀しい。
「おーい、利信。現実の世界に戻って来てくださーい」
「んあ?」
そんな考え事をしている途中に、いきなり声をかけられたので、つい変な声が出てしまった。
「何情けない声出してんですか。そういえば、あんた最近上の空が多いですよね?」
俺を現実の世界へと戻した磯部がそう訊いてきた。
「そーか?」
「そーですよ。ここ最近声かけても反応無い時とかありますし。俺、かなり悲しいものがあるんですよ」
「そーか……?悪かったな」
うーん。そんなにボーッとしている気は無いんだけどな。無意識ってやつか?
磯部に言われ、自分の今までの事を思い返してみると、確かにあいつの事をしょっちゅう考えているという点で磯部の言う通りなのかもしれない。
「ほら、また!」
磯部がイライラした様子で、机をトントンと指で叩きながら俺に言ってきた。
「まあまあ、磯部ちゃん。そんなにカリカリすんなって。こいつだってなんか考える事だってあるんだろうからさ」
俺たちの会話を横で聞いていた陽平が、そんな磯部をなだめるように、頭をポンポンとしながら言った。
「本当、悪かったな磯部。俺ってば最近おかしいんだ」
「今さら何を言ってるんです?そんな事は初めから分かっている事じゃないですか」
「……そうだな」
俺は磯部の言葉に憮然としながら言って、机に突っ伏した。
「磯部ちゃんがひどい事言うから、利信拗ねちゃったじゃんか」
陽平が俺の頭を撫でながらふざけたような口調で磯部に言った。
「俺だけのせいですか?」
「そうじゃないのか?」
陽平に言われ、「そうでしょうか?」と、不服そうに眉をひそめる磯部。
「てか、俺は拗ねちゃいねぇよ!やめれっ」
俺は陽平に触れられて嬉しいながらも、とてつもなく恥ずかしくなり、乱暴に頭に乗っている手を払った。
「なんだよ?照れてんのか?」
「て、照れるわけねぇだろ!」
「おー。照れてる照れてる。おもしれー」
「だからちげってのっ!」
ついムキになって言い返す俺がおもしろいらしくて、陽平は楽しそうに笑いながら俺をからかってきた。
俺が陽平に想いを告白したらもう、こんな風には戻れないかもしれないな……。
そんな事を考えると、どうにも胸の辺りがむず痒くなってしまう。
本当、俺って後向き……。
「あの、二人でイチャついてるところ悪いんですが」
俺と陽平のやりとりを見ていた磯部が、呆れたような声で口を挟んできた。
「い、イチャついてなんかいねぇ!変な事言うな!」
「そうだよ磯部ちゃん。イチャついてるんじゃなくて、利信で遊んでるだけなんだから」
陽平は、「なー?」と笑いながら俺に言った。
「それもちげぇ!」
俺はつい声を大きくしながら否定した。
「はいはい。そんな事はどうでもいいんです。俺今日バイトがあるんで、もう帰りたいんですけど?」
どうでもいいんだったらいちいち言ってくんなっ!
俺はそう言おうとしたが、なんとかグッと抑えた。
「おー。帰れ帰れ。俺は寝る」
そう言って俺は机に突っ伏して、寝る姿勢をとった。
「なんか捻くれてますね」
「ほっとけ!」
俺は顔だけ上げて、磯部に怒鳴った。
だが、磯部は俺に怒鳴られてもさして気にも止めない様子で、陽平に訊ねた。
「陽平はまだ残ってますか?」
「んー。今日は特になんも無いから、残ってよっかな」
「そうですか。それじゃさよなら」
磯部はそう言って荷物を持って、教室を出て行った。
「じゃあなー」
陽平が磯部の背にそう言う横で、俺は陽平も帰ってくれればよかったのになどと思いながら、陽平の方を見た。
「なんだ?」
俺の視線に気づいたらしい陽平がそう言って、俺に顔を近付けてきながら覗き込んできた。
「な、なんでもねぇよ」
近づいてきた陽平に驚きながら、俺はぞんざいにそう言って、自分の腕に顔を埋めた。
「変なの」
陽平は不思議そうな声で言ってから、「あ、そうだ」と、何かを思い出したらしく声を上げた。
「なあ、利信。だいぶ前にお前、誰かに“好き”って言うって言ってたよな?あれって、どうなったんだ?」
陽平にそう問われ、かなりドキッとしてしまった。
「ど、どうって?」
「言えたのかどうかって事」
「あー。あははは……」
「もしかして、まだ言ってないのか?」
俺の反応を見て陽平は、「呆れた」とひとつため息を吐いた。
呆れたとか言われても、俺が好きな相手はお前なんだからしょうがないじゃんか?
俺は陽平の言葉に苦笑をもらしながら思った。
「で、相手はどんな子なんだ?」
「どんなって……」
言えるわけ無いじゃないか。
心の中でそう呟いた。
「そろそろ教えてくれてもいいじゃないか?」
「……絶対引くからヤダ」
「そんな変なやつなのか?」
「あー……、まあ」
相手はお前だから変なやつじゃないけど、俺が変なやつなんだ。
なんだか、こんな事を思っている自分がだんだん悲しくなってきた。
それと同時に、無性に自分の想いを陽平に伝えてしまいたくなった。
なんでだろう?
今のタイミングで言ったら、もし陽平に不快な思いをさせたとしても、冗談だって言えるからか?
幸い、今は放課後で俺たちの他は皆帰ってしまった後だし。
俺はそんな事を思いながら、姿勢を正して陽平を正面から見る。
「そんなに気になるか?」
「そりゃ、フツーは気になるだろ?なんだ、教えてくれる気になったのか?」
「まあ、な……」
俺は言ってから、決意を固めるためじっと陽平を見つめた。
「言うぞ?」
「おう」
いよいよこの時が来てしまった。ずっと自分の胸に秘めていた想いを打ち明ける時が。
言ってしまったらもう明日から友達でいられなくなるかもしれない。それはとてつもなく辛い事だ。
けど、今この時を逃したらもう言えなくなってしまうような気がする。
友達でなくなるのはもちろん辛い。だからと言って、このまま伝えずに終わるのも嫌だ。
どうせ終わらせるんなら想いを伝えてすっきりしたい。
ここまで来たら引き返す事なんて出来ない。そんな事しちゃいけない。
覚悟を決めて言うんだ俺。ズバッと言っちまうんだ。
自分にそう言い聞かせひとつ深呼吸してから、暗くならないように気をつけて話し始めた。
「俺が好きなのは……」
「好きなのは?」
陽平が俺の言葉を繰り返して訊いてくる。
「……お前だ」
俺は陽平から目を逸らさないように言った。
「は……?誰?」
「だから、陽平、お前だ」
俺の言葉を聞いて間の抜けた声で訊き返してくる陽平に、一言ずつはっきりと言った。
「……マジで?」
陽平は驚きに目を見開き、掠れた声で訊いてきた。
驚くのも無理はないよな。てか、これで驚かなかったらかなりの強者だよな?
俺はそう思いながら何も言わずに陽平の反応を見ていた。
「マジ……なのか?」
何も言わない俺の反応を肯定と受け取ったらしい陽平が「どうなんだよ?」と訊ねてきた。
早く冗談だと言わなければ。そうしないと陽平を困らせてしまうから。
冗談だと言いたくないという気持ちを押し殺して、微笑いながら言った。
「マジなわけ無いだろ?そんな恐い顔すんなよ。あんまりお前がしつこいからからかってやっただけだ。今まで俺がからかわれてきたそのお返しってやつ?」
「からかっただけ……?」
「そうそう」
「……じゃあなんでそんな顔してんだ?」
「え?」
陽平が俺の顔を覗き込みながら咎めるような口調で言ってきた。
「お、俺の顔がどしうしたって?別にいつもと同じだろ?」
もしかして俺ってば笑えてない?
そう思いながら陽平からさらに顔を逸らしながら俺はとぼけてみせる。
「どこが同じだよ?今にも泣きそうな顔してるくせに」
やっぱり笑えてなかったらしい。しかも泣きそうな顔って……。
俺はなんだか情けなくなり目の奥が熱くなっていくのを感じた。
「お前、もしかして本気だったんだ?」
「………………」
「答えろよ。どうなんだ?」
「それは……っ」
答えようとしたが、言葉の代わりに嗚咽がもれそうになり、慌てて手で口を押さえた。
「利信?」
「……っく」
陽平の心配そうな声を聞いてふいに涙が溢れ出てしまった。
「泣くなよ」
「うっせぇ。泣いて悪いか!?」
「お前、そんなに俺の事……」
「っそれ以上言うなっ。こんな事本当は言う気は無かったんだ。お前は俺の事ただの友達としか見てないってのは分かってるんだ。それが当たり前なんだから」
俺は陽平の言葉を遮って自分でも何が言いたいのか分からないことを一息に言った。
「利信、ちゃんと俺の話を聞いてくれ」
「……嫌だ」
「いいから聞けっ。確かにお前の言う通り、お前の事は友達としてしか見てない。てか、そうとしか見れない」
「……当たり前だろ、そんな事?男同士なんだから。俺が変なだけなんだよ。引いただろ?」
俺は自嘲気味に微笑いながら、頬を伝っていた涙を手の甲で拭った。
「最後まで聞けよ。俺は別に引いちゃいないし、お前がそう思っていてくれたことは正直嬉しかった」
「は?」
今なんて言った?俺の空耳?
「嬉しかったけど、お前の事を恋愛対象としては見れない。ごめんな」
“嬉しかった”って言うのは空耳じゃなかったらしいけど、謝られるのはかなり堪える。
「謝んなよ。そんな事最初から期待してなかったから別にいいんだ。それより引かないでくれて、しかも『嬉しかった』なんて言ってくれただけで俺は十分だ」
俺は苦笑しながら陽平に言った。
「そうか?」
「そうだ。……これからも“友達”としてよろしくな」
俺はそう言って笑いながらなんとなく陽平に右手を差し出した。
「って言っても後一週間で卒業だけどな」
「はははっ。卒業してもずっと友達だぞ?」
陽平が俺の手をガシッと握りながら笑顔で「約束な?」と言ってきた。
「ああ。卒業してもずっと友達だ」
俺もつられて笑顔になり言った。
やっと終わらせる事が出来た。
俺が想像してたのとかなり違った結末だったけど、これが最高の終わり方だと思う。
だってこれからもこいつの側にいれるんだから。
友達としてだけど、それはそれでいい事だ。
苦しくて悩ましかった片想いが今終わりを告げた。
もう苦しまなくても悩まなくてもいい。
これぞ俺のHappy End?
【END】
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