SS
ずっと一緒にいられたら★
俺の肩に頭をのせながら、静かな寝息をたてている由樹(ゆき)の寝顔を見ながら、俺はなんとも言えない幸福感に浸っていた。
由樹は俺の四つ下の義弟で、血の繋がりなどもちろんない。俺たちは、つい二年前までは赤の他人だった。
二年前に俺の母親と由樹の父親が再婚をしたので、俺と由樹は必然的に義兄弟となった。
俺は最初は由樹が大嫌いだった。関わりなど持ちたくなかったのに、いつもなんやかんや理由を付けてきては、いちいち俺に構ってきていたからだ。
あの時はシメてやろうかと思うくらい、ウザくてしょうがなかった。
でも、ウザいと思いながらも心のどこかで、邪険に扱っても懲りずに構ってくる由樹を、俺は嬉しいと思っていた。
初めて本気で俺のことを構ってくれたのは、由樹が初めてだったからなのかももしれない。
そのうち俺は、由樹がどんなちょっかいを出してこようとも、ウザいと思うことが少なくなっていた。それに、その行動が少し愛しいとさえ思い始めていた。
最初の頃は、家族愛に似たそんな愛しさを感じていた。でも、今では違う意味で由樹が愛しくなっている。
初めて俺が本当に心から信頼できる唯一の存在。そして、誰よりも何よりも俺に必要な存在。初めて有りの儘の俺を受け入れてくれた存在でもある。
俺のこの手から離したくない。離れて欲しくない。
俺が誰か一人だけにこんなにも執着できるなんて、想像もしていなかった。
きっと由樹だからこんなにも一途になれたのかもしれない。
俺がこんな気持ちになるのは生涯で由樹ただ一人だろう。本気でそう思えるくらい、由樹が俺にとってかけがえのない存在になってきている。
俺は由樹の額にかかっている髪を、そっと指で梳いた。
「ん……」
それに気付いたのか、由樹が小さく身じろぎをしてから薄く眼を開けた。
少し潤んだ茶色みがかった瞳が、俺を覗き込んでくる。
もう二十三だというのに、こういう時だけはもっと幼く見える。
「おはよ……ヒナタ」
「ようやくお目覚めですか、お嬢さん?」
「お嬢さんじゃないっ」
からかうように言った俺に、由樹は怒りながらも再び瞼を閉じ、肩に頭をすり寄せてきた。由樹の髪が首筋にあたる。
「由樹、くすぐったい」
俺は言ってから由樹の頭を押し上げた。
「んー」
由樹が小さく呻りながら、俺に支えられる形のまま頭を起こした。
それでもまだ目を瞑ったままで、そのまま小さく欠伸をした。
俺は、由樹の少し半開きになった厚い唇に思わず目を奪われてしまう。
その唇に何度も触れてみたいと思っていた。唇を重ねてみたいとも思っている。
そんなことをしたらお前は、俺から離れていくか?
「お前が欲しいよ……」
「え……?何?」
つい本心が口から滑り出てしまい、かなり焦った。
でも、ぼそりと呟いただけだったので由樹には聞こえてなかったらしい。
「何か言った?」
「なんでもない」
由樹が訊ねてくるが、俺は笑ってごまかした。
そんな俺を由樹は不思議そうな顔をして見ていた。
もし由樹が俺の側からいなくなってしまうようなことがあったら、俺は生きていけないだろうな。
そう断言できる程、由樹を……愛してしまっている。単なる兄弟愛じゃない。これはもっと違う愛と呼べるもの。
由樹の心が俺に向いてくれていることは、分かっている。けれどその心の向き方は、俺とは違う意味なんだろうと思う。
もし仮に由樹の心が俺と同じだったとしても、俺は心だけじゃ足りなくなってきている。
由樹のすべてが欲しい。心はもちろんだが、その躰も何もかも、俺のものにしてしまいたい。
俺の中に、止めどない独占欲が押し寄せてくる。
「由樹……」
俺が由樹の名前を呼ぶと、さっきよりもなお不思議そうな顔をして俺を見てきた。
由樹の純粋な瞳を見ていると、俺の理性が揺らいでしまう。
「さっきから何さ?」
「……なあ由樹、俺が何を言っても、何をしても、俺から離れて行ったりしないか?」
「なんでそんなこと訊くのさ?」
「いいから答えろよ」
「変なヒナタ」
由樹はそう言って、俺の方に躰を向けてから話し始めた。
「離れたりなんかしないよ。ヒナタに何されたって、オレはヒナタとずっと一緒だよ」
由樹は俺の問いに答えてから、俺にぎゅっと抱きついてきた。
嬉しいけれど、少しヤバい。
そんなことを思いながらなんとか自分を押さえ込んむと、そっと由樹の背中に腕を回した。
シトラス系の由樹の香水の香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
由樹は二種類の香水を自分風にアレンジして使っていた。
俺はこの香りが好きだ。これは、由樹の香りだから。由樹だけの香りだから。
「本当にどうしたのさ、ヒナタ?」
由樹が俺の後ろ髪を梳きながら訊いてきた。
今までずっと我慢してきたけれど、そろそろ限界がき始めている。早くはっきりさせてしまいたい。そう思いながら、由樹の背中に回していた腕に力を込めた。
「ヒナタ?」
何も答えずにただ由樹の事を抱きしめている俺に、心配そうな由樹の声がかけられる。
「ヒナタ、オレに何か言いたいことがあるの?あるんだったら言って。オレ、ちゃんと聞くからさ」
由樹は俺の胸からゆっくり離れて、俺の目をじっと見つめてきた。
由樹の優しい瞳が、俺に話すように促しているようだった。
その瞳を見て俺は意を固めると、一つ息をついてから口を開いた。
「俺、由樹が欲しい……。心も躰も、由樹のすべてが、欲しいんだ……」
「それ、どういう…意味?」
由樹が驚きに目を見開きながら訊いてきた。
由樹が驚くのも無理はない。俺がもし由樹と同じ立場だったら、由樹と同じような反応をしたことだろう。
「俺は、由樹を……由樹のことを愛している。これは兄弟間の愛じゃない。もっと深い愛なんだ」
俺がそう言うと、由樹の顔がみるみるうちに赤くなっていった。それがとても可愛くて、今すぐにでも手に入れたい衝動にかられたが、ぐっと抑えた。
今すぐ手に入れるのは簡単なことだ。けれどそれは、由樹の合意の上ではないから由樹を傷つけてしまうし、俺自身も後悔することになる。
俺は由樹のすべてが欲しいけれど、由樹がそれを許してくれなければ意味がないのだ。
「由樹、顔が真っ赤だ」
「だっ、だって、ヒナタが急にあ、愛してるとか恥ずかしいことを言うからさっ」
俺の指摘に由樹は赤くなっている自分の頬を手で覆いながら、俺を睨んできた。
「俺は本当のことを言っただけだ」
「本当のことって……」
「由樹は、俺を愛していない?」
「あ、愛してるも何も、オレは男だよ?それに、一応ヒナタの弟だし……」
由樹は俺から目線をはずして少し俯いた。
「俺はそこまで馬鹿じゃないんだ。由樹が男だってことくらい分かってる。由樹は俺とずっと一緒にいてくれるって言ったよな?俺もずっと一緒にいたい。由樹と愛し合って……」
俺は由樹の髪をそっと撫でた。それに由樹はびくりと少し肩を震わせた。
由樹の伏せられた睫が震えている。心なしか、躰も震えているようだ。
由樹は顔を伏せたまま何も喋らないため、俺たちの間に重い沈黙が流れる。
その沈黙が辛い。
俺の今の言葉で、由樹は俺のことを嫌になったんじゃないか。もしかしたら俺から離れて行ってしまうんじゃないか。そう考えると、心が強く締め付けられる。
今まで周りから何を思われていようが全く気にならなかったのに、由樹に嫌われてしまったらと考えると耐えられない。
俺はこの沈黙に、いてもたってもいられなくなり、沈黙を破るために口を開いた。
「由樹、ごめん……」
「え?」
俺の発した言葉に、由樹はぱっと顔を上げた。
その顔はまだ赤く、瞳が少し潤んでいた。それを見て俺の胸は大きく高鳴る。
「……何で謝るの?」
「由樹を、困らせたと思ったから……」
俺は由樹に訊かれて素直に答えた。
「……困ったよ。そりゃ、いきなり言われたから困ったけど、謝られる方が……もっと困る」
俺は由樹の言っていることが理解できなくて、小さく首を傾げた。
謝られる方が困る?なんでだ?
しばらく頭の中で由樹の言葉の意味を考えていたが、その答えは出てこなかった。
「由樹、なんで謝られて困るのか、教えてくれないか?」
「なんでって……。その…謝られるとオレがどう返していいのか、分からなくなるから……」
「だって、由樹は困ったんだろう?なら、俺が謝るのは当然だろう」
「オレ、ヒナタに言われて確かに困ったけど、それはヒナタが思ってる意味じゃない……」
俺が思ってる意味じゃない……?
俺は由樹が俺に告白されて迷惑だったから、困っているんだと思っている。
俺が思ってる意味じゃないとしたら、その逆だよな。その逆って言ったら……。
「由樹、はっきり由樹の気持ちを言ってくれないか?そうじゃないと、俺は由樹が俺の告白を受けてくれたって、勘違いしちまうぞ?」
「……勘違いじゃない…よ。オレ、ヒナタと同じ気持ちだったから嬉しくて、嬉しすぎて困ったんだからさ……」
由樹は言ってから俺から目線を外して、落ち着かない様子でそわそわしていた。
当の俺は、由樹の言葉がにわかには信じられなくて、目を丸くしながら由樹を見ていた。
由樹が俺と同じ気持ちだったなんて、嬉しすぎる。叶わないと思っていたぶん、その嬉しさは半端じゃない。思わず頬の筋肉が弛んでしまう。
「由樹、本当に愛してる……。俺と、ずっと一緒にいてくれるか?」
もう一度由樹にその言葉を投げかける。
これは俺の一生に一度の言葉かもしれない。普段なら馬鹿らしくて口に出せないような言葉だけれど、由樹のためだったらいくらでも『愛してる』と言える。
それくらい、由樹に対する俺の想いは強いということだ。
「なんか、今のプロポーズみたいだ……」
由樹がこっちを向きながら、恥ずかしそうにそう言った。
由樹の言う通り、俺の今の発言はある意味でプロポーズだな。
俺は微笑を浮かべながら、今度はそれらしく聞こえるように、もう一度同じことを言った。
「由樹がそう思うんなら、そう思ってくれていい。俺たちは義兄弟だから結婚なんてものはできないけど、いつまでも一緒にいてくれるか?」
「あ……」
由樹は俺の言葉に唖然とした様子で自分の口を手で押さえていた。
「由樹、返事は?」
「あー……。ヒナタと、いつまでも一緒にいるって……誓います」
由樹ははにかみながらそう返事をしてくれた。
そんな由樹が可愛すぎて、俺は勢いよく由樹を自分の方に引き寄せて抱きしめた。
「わわっ!」
由樹はそのままバランスを崩しながら、俺の腕の中に収まった。
「由樹、もう放さない。放したくない……」
俺は囁きながら由樹の頭を撫でた。
「なんか、今日のヒナタいつもと全然違う」
俺の背中に手を回しながら、由樹がぽつりと呟く。
確かに、今日の俺は普段の俺からは想像できない行動をとっていると自分でも思う。
普段はこんなに自分の思っていることを喋らないし、こんなに風に由樹を抱きしめたりもしない。
この歳になって、こんなに初々しい気持ちになるなんて、思いもしなかった。
「俺、いつもとどう違う?」
俺は由樹がどう違うと思っているのか気になって、そう訊いてみた。
「うーん。いつもよりかなり素直で、その……可愛い」
『可愛い』と言った瞬間に、由樹の腕に力がこもったのが伝わってきた。
顔は俺の胸に埋められているので見えないが、おそらく赤くなっているのだろう。
由樹の言葉は意外だった。まさか、可愛いなんて言われるとは思わなかった。
いつもより素直だというのは認めるが、俺に可愛いなんて全然当てはまらないと思う。今の状況からしたら、その言葉にぴったりなのは由樹の方だ。
……でも、由樹にそう言われるのは、別に嫌な気はしない。どちらかと言うと嬉しい。
「……なあ、由樹。俺が最初に言ったこと、覚えてるか?」
「最初に言ったこと……?」
俺の問いに少し間を置いてから、あっと小さく声を出してから由樹は答えた。
「お、覚えてることは覚えてるけど……」
由樹はおずおずと顔を上げて俺を見上げてきた。その顔は俺の思っている通り、少し赤かった。
今の由樹の顔は、今まで見てきた中で一番可愛い顔をしていると思う。この顔をもっと見るにはどうしたらいいんだろうと、そんなことを考えてしまう。
「あの、ヒナタ。あれってどういう意味なのか…教えてくれない?」
由樹は俺の服の端を握りながら、恥ずかしそうに訊いてきた。
その仕草からすると、由樹は大体の予想はついているのだろうと思う。それでも俺に答えを求めてくるところは、なんとも由樹らしい。
そんな由樹が微笑ましくて、つい意地悪をしてみたくなる。
「こういう意味だ」
俺は言いながら由樹の顎を持ち上げて、由樹の唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。ずっとしたかったことの、ひとつが叶った瞬間だった。
もっとしていたい気持ちを抑えて、由樹から離れる。
「分かったか?」
俺は由樹の顔をのぞき込みながら、低い声で囁いた。
由樹はそれに小さく頷いて、何かを呟いた。その声は小さすぎて俺には聞き取ることができなかった。
「何だって?」
そう訊く俺に由樹は、今度は俺にもはっきりと聞き取れる大きさで言った。
「……もっと…して」
由樹のその言葉に俺は目を見開いたが、次の瞬間には小さく微笑い由樹の耳に軽く口づけをして訊いた。
「何をして欲しいんだ?」
俺の問いに、由樹はぴくりと反応しながら、
「き、キス……」
と、小さな声で素直に言ってきた。
「由樹、可愛すぎ」
俺は言いながら由樹に唇を重ねた。
最初はただ触れているだけだったが、段々と角度を変えて啄むようなものに変えていった。
「ん……」
由樹の唇の輪郭をなぞるように舌を這わせてから少し下唇を吸うと、由樹の口から小さな吐息が漏れた。
…ヤバい。かなりくる……。
由樹の声と表情を見て、もう歯止めがきかなくなってしまうかもしれないと思った俺は、由樹から唇を離して由樹に最後の問いをした。
「……由樹、後悔…しないか?」
「後…悔?」
「ああ。俺はこれ以上したら止まらなくなるかもしれない。だから、由樹の許しが欲しいんだ……」
俺は切実な声で、由樹を見つめながら言った。
「いいよヒナタ。止まらなくなっても…いいよ。ヒナタがオレを欲しがってくれてるように、オレもヒナタが欲しいから…さ」
由樹は俺の首に腕を回しながら、自分から唇を重ねてきた。
由樹の舌が俺の舌に絡みついてくる。もう、本当にヤバい。由樹からこんなことをされたら、ちゃんと理性が持つか分からなくなってしまう。
俺は由樹を抱きしめながらその場に押し倒した。そして口づけをさらに深いものにしていく。
「ふ…はっ……」
由樹の息が段々と上がってきて、俺に回された腕にも力がこもる。
俺は由樹に口づけを繰り返しながら、由樹の服の中に手を進入させる。
「んっ…」
その手に気づいた由樹の躰が、ぴくりとひとつ反応した。俺はその反応がもっと見たくて、由樹の躰に手を這わせた。
由樹の肌は滑らかで、程良く筋肉がついていて触り心地がいい。
俺は、由樹のわき腹から順にゆっくりと上に向かって手を這わせていく。
「んっ!」
俺の指が由樹の胸の突起をかすめた時、由樹の躰が小さく反り返った。
「由樹、ここ、感じるのか?」
俺は突起を指の腹で転がしながら、由樹に気づかれないように笑みを浮かべながら訊く。
「んっ……。う…ん」
由樹は顔を真っ赤に染めながら、俺の問いかけに素直に返事をした。
こんな風に素直に反応を返してくれると、本当に嬉しいとしか言いようがない。
俺は続けて由樹の上着を脱がせると、まじまじとその躰に見入った。
今まで何度となく見てきたはずの躰なのに、まるでこの時始めて見るかのような緊張感が俺の中に生まれた。
由樹の躰の線は細くて、でも決して貧弱ではなくて。肌の色は白く、ほんのりと紅づいていてとても綺麗だ。
いつまでもこうして見ていたい。そんな気になる。
「ヒナタ…そんなに、見ないでよ……」
俺が由樹に見入っていると、由樹が恥ずかしそうに身を捩らせながら言ってきた。
「悪い。由樹があまりにも綺麗だったから、つい見とれてたんだ」
「綺麗って……」
由樹は一言呟いて、自分の顔を手で覆った。
顔は手で覆われてしまいよく見えないが、耳が真っ赤になっているのが分かり、それで照れているんだということが分かった。
「由樹、照れてんのか?」
「あ、当たり前じゃんかっ!こんな格好してるだけでも恥ずかしいのに、ヒナタにそんなこと言われたら恥ずかしすぎて……」
由樹は俺の問いかけに、勢いよくうつ伏せになりながら答える。
最初の頃は威勢のいい声だったのだが、段々と消え入りそうな声になっていき、最後には黙ってしまった。
俺は由樹に背中を向けられたのには多少むっとしたが、これが由樹の精一杯の照れ隠しなんだと思えば可愛いものだ。
俺はそう思いながら由樹の背中に指を這わせて、口づけをおとしていく。その度に由樹はひとつひとつに反応を返してくれた。声はくぐもっていて、必死に声を抑えているというのが伝わってきた。
反応を返してくれるのは嬉しいが、俺は由樹の顔が見たい。
「なあ由樹。その格好をしてて恥ずかしいのは、自分だけがその格好だからか?」
「そ…うかな」
「なら、こっち向いて」
由樹は俺の言われた通りに、ゆっくりと躰を反転させた。それでも目線は下を向いていて、俺の方を見ようとはしない。
「由樹、ちゃんとこっち向いて?」
由樹は俺に言われて、おずおずと目線を上げた。俺はそれを確認してから言葉を続ける。
「俺も由樹と同じ格好になったら、恥ずかしくなくなるか?」
俺は由樹に覆い被さっていた体勢から上体を起き上がらせてから訊く。
「あの…それは…その……」
由樹は俺の問いにはっきりしない言葉を返してきた。
そんな由樹を、俺は可愛いと思うと同時にもどかしくなり、由樹の答えを待たずに自分の上着を脱いだ。
「あっ……」
俺の突然のこの行動に、由樹は唖然としながら俺を見ていた。
「これで俺も由樹と同じ格好だ。もう恥ずかしくはないだろ?だから、こっちを向いていてくれ。俺に顔を見せてくれ」
俺は脱いだ上着を無造作に横に置いて、由樹のことを見る。
由樹の目は驚きに見開かれていて、顔はこれ以上ないというほど赤くなっていた。
今のこの状況だけでこんなになっているなんて、もし最後までことをするとしたら、いったいどうなるのだろうか?
そんなことをふと考えてしまうが、今はまだ最後までするつもりはない。さっきまでは止まらなくなってしまうかもしれないと思っていたが、もしこのままの不安定な気持ちでしたら、自分の欲求に負けて由樹を傷つけてしまうんじゃないか。そんな気持ちが俺の中で生まれ、ギリギリのところでなんとか理性を保つことができるようになってきた。
この歳になって初めて、こんな弱腰になっていると思う。でもこれは仕方がないことなのかもしれない。これもすべて、由樹を想えばこそ。
焦らずにゆっくりと、由樹に合わせて進めていきたい。そう思う。
由樹のことは、ずっと大切にしていきたいと思っている。ずっと一緒にいられたら、どんなに幸せなことだろう。
由樹がいれば、他に望むものなどない。由樹と一緒にいられれば、どんなことでも乗り越えられそうな気がする。
本気で人を愛するとはこういう気持ちなんだな。由樹に出逢わなければ、俺はこの気持ちに気づくことはできなかったかもしれない。
もう今さら、男同士だなんてことは気にならない。性別なんて関係ない。俺は“由樹”という一人の人間を愛したというだけなんだから。それがたまたま男だった…ただそれだけのことだ。
由樹もずっと俺と同じ気持ちでいてくれるという保証はどこにもない。それは不安なことだけど、その不安を乗り越えてこそ、本当の意味が見えてくると思う。
保証がないなら俺がそれを作ればいい。由樹が俺だけを見てくれるようにすればいいんだよな。
暗いことばかり考えると自信がなくなってしまう。だから、はずれた考え方だとしても、明るい方に考えていくようにしよう。
俺は心の中でそう意を決めて、小さく微笑んだ。
「ヒナタ……。何笑ってんのさ?」
「何でもない。ただ、由樹のことを考えてたら、つい」
「オレのこと……?」
「そう」
「何それ。なんか、恥ずかしいんだけど……」
由樹は恥ずかしさからか顔を歪ませながら俺を見てきた。
「恥ずかしがってなんか、いられなくしてやるよ」
俺は由樹の耳元で低く囁くと、由樹の躰に手を這わせた。
「ん……」
小さく声を出す由樹の様子をうかがいながら、手を下へとずらしていく。
「あっ……!」
手をずらしていった先にある由樹のそこは、ズボンの上からでも分かるくらいに自己主張をしていた。
「もうこんなになってるんだな……」
俺がそう囁くと、それにさえも反応するかのように、ぴくりと躰を震わせた。
「い…言わないで……。恥ずかし……」
羞恥からうっすらと目に涙を浮かべながら、由樹が俺を見上げてきた。
そんな由樹の表情に煽られ、俺は由樹のそこをズボンの上から少し強めに擦った。
「ん…くっ……」
そこへの刺激から逃れるかのように、由樹が躰を捩らせる。
「由樹、逃げるなよ」
俺は言いながら由樹のズボンのファスナーに手をかけ、下着ごと一気に膝まで下ろした。緩やかに立ち上がっている由樹のものが露わになる。
「あっ……」
露わになったものを軽く握ってやると、由樹の躰が小さく反り返った。
由樹のそれは、あまり触れていないにもかかわらず、すでに先走り濡れていた。
「由樹、もうこんなに濡れてるな」
「はっ…んんっ……」
低く言いながら先端を親指で円を描くように触ると、由樹は切なそうな声を上げた。
「ヒナタ……。そこだけ…嫌だ……」
しつこく先端ばかり責めている俺に、由樹が言ってきた。
「何が嫌なんだ?」
由樹の言いたいことが分かっているにもかかわらず、俺はわざとそう訊く。そして、先端をぐっと少し強く押した。
「あっ!やっ……」
「由樹、ちゃんと言ってくれないと分からない。何が嫌なんだ?」
「そっ…そこばっかり、触られるのは…嫌っ……。ちゃんと…んっ…触って……」
「了解。よく言えました」
苦しげな息の中、懇願してくる由樹に愛しさを覚えながら、その懇願に答えるべく由樹のものを上下に扱き始めた。
「ん…あっ……!」
由樹のそこは、扱かれたことによってさっきよりも先走りを溢れさせた。
俺はあいている片手で、由樹の胸の突起の方も愛撫を始めた。
「……んんっ!」
両方を愛撫され、その刺激のためか由樹は背中を大きく仰け反らした。
「あっ…ヒナタ…も……」
「もうイキそう?」
俺のその問いに、由樹は何度も頷いた。
俺はその反応を見てから、扱いていたものの先端に軽く爪を立てて最後の刺激を与えてやった。
「あっ…ああっ……!」
由樹は大きく背中を仰け反らせながら、俺の手の中で果てた。
「結構濃いな……。最近やってなかったのか?」
由樹の吐き出したものを指ですくい取りながら訊く。
「な…に?」
「最近一人でしてなかったのかって訊いたんだ」
「し…してないよ……。なんで…ヒナタは、そんなこと…普通に言えるのさ……」
由樹は荒く息をつきながら、俺にそう問いかけてきた。
そんな由樹の質問に答える代わりに、俺は思わず吹き出してしまった。
可愛い…可愛すぎるよお前。
「なっ、なんでそこで笑うのさ!」
俺が吹き出したのを見て、由樹が怒ったような、恥ずかしがっているような声で言ってきた。
「由樹がおかしなこと言うからだろ」
「オレ、そんなおかしいこと言ってない……」
「すねるなって」
ふてくされた表情をする由樹に、俺は微笑いながらそっと唇を重ねた。
ただ触れるだけの優しい口づけ。
しばらく唇を重ね、ゆっくりと顔を離していく。
「由樹、愛してる……」
「オレもヒナタのこと、あ、愛し…てる」
由樹は言い慣れないその言葉を、つっかえながらも言ってくれた。
由樹に『愛してる』と言われて、俺の胸はまるで初恋が実ったかのように大きく高鳴った。
ぎゅっと由樹の躰を抱きしめ、暖かいぬくもりが伝わってきた。……すごく安心ができる暖かさだ。
「ヒナタ……」
俺の背中に腕を回しながら、由樹が小さく俺の名前を呼んできた。
「なんだ?」
「オレたち、ずっと……ずっと一緒だよね?」
そう言った瞬間、由樹の腕に少し力がこもったのを感じた。
由樹も不安……なのか?
俺は由樹のその行動に、こんなことを思った。
不安なのは、俺だけじゃなかったんだな。由樹も同じ気持ちだったのか。そう思うと、どこか安心ができるような気がする。
「心配しなくても、ずっと一緒にいるよ。由樹が嫌だって言っても、ずっと一緒にいる」
「嫌なんて言わない」
「そうか……」
俺はそう言って、由樹を抱きしめる手に力をこめる。
俺たちはこれからもずっと一緒……。
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