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嫉妬



 あいつの隣にいるのはいつもは僕のはずなのに、何でそんな女なんかと楽しそうに喋ってるんだ?しかも、何か距離が近いし。
 すげームカつく。
 マジで何なのさ?へらへらしちゃってさ。そんなにその女と喋るのが楽しいのかよ?
 僕のことを放っといて、何でそんなに楽しそうにしてんだよ。僕といるより、そいつといたほうが楽しいのかよ?なんか、無性に悔しいんだけど……。
 ……ちょっと待て。僕のこの考えっておかしくないか?
 あいつが女と喋るのはごく当たり前のことなのに、何でこんなにムカつくんだろう。何でこんなに悔しいんだろう。
 あいつは僕の友達。
 僕はあいつの友達。
 それだけの関係なんだから、他の奴と話しているのを見ていちいちムカつくなんて、おかしなことだよな?
 それに、あいつは男なんだから、女と喋ったりするのは普通のこと。そんなことは始めから分かりきってることなのに、何でこんな気持ちになんかなるんだ?
 他の奴といるとムカついて、他の奴と楽しそうにしていると悔しくて……。
 これじゃまるで、嫉妬しているみたいじゃないか。……でも、僕は何で他の奴に嫉妬なんかしちゃっているんだろ?
 あいつはただの友達なんだから、他の奴らに嫉妬しちゃう理由なんてこれっぽっちもないはずなのに。
 ……すごい不思議だ。
 嫉妬って本来、好きな奴が自分とは他の奴と一緒いたり、喋っている時とかになる……。
 ……ん?何かおかしいぞ?それじゃあまるで、僕があいつのことを好きみたいな感じになっちゃうじゃないか?
 …………え……?
 ちょっと待てよ?僕は今、何を考えているんだ?
 僕が……あいつを……好き……?
 ……嘘だろ?
 ……えーと……。よく…分かんなくなってきた……。
 僕が頭の中で混乱していると、今まで女と楽しそうに喋っていたあいつが僕のところにやってきた。
「光(ひかり)」
「なっ、何っ!?」
 驚きと戸惑いのあまり、声がひっくり返ってしまった。
「お前、どっか悪いのか?」
「な、何で?別に、普通だけど?」
 悪いって言われれば、悪いような気も……。
「本当かよ?さっきから見てれば、ころころと表情を変えて百面相をしてるし、終いには顔色が悪くなってるし。どっかが悪いとしか思えないんだが」
 柾路(まさみち)は僕の顔を覗き込みながら、心配そうな声で訊いてきた。
 それに対して僕は、答えることをしないで柾路の言葉について考えていた。
 今、『さっきから見てれば』って言った?気のせい?僕の聞き間違え?
 僕がそんなことを疑問に思っていると、不意に柾路が僕の額に自分の額をくっつけてきた。
「──っ!?」
「……熱はないみたいだな。……おい、光?どうした?」
 柾路のその行動に、僕は躰全体が熱くなるような感覚に襲われ、思いっきり柾路から顔を背けてしまった。おそらく、今の僕の顔は真っ赤だろう。
 ついさっき、僕が柾路を好きかもしれないということを考えていただけあって、この些細な行動にすら過剰に反応をしてしまう。
 でも、今ので少し自分の気持ちを確信をしてしまった。
 僕は柾路が──好きみたいだ。友達としてでなく、一人の人間として……。
 僕にそっちの気があるなんてちっとも知らなかった。いや、知らなくて当然か?
 だって今まで、普通に女と恋愛をしてきたし、好きになるのも女ばかりだった。男に目がいったことなんて、一度もなかった。
 それなのに、今回好きになったのは、男……。
 ショックというか、呆然としてしまう。
 でもこれで、僕が嫉妬をしてしまう理由がはっきりした。
 僕は、柾路が好きだから他人に嫉妬をした。
 ……なんか、分かっても嬉しくないような気もしないでもないけど。
「光ー?」
「う、うわぁっ!?」
 柾路に耳元で声をかけられて、思わず叫んでしまった。
「…………おい」
 その反応が気に入らなかったらしい柾路が、僕の頭を鷲掴みして無理矢理自分の方を向かせた。
 柾路の力が強すぎて抵抗することが叶わず、ばっちりと柾路と顔をつき合わせるという形になってしまった。
 それがなんだか気恥ずかしくて、さっきよりも顔が熱くなるのを感じたけれど、柾路に頭を押さえられているおかげで顔を逸らすことが叶わない。
 おそらく、僕の顔はさっきよりも赤くなっていると思う。それを柾路に見られるのは本気で嫌だ。というか、かなり恥ずかしい。
「ま、柾路……!かお、顔が近い!」
「だから何だ?そんなこと、別にどうだっていいだろ?」
 柾路はこともなげにそう言うと、
「光……。顔、赤くないか?やっぱ、熱あんのか?」
 と、低い声で心配そうに訊いてきた。
 今まで意識したことなんてなかったけど、柾路の声って、なんかいい……。
 ……はっ!な、何考えてんだ!?あー!恥ずかしい!
「ね、熱なんてないから!だから、早く離れろ!」
 そうしてくんないと、益々おかしなことを考えちゃいそうだし!
「どうしたってんだ?」
「だから、どうもしないってば!そんなこと、柾路が気にする必要なんてないんだよ!分かったら、早く離せ!」
「…………」
 恥ずかしさのあまり思わず怒鳴り、柾路の腕を払いのけてしまった。
 や、やばい、もしかして言い過ぎた?柾路、怒っちゃったかな?
 黙ってしまった柾路を見て、僕はさっきの自分の行為を激しく後悔した。
「……ま、柾路……?」
「…………」
 柾路は無言のまま僕を一瞥すると、教室を出て行ってしまった。
「どうしたのかしら?」
「何か言い争ってたよな?」
「もしかして、喧嘩か?」
「あの二人が喧嘩するのを見たの、初めてじゃない?」
「柾路くん、どこかに行っちゃったわね」
 教室のどこからかそんな数々の会話が聞こえてきて、僕はとても気まずい気持ちになった。
 会話をしている当人たちは僕には聞こえていないと思っているのだろうが、こっちにはばっちり筒抜け状態だった。
 こんな状態の中にいる勇気は僕にはないし、出て行った柾路のことも気になるので、僕は柾路の後を追いかけるために教室を後にした。




 授業開始のチャイムはもうすでに鳴っていた。けれど僕はまだ柾路を探している途中で、廊下を歩いていた。
 柾路は一棟も特別教室のどこにもいなかったし、保健室にも屋上にもいなかった。後探していないところは、二棟の三階だけだった。
 あいつの行きそうなところはほとんど探してもいなかったんだから、もう教室に戻っているかもしれない。……よし、次の場所にいなかったら、教室に戻ろう。
 僕はそう心に決めると、今はあまり使われていない三階の端にある特別教室の扉を開けようとした。
 立て付けが悪いのか、その扉は開けづらかった。なので結構な力を入れて扉を引いた。だが、途中まで開けると滑りがよくなって勢いよく扉が動いた。
 派手な音が響く……と思ったら意外と音はなく、代わりに何かにぶつかったような鈍い感触が伝わってきた。
「?」
 僕は何にぶつかったのか不思議に思い、部屋の中を覗き込んだ。
「あっ……!?」
 覗き込んだ部屋の中には柾路がいた。さっきの鈍い感触は、柾路にぶつかった感触だったらしい。……って、あの勢いを受けたのか!?
「……痛いんだが」
 い、いや、今のはどう見たって、痛いだけじゃすまないような気がするんだけど……。
「ご、ごめん!まさかそんなとこにいるとは思わなくて」
 文句を言いながら肩をさすっている柾路を見て、慌てて謝った。
 その仕草があまり痛そうに見えないのは、僕の気のせいだろうか?
「そりゃそうだな……」
 柾路はぽつりと呟くと、そのまま部屋を出ていこうとした。
「ま、待って!どこ行くんだよ?」
「どこって、授業が始まってるんだ、教室に決まってるだろ」
「そ、そうだよな」
 柾路の声が低い。まだ、怒っているみたいだ。
「……それより、何でお前はこんな所にいるんだよ?」
「え?えーと…その、柾路を探してて…さっきのことを、謝りたくて……」
「それだけのことで、授業に出ずに俺を探してたのか?」
「う、うん」
 僕が素直に頷くと、柾路は呆れたような、どこかおかしそうな表情をした。
「お前って、馬鹿だよな」
「なっ、馬鹿って何だよ!こっちは本気で悪いと思って探してたんだからさ!」
 何だよこいつ!せっかく謝ろうと思って探してたのに、謝る気失せたし!
「で?俺に何を謝りに来たんだ?」
「もういい。謝る気失せたし」
 僕はそう言うと、部屋を出て教室に向かおうとした。
「何だよそれ?」
 後ろで柾路が苦笑混じりに小さく呟くのを聞くと、突然ぐいっと腕を引っ張られた。
「うわっ!?」
 それでバランスを崩した僕は、その勢いに任せて柾路の腕の中に収まった。
 ……え?柾路の腕の中に収まったって、僕、柾路に抱きしめられてる!?
「ま、柾路!何してんの!?」
 柾路に抱きしめられて心臓バクバクの僕は、その腕から逃れようと必死でもがいた。けれど、柾路はびくともしなかった。
 体格の差はさほどないというのに、柾路の腕を振りほどけない自分の非力さが何だかもどかしい。
「……俺、何かしたか?」
「な、何?」
 耳元で聞こえてきた声に驚いて、思わずもがくのをやめた。
「俺、お前を怒らせるような、何かをしたか?」
「ば、馬鹿って言ったじゃん!?」
「それじゃない」
 じゃあ何のことだよ?
「さっきの教室でのことだ」
 僕の心の声が聞こえたかのように、柾路が口を開いた。
「き、教室で……?」
 それって、僕が柾路に怒鳴ったことを言ってる…のかな?
 でもあれは僕が勝手にキレたってだけで、柾路はなんにも悪くないのに。もしかしてこいつは、それを気にしていたってこと?じゃあ、別に怒っていたってわけじゃなかった?
 僕は、柾路の言動の意味がよく分からなくて、少しの間黙ってしまった。
「光……?」
 黙ってしまった僕を心配してか、柾路は様子を伺うように僕の名前を呼んできた。
「……なあ、柾路は怒ってたんじゃ、なかったの?」
「俺が何に対して怒る必要があるっていうんだ?」
「いやその…さっき、教室でお前を怒鳴ったから……」
「だから?俺が、それだけのことで怒るとでも?」
 僕の言葉に対して柾路は、こともなげに言いながら、やっと僕から放れてくれた。
 ほっとする反面、それを少しだけ残念に思いながら、振り返って柾路を正面から見る。
 柾路との距離が思っていたより近くてびっくりしたけれど、柾路の射抜くような視線に見つめられ、足を後ろに動かすことができなかった。
「じ、じゃあ、何で柾路はさっき教室から出て行ったんだ?」
 僕は至近距離で柾路と視線を絡ませたまま、少し震える声で訊ねた。
 怒って教室を出たのでなければ、他にどんな理由があるって言うんだろう?
 その他の理由が思いつかず、僕はじっと柾路が答えるのを待った。
「それはだな……」
 柾路はなぜか眉を顰めると、ふいっと強く僕を見つめていた視線を反らし、一つ息を付いてから再度口を開いた。
 だが、なおも目線は外したままだった。
「……あん時はだな、ショックだったんだよ。お前に、あんな風に言われて」
 柾路は歯切れ悪く言うと、憮然として顔で僕をちらりと見た。だがそれだけで、決して僕と視線を合わせようとはしなかった。
 僕はそんな柾路の耳が赤くなっているのを見つけ、照れてるんだ……。と思った。
 しかし、なぜ照れる必要がるんだろう?
「……何でショックだったのさ?」
「何でって、お前に拒否されたからに決まってんだろ」
「拒否?」
 まあ、確かに拒否みたいなことをしたかもしれないけれど、それでショックを受けるなんて柾路らしくないというか……。
「おい、今らしくないとか思ってんだろ?」
「うん」
「素直だな……。まあ、自分でも分かってんだけどよ」
 柾路はそう言って、ようやく僕と目を合わせてくれた。その瞳は少し揺れていて、何かに迷っているようだった。
「柾路…どうしたの?」
「ホントに、俺はどうしちまったんだか……」
 そう言った柾路は軽く目を瞑り、大きく息を吸って吐くと、ゆっくりと目を開けた。柾路の瞳にはさっきのような揺れはなく、強い意志を湛えたものになっていた。
「お前は俺の中で一番大きな存在だから……、だから、お前のほんの少しの行動でも俺は気になって気になってしょうがなくなるんだ」
「え……?」
 それってどういうこと?いまいち意味がよく分からないんだけど……。
 僕が柾路の言葉の意味が分からずに困っていると、柾路も少し困ったかのように自嘲気味な笑いを浮かべて言った。
「本当はまだ言うつもりはなかったんだが……。俺は、光が好きだ」
 ……すき?柾路が僕を?
「本当に……?」
「ああ……。冗談でこんなこと言えるか」
 そう言った柾路の耳は先ほどのように赤くなっていて、僕はそれを見て冗談じゃないんだって感じとれた。
「こんなこと言われても迷惑なだけだって分かっていたから、言うつもりなんて本当になかったんだ──」
「言ってくれて……、嬉しい」
「え?」
 僕が言った言葉に、今度は柾路が驚いたような声を出した。
 照れくさくて言葉には出したくないようなことだけど、柾路が僕に言ってくれたのだから、僕もちゃんと伝えなければ、フェアじゃないよな?
 僕はそう思うと、驚いて僕を見ている柾路に言う。
「僕も、柾路のことが好きみたいなんだ……。そう分かったのは今日だったりするんだけど……」
「今日?」
「そう、今日」
「何で?」
 その疑問はもっともだと思う。僕だって実はよく自分の気持ちを理解できていないんだから。
「今日……と言うかさっき教室で、柾路とクラスの女子が喋ってるのを見て、その……。二人が親しそうに喋ってるのを見て僕……」
 あー!やっぱり恥ずかしい!ちゃんと言わなければ伝わらないって分かっているけど、自分の醜態を曝すようでかなり恥ずかしい!
 柾路を正視することができず、目を泳がせながら僕は言う。
「それで?」
 そんな僕を見た柾路は、普段のような意地の悪い笑みを浮かべ、先を続けるように促してきた。
 ここで渋ったとしても、絶対に言わなければいけないことなんだから、もうさっさと言っちゃおう!
 僕はそう決意すると先を続ける。
「……だから、その時それを見て、なんて言うか……。しっ…と……、をしちゃって……」
 僕はそう言いながら、恐る恐るといった感じで柾路を見る。すると──。
「お前、最高」
 柾路がそう言いながら僕を抱きしめてきた。
「え?ちょ?何!?」
 僕はその行動にただ混乱するだけで、訳の分からないことを言いながら柾路の腕の中に収まった。
「俺たち、前から両想いだったんじゃん」
「ま、前からって、僕が気づいたのはさっきで──」
「自覚したのがさっきでも、嫉妬をしたってことは、前から俺を気にしていてくれてたってことだろ?」
 そ、そーいうことになるのかな?
 ……そういうことに……、なるんだろうな……。
 僕は混乱から醒め、柾路の言った言葉を受け止めると、力の入っていた躰から力を抜き、柾路にもたれ掛かるように身を預けた。
 初めてこんな風に抱きしめられて、僕は胸が暖かくなるような、むず痒くなるような感覚になった。
 柾路の静かで規則正しい鼓動の音が心地いい……。
「柾路……、好きだよ」
「ばか……。こんな体勢で言われたら、我慢できなくなるだろう」
 柾路は僕の肩口に額を押しつけてから、二人の間に少し距離をとり僕を見つめてきた。
 顔の距離が近くて、至近距離から見つめる柾路の顔はいつもより格好良く感じた。
「俺たち、授業中に何やってんだろうな」
「だね」
 僕たちは笑い合うと、自然とお互いに顔を近づけていった。
 唇と唇が重なり合う、暖かい感触。初めて感じるその感触は新鮮で、心地よいものだった。
 長い触れるだけのキス。それに想いの丈が詰まっているみたいで、鼓動が速くなるのを感じる。
 唇を離し、柾路を見つめた。
「……ヤバい」
「え?」
「今の光の顔、凄い色っぽい」
「ば、バカ!」
 恥ずかしいことを言ってきた柾路に対して、僕は照れ隠しのために柾路の肩を叩いて言う。
「教室戻るの、この時間が終わってからにしような」
「うん」
「お前の今の顔を、誰かに見せるわけにはいかないからな」
「だから!」
 僕が怒ったように言うと、柾路は笑いながら僕の手を握ってその場に腰を下ろした。
 僕もそれにならって隣に座る。
 最初は解っても嬉しくないと思っていた想いだったけれど、こうして柾路と近くにいられるようになったんだから、結果的には解ってよかったんだって思う。
 この気持ちが分かったきっかけは、嫉妬のおかげだった。ということは、僕は結構嫉妬深い奴ってことなのかな?



【END】