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告白は寝言から
それは、酔い潰れた泰一(たいち)を部屋に送り届けた時に起こった。
「おーい泰一、部屋に着いたぞ。鍵はどこだ?」
「んー。ズボンの…、右ポケット……」
もう半分夢の中状態で、泰一が答える。
おれはため息をつきながら、泰一のズボンのポケットから鍵を取り出して部屋を開ける。
何でこいつは毎回毎回、酔い潰れるまで酒を飲むのだろうか?そして、なぜおれが送り届けなければいけないのだろうか?
毎回思う疑問を頭に浮かべながら部屋に入り、泰一を布団に寝かせた。
おれがこの役をやっているのは、泰一とマンションが同じだからだった。
泰一が三階で、おれが二階。つまり、ご近所さん(?)なわけだ。だから、この役は必然的におれになってしまうのだが……。分かっていても、文句が出てしまう。
二回目のため息をつきながら泰一を見ると、すでに夢の中らしく、規則正しい寝息をたてていた。
ったく、お気楽なもんだぜ。少しはこっちの身にもなれっての。
そう思いながら、なんとなく泰一の鼻をつまんだ。
「んがっ」
「はははっ」
その反応を笑いながら、しばらく泰一の寝顔を見ていた。
筋の通った鼻に、整えられた眉。
すっきりとした顎のラインに、薄い唇。寝顔だけでも十分格好良いと思う。
……って、なーにを思ってんだか。
おれが変なことを考えながら一人苦笑をもらしていると、不意に名前を呼ばれて、びっくりした。
「泰一、起きたのか?」
目を覚ましたのかと思い声をかけたが、なんの反応も返ってこなかった。
なんだよ、寝言か。びっくりさせんなっつの。
そう思い、もう一度鼻をつまんだ。
「ん……」
泰一は少し身じろぎをしたかと思うと、鼻をつまんでいたおれの腕を掴んできた。
「お、おい、放せ!」
聞こえていないと分かっていながらも、一応泰一にそう言った。
やはり何も反応がなかったので、自力で腕を振り解こうかと思ったのだが、予想以上に泰一の力が強くて振り解くことができなかった。
無理矢理起こして腕を解こうとした時、またも泰一が寝言を言い始め、それを聞いたおれは動きを止めた。
「煉(れん)……、好きだ……。大好きだ……」
…………はい……?
今、こいつ何て言った?おれの聞き間違え?
泰一の寝言に呆気にとられ、自分の耳を疑いながらしばらく呆然としてしまった。
……でも確かに、好きっつったよな?しかも、おれの名前を付けて──。
どういうことだ?わけ分かんねえし。
おれはひどく混乱していたが、今のことを確かめようにも言葉を発した張本人は爆睡中で、起きる気配など微塵も感じられない。
しかも、まだ手を強く掴んだまま放さないし。この状況、一体どうすればいいんだよ!?
***
眩しい日差しを感じて、目を覚ます。あの後、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「……躰、いてえ」
泰一に腕を掴まれたまま、無理な体勢で眠ってしまったため、躰の節々が痛くなっていた。
ふと腕に目をやると、まだ泰一に掴まれたままだった。
もしかしてこいつ、一晩中おれの腕、掴んでたのか?あり得なくね?
「おい、泰一!泰一っ!!起きやがれ!」
おれは、掴まれている方の腕を思い切り振りながら、泰一の耳元で怒鳴った。
さすがの泰一も、耳元で怒鳴られてはかなわなかったのか、ようやく目を覚ました。
「……おはよ、煉……」
「暢気におはようとか言ってんじゃねえよ!早く腕を放せ!」
「え?あ、ああ……」
泰一はおれに言われ、パッとおれの腕を放した。
「あー。やっと解放された」
掴まれていた腕をさすりながら、不機嫌な声で言った。
泰一はまだ寝ぼけているのか、おれと自分の手を見比べながら、頭に疑問符を浮かべているようだ。
「煉……」
「何だよ?」
「何でお前、いるの?」
「あぁ?覚えてねえのか!?」
「……うん」
泰一は申し訳なさそうに頷くと、「教えてくんね?」と言ってきた。
……何にも覚えてないってことは、もちろん、あのことも覚えちゃいないんだろうな……。そう思うと、何かムカつく。
「本当に、教えて欲しいか?」
「お、俺、もしかして何か変なこと…した……?」
おれの声色の変化を感じ取ったらしい泰一が、怯えた表情で訊いてきた。
この反応からして、本当に覚えていないらしい。
別に、黙っていてもいいのだが、こいつの昨夜の行動と言動とを思い出すと、なぜか分からないが無性に腹が立ち、すべてを言ってしまいたくなった。
「もしかしなくても、変なことをしたし、言った」
「したのは大体何なのか分かるんだが、言ったって……。ね、寝言、だよな?」
「ああ、多分そうなるだろうな」
おれが頷くと、泰一は少し動揺したように座り直した。
何だよその動揺の仕方?自分の言ったことに、何か心当たりでもあるのか?いや、あるはずないよな。だって、おれを好きだなんて言うのは、寝ぼけていなけりゃ言えるはずがないもんな。
……まあ、それは今はどうでもいい。とりあえず、こいつの昨夜の言葉を言ってやらないと、おれの気が済まない。
「いいか、よく聞け。まず一つ、お前がしたことについてだ」
おれは言い聞かせるような形で話し始めた。
内心では怒鳴り散らすようにして言ってやりたい気持ちなのだが、朝っぱらから無駄な体力を使いたくないので、自分を落ち着かせるためにあえてこの話し方にしてみた。
「お前ももうすでに気づいてると思うが、お前がしたことっていうのは、人の腕を一晩中掴んで放さなかったってことだ」
「はい……」
「で、言ったことっていうのは……」
そこまで言って、いったん言葉を切った。
別に、もったいつけているわけじゃない。ただ、あの言葉を口に出すのが、少しためらわれただけだった。
もし、あの言葉がただの寝言じゃなかったら……。って、そんなわけないか。
「……俺は何を言ったんだ?」
泰一が怯えたような目でおれを見てくる。
「あー、とな。お前は寝言でおれに、『好き』って言ったんだ」
「あ……。マ…ジ……?」
「マジ。しかも、『大好き』とも言っていた」
「ウソ……」
「いや、ホント」
「…………」
自分の言った言葉を聞いた泰一は、呆然として表情で黙りこくってしまった。
どうしたっていうんだよ?たかが寝言で言ったことが、そんなにショックだったのか?
……それって、ちょっとおれに失礼じゃね?
「おい、黙んなよ。寝ぼけて言った冗談だろ?そんなに気にすることじゃねえだろうが」
「…………がう」
「あ?」
「……違う……」
「何が?」
おれが訊くと、泰一は戸惑ったような、しかし、何か意を決めたような表情で真っ直ぐおれを見てきた。
違うって何がだ?もしかして、寝言のことについてか?えーと、何に対して違うって言ってんだ?
あー……?よく分かんなくなってきやがった。
「おい、何が違うってんだよ?」
「……俺が言ったのは、確かに寝言だったかもしれないが、冗談では……、ない」
「は……?」
寝言は冗談じゃないって?てことは、本気ってことだよな?
あ?ってことは……?
…………なーんだ、そういうことか。
おれはしばらく考えて、ある一つのことを思いついた。
「何が冗談じゃないって?ちゃんと言ってくんねえと、おれ、頭悪いから理解できねえんだけど?」
泰一の言わんとすることが理解できたおれは、わざとそんなことを言った。
でも、おれの言ってることは正論だろ?こういうのは、ちゃんと言ってくんないと、理解できないってもんじゃね?
「……だから、寝言は冗談じゃないって──」
「寝言って何だったっけ?言ってみろよ」
「煉!?」
「早く言えよ」
おれが言うと、泰一は恨めしそうにこっちを睨んできた。それを軽く受け流して、
「泰一?」
と言った。おそらくおれの顔には、軽く笑みが浮かんでいると思う。
「お前……」
おれの顔を見た泰一は、一瞬怒りに似た表情を浮かべたが、観念したように口を開いた。
「俺は──煉が、好きだ……大好きだ」
そう言った泰一の顔が、みるみるうちに赤くなっていった。それに比例して、自分の顔も熱くなってくるのを感じた。
言って欲しかったことは言って欲しかったけれど、こうもまともに言われると……、何か照れるな。
おれは、その照れを隠すように泰一に顔を近づけ、一瞬だけ唇を合わせた。
「れ、煉!?何してんだ!?」
おれのとった行動に、泰一はまともに動揺した。
ま、それもそうだよな。誰だって、男から突然キスなんてされたら驚くはずだ。
「お前の好きって、こういう意味じゃないのか?」
わざとおどけたような言い方で、泰一に訊く。
「そ、そういう意味だが……」
「じゃあ、いーじゃん?」
「だって……。お前はいいのかよ?お前、ノーマルだろ……?」
「そうだけど。そういうお前はどうなんだよ?そっちの奴なのか?」
「いや、そうってわけじゃないけど……」
「おれは、お前だからキスしたんだよ。他の奴だったら、絶対にこんなことはしねえ」
「煉……」
「ただし、お前を好きかどうかは分かんないぞ?」
そう……。好きかどうかはまだ分からない。けれど、泰一に『好き』と言われて、嫌な気分にはならなかったのは確かだ。
普通だったら言われた時点で引くんだろうが、引かなかった分、おれもこいつを好きかもしんないってことなのかな?
……まあ、それは追々考えていけばいいか。
「それでもいい……。今は、それでもいいから……。煉、俺と……、つき合ってくれないか?」
「え?」
「だめ……か?」
「いや、だめとかじゃないけど……。ただ、そうくるとは思わなかったから、驚いた」
「どっちかというと、俺の方が驚かされていると思うんだが」
「はは……。そりゃ、言われてみればそうだけど……」
まさか、つき合ってくれと言われるとは思わなかった。
なんつーか……、嬉しい?
ははは……。こんなこと思うなんて、おれ、どうにかしちまったのか?
おれは苦笑をもらすと、泰一に答えた。
「いいぜ」
「煉っ!」
「おわっ!?」
答えた瞬間に、泰一に抱きしめられた。
「煉、好きだ」
「わ、分かったっつの!何度も言うな!」
さすがに、何度も好きなんて言われると照れてしまうので、おれは怒鳴ってその照れを隠した。
泰一の腕に抱きしめられ、一つ思ったことがある。
こんな風にこいつに抱きしめられるのも、悪くないな……。
【END】
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